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人間共同体の危機とその対策

「結婚しなくてもいい」70パーセント、「子ども要らない」最高42パーセント、「一人暮らし」全世帯の34. 4パーセント、「孤独を感じる」15歳29.8パーセント、09の年間自殺者三万人超。 これらは昨年の暮れあたりから新聞に出てきたフレーズの数々である。「人間共同体の危機」を感じさせる。 これにどう対処すればよいか。 

人間共同体とは、各人が参加してみずからを成長させる不可欠の社会形態である。共同体は個人を殺さず、 かえって個人を生かす。それは、個人を抑圧する全体主義社会ではなく、共同体を阻害する個人主義的社会でもなく、 まさに全員参加の愛と奉仕を通して各個人を生かす人格的社会である。このことの意義をまず第2バチカン公会議の『 現代世界憲章』から見てみよう。憲章は言う。 

「神は人間を孤独なものとして造られたのではない。神は最初から『人間を男と女に造られた』(創世記1:27) のであり、彼らの共同生活は人格的交わりの最初の形態である。人間はその深い本性から社会的存在であり、 他人との関係なくしては生活することも才能を発揮することもできない」(現代世界憲章12)。 

個性を発揮するとか、自己責任とか、個人主義的な意味合いで語られることが多いが、 そうした観念が今日の人間共同体の危機を招いたのかもしれない。しかし、孤独は地獄である。現代世界憲章はさらに言う。 

「主イエスは『われわれが一つであるように、・・・すべての人が一つになるように』(ヨハネ17:21~22) と父に祈られたとき、人間理性が達することのできない視野を示されたのであって、三位にまします神格の一致と、 真理と愛における神の子らの一致との間の、ある類似をほのめかされている。この類似は、神が―― そのもの自体のために望んだ――地上における唯一の被造物である人間が、みずからを純粋に与えてはじめて、 完全に自分自身を見出せることを表している」(現代世界憲章24)。 

人間はそれ自体のために造られた唯一の被造物であって、他の目的のための手段とはなりえない存在であるが、しかし、 人間は神の似姿として造られたから、三位一体の神を理想とし、 また三位の神の愛の交わりにあずかって一つの共同体になるよう召されている。共同体になって初めて、 人間は人間として成長し、完成されていく。 

では、このような生き方を通して人間共同体を回復し、発展させるために何をすればよいのだろうか。 ここにそのすべてを論ずることはできないから、一つの大切なことを強調しておきたい。それは、家庭の再建である。 

家庭は小さな人間共同体であるが、しかし、家庭は、創世記にある通り、すべての人間共同体の原点であり、 生活と子育ての基盤である。その上、家庭は社会を生かす細胞である。つまり、社会は家庭によって構成されており、 家庭の健全性は社会の健全性を図るバロメータであると言われてきたのである。泉から流れ込む清らかな水が、 ややもすれば淀んで濁りがちな池の水を浄化するように、 人間愛に満ちた家庭は社会の隅々にまで愛の水を注いでこれを浄化するのである。しかし、 そのためには特に二つの条件が必要であろう。 

一つは、健全な家庭を一つでも多く増やすことである。そのためには、 若者たちが単身志向を改めて適齢期に結婚に踏み切り、しっかり子どもを育てて社会の繁栄に貢献しなければならない。 独身生活を選ぶには、心身障害のために結婚できない場合のほかは、神と人のために自由に奉仕するためというような、 相応の正しい理由が必要である。 自分の都合のためだけの利己的な理由で単身生活を志向するのは好ましくないばかりか時として危険でさえある。 人間として成長する機会を失い、社会に貢献する一番大事な手段を逃す恐れがあるからだ。 最近は経済的な条件が揃わないなど、結婚を回避する口実も多いが、 なんとか二人で切り抜けようという心意気が足りないこともあるのではないか。 

もう一つは、一人暮らしの家庭を解消することである。そのためには、 老人とともに暮らす生活を奨励するなどの方策が大切なのではないか。かつて、 核家族化への危機が心配された時期があったが、今や家族の孤立化が心配される時代になった。だから、 独居老人対策や介護施設の充実もさることながら、大家族形態への回帰も考えたい。 

家庭生活は単なる私事ではない。正常な結婚に基づく健全な家庭生活を営むこと自体が、すでに大きな社会貢献である。 そして、その家庭を支援する補完的役割が国と教会にあることをあらためて想起しておきたい。 

Itonaga, Shinnichi (イトナガ ・ シンイチ)
出典 『糸永真一司教のカトリック時評 』
2010年1月15日 掲載
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