日本 プロライフ ムーブメント

孤独死

大人と子供

子供のころ、大人というのは複雑でよく解らない人々だと思っていた。酒を飲みタバコを吸う様子にも、きっと大きくならないと子供には解らない理屈があるのだろうと思っていた。小学校から中学に上がってもその感覚は変わらず、大人の行動について一々理由を訊こうなんて、ほとんど思わなかった気がする。  ところが最近の子供は、なんでも訊いてくるようだ。「どうしてタバコなんて吸うんですか?」「どうして人を殺しちゃいけないんですか?」「どうして給食費を払わなくてはならないんですか?」。  「どうして」と訊かれて真面目くさって答える大人も、昔はあまりいなかった。「当たり前だ、そんなの」で済まされたり、嗤いながらワケの解らないことを言われたり、あるいは大人どうしで笑いあったりする。そんな反応が多くはなかっただろうか。だからこそ、大人はますます複雑でよく解らない存在になっていったのである。

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【ブログ】15回目の「3.11」、忘れてはならないこと

今年も3月11日が巡ってきました。東日本大震災、東京電力・福島第一原発事故から「節目」の15年目です。 近所の早咲きの桜は満開。例年より早いかも知れません。 東京・高田馬場の歌声喫茶ともしびへ。昨年に引き続き「原発事故を忘れない 3.11ともしびの集い」に参加しました。 ともしびでは、原発事故によりふるさとへ帰れない多くの人たちに想いを寄せるための「被災地にとどけ、歌の力支援企画」が継続して開催されています。 11時、ともしびの吉田正勝さん(浪江町出身)の挨拶により開会。 第一部のゲストは今野邦彦さんです。なお、以下の文責はすべて中田にあります。 今野さんは、今も8割以上が帰還困難区域となっている浪江町のなかでも特に放射能汚染が酷い地区の一つである津島・赤宇木(あこうぎ)地区の出身。自宅は自らが立ち会わないうちに解体されたそうです。 「これから話すことは自分の体験に基づくもので、原発事故の全貌ではない。ただ、お涙頂戴の物語ではなく、明日のわが身の話として聞いてもらいたい」 「事故前、津島地区には1400人以上が住んでいたが、現在は19人だけ。赤宇木はゼロ。自分の両親はともに震災後に死亡し、12~3年たってから家族4人の葬式を出した家もある。災害関連死の認定には高いハードルがあり、いずれも災害関連死者数にはカウントされていない。自殺者も2人いる」

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ついに明らかとなった『コロナワクチン被害の全貌』

> ~ワクチン接種後1年以内に死亡した日本人の総数389万330人~ 「402万5948人に接種された1754万5662回分の膨大なデータ」を基にワクチン被害の全貌を解明した世界初の画期的な論文をミラノ在住の荒川 央先生が発表されました☆。 論文自体は未だプレプリントですが https://zenodo.org/records/18649880 かくも農大なデータを入手された「コロナワクチン接種データ開示請求プロジェクト」の皆様並びに分析された荒川先生の苦労に拍手を送るとともに敬意を表したいと思います (こちらは荒川先生の論文発表を告げるnote記事:https://note.com/hiroshi_arakawa/n/n1be6d562ab67)。

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「道しるべとしてのイエス・キリスト」

最近は、まもなく94歳となる母のことで少し忙しくしています。認知症もなく、数年前に洗礼を受けて、忠実に礼拝に通い、一人暮らしができていた母も、それが難しくなり、最近はショートステイに入所。そこで次の介護施設に入るのを待っている状態です。

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⓵現役医師から見たコロナワクチン禍の真実~②「細川先生のこと」~

騒動当初からいち早くコロナに疑問を呈し、ワクチンについて警告を発してきた中村篤史(こんな紹介文不要か)先生が『ウマヅラのお茶の間』に登場されての見逃せない対談動画(25分11秒:添付)を紹介致します☆ 『これ流していいの?メディアに潰された現役医師が語るワ◯◯ンの全貌があまりにも闇深かった。』

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「世界でHPVワクチンが認められている」自体を疑うべき

HPVワクチン問題について情報発信をしていると、HPVワクチン推進派の方々からよく言われる台詞として「HPVワクチン批判をすることで、HPVワクチンを打っていたら予防できたはずの子宮頸がんが予防できなくなる」というものがあります。 仮にそれが正しかったとしても、一方で重篤な後遺症を抱える人が出ることはいいのかという反論を投げかけることもできるでしょう。

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人は何のために「断食」をするか

今年のキリスト教(主にカトリックや伝統的なプロテスタント)の四旬節(レント)は18日に始まった。、四旬節は18日の「灰の水曜日」から復活祭(イースター)前日の土曜日まで、日曜日を除いた40日間の準備期間を意味し、イエス・キリストが荒野で断食した期間にちなみ、祈り、節制、断食などをして回心と準備を行う期間だ。四旬節の期間中は教会では節制が求められ、特に「灰の水曜日」と「聖金曜日」は大斎(1日の食事を1回にする)と小斎(肉食を控える)が守られる。

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四旬節における悔い改めとは

去る2月18日の灰の水曜日をもって今年の四旬節が始まった。四旬節は、潜伏キリシタンたちは「悲しみの季節」と呼んだが、現在は「悔い改め(回心)の季節」とも呼んでいる。では、四旬節とは具体的に何を意味するのか、考えてみたい。 一言でいえば、四旬節は信者が悔い改めて神に立ち返る季節である。求道者は洗礼を受けて神とその教会に結ばれ、すでに洗礼を受けている信者は、洗礼の約束を更新して神とその教会に立ち返っていく。ここで注意すべきは、四旬節が目指す悔い改めは、個人的な営みであると同時に、共同体の業でもあるということである。周知のとおり、洗礼の秘跡は受洗者を神の子として再生すると同時に、教会の一員としてキリストの共同体に結ぶ。そして、ゆるしの秘跡は、罪人が赦しを通して神に立ち返ると同時に、教会の交わりに復帰する。神に立ち返ることと教会に結ばれることは同一なのである。

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テゼ(Taizé)

明日は聖ヨハネ23世教皇の記念日です。ヨハネ23世といえば第2バチカン公会議を開催した教皇、エキュメニズム(教会一致)運動に特に理解の深い教皇として知られています。  今年3月に一麦出版社から出された『心の垣根を越えてーテゼのブラザー・ロジェ』という本を、最近興味深く読みました。テゼ(Taizé)はフランスのブルゴーニュ地方、クリュニー修道院跡地に近い村です。そこには世界中から多くの若者が集います。プロテスタントもカトリックも集う不思議な場所です。創始者はBr.ロジェ・シュッツ(Roger Schutz)。彼は1915年スイスのプロテスタントの牧師の家庭に生まれました。戦争の犠牲者をかくまった祖母や他教派との和解を求め続けた父親の影響を強く受け、ローザンヌで神学を学ぶうち、弱者と共に歩む超教派の男子修道会の構想を抱くようになります。1940年、テゼに移り住み、1949年修道会を発足。以来院長を務め、2005年8月に当地で帰天しました。テゼはその初めからキリスト教各派の和解と、すべての分裂した人々の和解を働きのテーマとしてきました。1962年に建てられたテゼ共同体の‟和解の聖堂”の中で、一日3回の共同の祈りを中心に、分かち合いや沈黙の時を持ちます。聖書の短い言葉を単純なテゼ特有のメロディーで種々の言語で何度も何度も繰り返し歌うのが特徴です。1960年代頃からその単純素朴な祈りと歌、和解への呼びかけに共鳴する若者の数が急増、90年代には夏になると毎週5千人ほどが集い、共に祈り、分かち合いを行うようになりました。修道者というとカトリックか東方正教会の専売特許と考えがちですが、テゼの場合、プロテスタントの方々から修道生活が生まれた点が特徴的です。

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「苦難は人生の肥やし」その生命力のすごさ

「致知2012.1」に「苦難は人生の肥やしとなる」との記事がある。東大先端科学技術センター教授福島智氏へのインタビュー記事である。福島氏は3歳で右目を、9歳で左目を失明。18歳で聴力も失った全盲ろうの方です。全盲ろうの方が大学の常勤教員になるのは世界でも例のないことだそうです。 ある時、友人に送った手紙に「この苦汁の日々が俺の人生の中で何か意義がある時間であり、俺の未来を光らせるための土台として、神が与えたもうたものであることを信じよう。信仰なき今の俺にとってできることはただそれだけだ。俺にもし使命というものが、生きる上での使命というものがあるとすれば、それは果たさねばならない。そしてそれをなすことが必要ならば、この苦しみの時をくぐらねばならないだろう。」と。この苦難には意味がある。苦難こそが肥やしだと。

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【オーシャン・カレント】原発再稼働の現時点

【ポイント】 原発の再稼働が進んでいますが、審査の過程では多くの不祥事や不備が明らかとなっており、明日、予定していた柏崎刈羽6号機の再稼働も延期されることとなりました。  画像:資源エネルギー庁「日本の原発の現状(2025年8月現在)」 2011年の東京電力・福島第一原発の事故後、日本のすべての原発は運転を停止しました。その後、2013年に原子力規制委員会が策定した新たな規制基準に基づいて安全対策が強化され、この基準に合致していると認められた原発については、順次、再稼働が進められています。 現在(2026年1月現在)、原子力規制委員会の許可を得て運転が行われている原発は、全国で7発電所、13基となっています。

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従来型栄養指導の実態

患者さんへの食生活改善に対して最も大きな役割を果たすのは栄養士さんです。 医師は医師になる過程で栄養学のまとまった勉強を実はしていないということは以前の記事でも紹介した通りです。 そういう背景もあって医師であってもよほど勉強している人でない限りは、栄養学の知識では栄養士さんには遠く及びません。 しかし、それはあくまで従来の栄養学、での話です。 従来の栄養学では糖質の位置づけ・理解を根本的に間違っていたということがわかりました。 今や従来の栄養学を抜本的に見直して新しい栄養学を構築しなおすべき時期に来ています。 しかしその事を認めない(そして行動を変えようとしない)栄養士さんが圧倒的大多数なのが現状だと思います。 御他聞に漏れず、当院の栄養士も糖質制限には反対の姿勢を示しています。 本日はそんな当院の栄養士の栄養指導の1例を御提示します。

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「AI」「ビッグバーン」そして「神の言」

2025年最後のコラムを書き出している。この一年間、365日間、書き続けてきたが、一年を振り返り、そして新しい年を控えて,「今年はやはり人工知能(AI)が人間の生活にいよいよ深く関わってきた年であった」という思いがする。AIの台頭に対して、危機感を抱く声も聞かれた。長い歴史の中で人類がAIと対峙したのは初めてだ。人類にはAIとの関係で十分な経験則がないから、その対応で当惑したり、時に恐怖を覚えるのは不思議ではない。

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イエスの地、ナザレの出来事

鹿児島カトリック女性の会伝統の読書会は続いている。今読んでいるのはロザリオの祈りを推奨する故ヨハネ・パウロ2世の使徒的書簡『おとめマリアのロザリオ』で、今年最初の読書会では序文の後半が読まれた。その中で、「とりわけキリスト者の心にとってもっとも親しい地であるナザレのイエスの地に特別な注意を払うことなしに、ロザリオを唱えることなどありえないのです」という一節があった。すると突然、「ナザレという町は本当に存在するのでしょうか」と、質問の声が上がった。「もちろんナザレは実在します」ということで一段落したのであるが、後で調べてみると、こんないきさつがあったようだ。

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慈愛の心を持って触れる

最近、非常に興味深い本を読みました。 ブログ読者の皆様におすすめです。 皮膚は「心」を持っていた! (青春新書インテリジェンス) 新書 – 2017/8/2山口 創 (著) 著者は桜美林大学リベラルアーツ学群教授で臨床発達心理士の山口創(はじめ)先生です。 健康心理学・身体心理学というものを専門とされており、この本では皮膚感覚が心と身体に及ぼす多岐に渡る影響をわかりやすく紹介されています。 私などは漢方診察で患者さんの脈を見たり、お腹を触れたりする場面も多いのですが、この本を読み終えて非常にたくさんの事を教わったように思います。 主張のベースには「皮膚は脳と同じくらい様々な情報を処理することができる人体で最も大きな感覚器官である」というものがあります。

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あるカナダ家族の大晦日

先日、古い本を整理していたら、懐かしい思い出の一冊の本が出てきた。クリスマスプレゼント“MANUEL de la J.A.C”である。これは、1951年にモントリオールで発行されたJ.A.C.すなわち“Jeunesse Agricole Catholique”(カトリック農村青年)という農家の若者たちのカトリック・アクションの手引書である。この本に挿まれた小さな名詞ほどのカードが見つかったが、そこには手書きでこう記されている。 à M. l’abbé PaulBonne et Heureuse AnnéeLa famille Gareau

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【ブログ】「ハンセン病問題を基礎から学び、紙芝居『わたしの命の物語』から生きやすい社会について考える」(第5回 食と農の未来フォーラム)

2025年10月27日(月)19時から、第5回 食と農の未来フォーラムをオンライン開催しました。今回のテーマは「ハンセン病問題を基礎から学び、紙芝居『わたしの命の物語』から生きやすい社会について考える」です。 私事ながら本年3月末で退職し、地域と関わる時間が増えました。 国立療養所・多磨全生園は自宅から徒歩10分ほどにある散歩コースで、国立ハンセン病資料館にもこれまで何度も足は運んでいたのですが、改めてハンセン病問題を学び直そうと思ってスタディツアーに参加したのが、5月31日(土)のことでした。  この時、分かりやすいレクチャーをして下さったのが佐久間 建先生。また、全生園内にあるお食事処・なごみで完成したばかりの紙芝居『私の命の物語』を披露して下さったのが藤崎美智子さんでした。9月14日(日)には資料館のホールで紙芝居のお披露目会もありました。  スタディツアーを主催した「全生園の明日をともに考える市民の会」(代表・藤崎さん)の定例会にも顔を出させて頂くようになり、今回、お2人をゲストにお迎えして、多くの方にハンセン病問題の現状や紙芝居のことを知って頂くための会を主催することとなったのです。 お忙しい中、ゲストのお2人には拙宅までご足労頂きました。  佐久間 建先生は、1993年、小学校教諭として、国立ハンセン病療養所多磨全生園に近い東村山市立青葉小学校に赴任したのをきっかけに、30年以上にわたって人権教育に取り組んでおられる方。  江連恭弘先生と共同監修された『13歳から考えるハンセン病問題』(2023.5、かもがわ出版)は、複雑で歴史のあるハンセン病問題について、初心者でも理解できるように分かりやすく解説されている好著です。  藤崎美智子さんは多磨全生園内にある「お食事処 なごみ」を切り盛りされている方で、映画『あん』(2015年)の撮影にも協力されました。2023年に逝去された藤崎陸安(みちやす)さん(全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)事務局長)はご主人です。  その陸安さんの思いを受け継いで制作したのが、紙芝居『わたしの命の物語』(脚本:ドリアン助川さん、絵:ペトロアンドヨゼフ(田川誠さん、深澤慎也さん))です。 この日は20名以上の方が参加して下さいました。  まず、佐久間先生から「ハンセン病問題の基礎について皆様に知っていただきたいこと」と題してレクチャーして頂きました(本ブログの文責はすべて中田にあります)。

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「教皇制の存続」問題が問われ出した

 世界に約14億人の信者を抱えるローマ・カトリック教会は2025年、南米アルゼンチン出身のフランシスコ教皇の死去を受け、米国出身初のローマ教皇レオ14世を選出した。2025年はカトリック教会では「聖年」(Holy Year)で、特別な霊的恩恵を受ける年として、多くの信者たちがローマに巡礼した。  2025年はまた、20世紀の最大の出来事と呼ばれた第2バチカン公会議(1962-1965年)が幕を閉じて60周年目の筋目に当たった。「教会の現代化(アジョルナメント)」を目指し、現代世界との対話、典礼の刷新(各国語導入)、信教の自由、聖書中心主義、教会一致(エキュメニズム)などカトリック教会の近代化を決めた公会議は、教会内外に多大な影響を与えた。ヨハネ23世が公会議を提唱した背景には、教会の閉鎖性、社会からの孤立、教会の影響力の喪失、といった教会の現状に対する危機感があった。

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院長の独り言〜19年9ヶ月〜『感謝』

フジハラレディースクリニックでは、毎月一回、職員さんたちにFLC通信という院内会報を渡しています。そこに毎回書いていた「院長の独り言」。最後に書いた「院長の独り言」を皆様にもご紹介いたします。つたない文章ですが、お読みいただけましたら幸いです。今日でクリニックの理事長・院長を退任します。明日からは、何の肩書もない、ただの医師になります。今まで私に関わってくれたすべての皆様に、心より感謝申し上げます。藤原紹生

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それでも人生にYesという

標題は、ナチスの強制収容所で生き抜いた精神科医V・E・フランクル博士の書かれた書名です。そして、生の体験記「夜と霧」なども合わせて、東日本大震災後、以前にもまして読まれているそうだ(フランクルコーナーが設けられている書店もあると聞く)。 「致知2011.11号」の特集「人生は心ひとつの置きどころ(中村天風)」にテレビでもおなじみの諏訪中央病院鎌田實名誉院長と、フランクル博士と親交があり、その学問をがん患者などの治療に役立てておられる財団法人国際全人医療研究所理事長永田勝太郎氏との対談記事がある。

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混迷する世界のまっただなかで迎えるクリスマス

今年のクリスマスのあいさつは、どこか重苦しさを感じさせる世界のまっただなかでお届けすることになりました。戦争や災害、失われていくいのち、気候変動への不安、経済的な厳しさ、そして多くの人が誰にも言えずに抱えている孤独。そんな状況の一方で、街は明るい光に包まれ、やることに追われ、買い物の空気があふれています。その中で、私たちは「なぜこの季節を祝うのか」を見失ってしまいがちです。しかし実は、慌ただしさと傷つきやすさが交差するこの時代だからこそ、クリスマスの意味はより深く心に響くのではないでしょうか。 聖書では、クリスマスは「来られる神」の物語として始まります。神の子は、完全な世界ではなく、不完全で傷ついたこの世に、小さく無防備な幼子として生まれました。この誕生は、どれほど貧しく、目立たない場所であっても、希望はそこから始まることを告げています。主は「エマヌエル――神は私たちと共におられる方」として、私たちのただ中に来られました。それは、壮大な奇跡や特別な行いだけでなく、日々の小さな愛と憐れみの実践を通して、互いに寄り添い合うよう私たちを招く出来事です。物の豊かさや完璧さによって愛を量ろうとするこの季節において、主が示される真の贈り物は、時間を分かち合うこと、心を傾けること、赦し、そして差し伸べられる手なのです。

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「食べる」:たがしゅう哲学カフェ in 新宿の御報告

台風一過、波乱の週末が明けた後の鹿児島は晴れやかな天気が待っていました。 さて本日は、その週末の間に東京で2日連続でゲリラ的に開催した哲学カフェの内容について振り返っておこうと思います。 まず初回の土曜日は、「食べる」をテーマに6名の参加者で語り合いました。 小川仁志先生の哲学カフェでの問いかけを参考に、まずは「もし食べなくても生きられるとしたら、それでもあなたは食べますか?」という質問で始めてみることにしました。

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フランシスコ教皇の言葉(2)

フランシスコ教皇が日本と日本の教会に期待する2番目の課題は、正義と平和に関して主導的な役割を担うことです。  1981年、ヨハネ・パウロ二世教皇が広島平和記念公園で発言した有名な言葉があります。「戦争は死です」。「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです」。この短い言葉は強烈な印象を日本人に与え、教科書にも取り上げられています。  38年ぶりの教皇来日となった、フランシスコ教皇は2019年11月24日、長崎の爆心地公園で次のような言葉を残しました。

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キリスト教の極致は見神

コスモスと秋空過去30年来、わたしはある「婦人読書会」に出ている。鹿児島カトリック女性信徒の会が主催する読書会で、毎月第1月曜日に集まって回勅や使徒的勧告などの教皇書簡を読むのである。前回は、現教皇ベネディクト16世の初の回勅『神は愛』の最終回で「結び」を読んだ。いろいろな質問があったが、その中の一人は、「修道士は愛そのものである神と『顔と顔とを合わせて』出会いました」(n.40)とあるが、顔と顔とを合わせてとはどういう意味かとの質問である。 なるほど、聖パウロが言うように「顔と顔とを合わせて神を見る」とは天国における「至福直観」(1コリント13,12参照)意味していて、この世で顔と顔とを合わせて神に出会うとは聞きなれない表現である。わたしは次のように答えた。この表現は擬人法的な表現で、厳密な意味ではなく広い意味の「神を見る」でしょう。神の観想に明け暮れる修道士は、世界の中に、さまざまな出来事の中に、何よりも隣人の中に神を見て、愛の業に励んでいたということでしょう、と。

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新教皇、トランスヒューマニズムを批判

ローマ教皇レオ14世は10日、サン・ピエトロ広場での一般謁見で‘トランスヒューマニズム‘の思想に言及し、テクノロジーによって永遠の命を得ようとする一部の裕福なアメリカ人の考えを批判した。  レオ14世は「真の人生とは、地上での人生が私たちを永遠へと導くという意識を持って生きることである。トランスヒューマニズムは、生来の不死性を約束し、テクノロジーによって地上での生命を延長することを理論化してきた」と指摘する。そして「死は本当に科学によって克服できるのか」、「科学は、死のない人生もまた幸福な人生であると保証できるだろうか」と、トランスヒューマニストに問いかけている。  トランスヒューマニズムは普段聞きなれない言葉だ。テクノロジーを駆使して現在の人間(ホモ・サピエンス)の限界を超え、新しい存在形態(ポストヒューマン)へと進化することを最終目標としている。日本語では「超人間主義」と訳される。

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私が支援し続けようと思った理由

前回まで複数回にわたり取り上げ続けているデンマーク論文の話は、しつこいことにまだ続くのですが、閑話休題、実は12月3日は毎年たがしゅうブログにおいて、「この1年で自分がはじめて取り組んだこと」について書き記す日に設定しています。 由来は私が自分の人生を変えるに至った糖質制限食をはじめて行った日が2011年12月3日であったことです。 なので、この一年間ではじめて取り組んだことを思い返してみるわけですが、なんと言っても、今年はHPVワクチン薬害訴訟の原告支援を行うと決意したことに尽きます。

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新たな時の始まり

◆聖年の扉 11月は死者の月であり、典礼的には終末の時です。この時節に、私たちはキリストの再臨を願いつつ、死者のために祈ります。既に多くの方々が生涯を終え神様の身元に召されていきました。私たちもいずれ天の国の父のもとに旅立ちますが、いままだ為すべきことが与えられています。この世に生き残っている私たちが為すべきこととは、まずは死者のことを思い起こし祈ることです。来年、私たちは聖年を迎えます。聖年の扉がバチカンで今年のクリスマスの夜に開かれ、キリストによる救いの確信を再度、心に呼び覚ます新たな始まりとなるでしょう。

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【和歌山戦災忌】大正10年生まれの母が語った〜焼け野原とお堀の底の記憶〜

終戦から80年、今年もまた、あの悲惨な戦争記念日8月15日を迎えますね。私の母、当時まだ女学生だった彼女が体験した昭和20年8月7日、和歌山市を襲ったB29による大空襲の記憶は、生々しく、そして重い。 明光通りに住んでいた母は、突如として降り注いだ爆弾によって、一瞬にして日常を奪われました。和歌山城は炎に包まれ、あたり一面は焼け野原。そして、そこに横たわっていたのは、無数の亡くなった市民たちだったという。想像を絶する光景の中、母たち女学生に下されたのは、信じがたい命令だった。それは、亡くなった人々の遺体を片付けるというもの。さらに、熱くて和歌山城のお堀に飛び込んだ人々を、泥水の中から引き上げるという、目を覆いたくなるような作業だったとよく話してました。

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スロベニアで「自殺幇助法」問う国民投票

南欧に位置するスロベニアの首都リュブリャナからの報道によると、「自殺ほう助法」の是非に関する国民投票が今月23日に実施される。それを控え、複数の宗教団体は12日、記者会見を開き、国民投票に反対票を投じるべきだと訴える共同声明を発表した。 同国では7月、議会で「自殺ほう助法」が可決されたばかりだ。キリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒の代表者は「自殺ほう助の合法化は尊厳ある人生と尊厳のない人生を区別することを可能にし、高齢者、病人、そして社会的弱者への圧力を増大させる。むしろ、緩和ケアと心理社会的支援の拡充が重要だ」と訴える。 発表された共同声明には、カトリック司教協議会のアンドレイ・サイエ議長、プロテスタントのレオン・ノヴァク司教、ペンテコステ派と正教会の代表者、ユダヤ教共同体のイゴール・ヴォイティッチ副議長、イスラム教共同体のムフティーであるネヴゼト・ポリッチ師が署名した。

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事実として

昨年4月、家族法専門の弁護士キャリー・パターソン氏は法廷でこう述べました。「胚は人間のいのちになる可能性がある存在として、特別な敬意が払われるべきです。」それから10か月後、バージニア州フェアファックス巡回裁判所のドンテ・L・バグ判事は、次のような意見書を出しました。「この2つのヒト胚が子宮に移植され、出産に至ったとしても、同じ人間になることはないのは明らかです。実際、この胚たちは、同じ親から生まれた兄弟姉妹であっても、それぞれが唯一無二の存在です。」

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