日本 プロライフ ムーブメント

混迷する世界のまっただなかで迎えるクリスマス

今年のクリスマスのあいさつは、どこか重苦しさを感じさせる世界のまっただなかでお届けすることになりました。戦争や災害、失われていくいのち、気候変動への不安、経済的な厳しさ、そして多くの人が誰にも言えずに抱えている孤独。そんな状況の一方で、街は明るい光に包まれ、やることに追われ、買い物の空気があふれています。その中で、私たちは「なぜこの季節を祝うのか」を見失ってしまいがちです。しかし実は、慌ただしさと傷つきやすさが交差するこの時代だからこそ、クリスマスの意味はより深く心に響くのではないでしょうか。 聖書では、クリスマスは「来られる神」の物語として始まります。神の子は、完全な世界ではなく、不完全で傷ついたこの世に、小さく無防備な幼子として生まれました。この誕生は、どれほど貧しく、目立たない場所であっても、希望はそこから始まることを告げています。主は「エマヌエル――神は私たちと共におられる方」として、私たちのただ中に来られました。それは、壮大な奇跡や特別な行いだけでなく、日々の小さな愛と憐れみの実践を通して、互いに寄り添い合うよう私たちを招く出来事です。物の豊かさや完璧さによって愛を量ろうとするこの季節において、主が示される真の贈り物は、時間を分かち合うこと、心を傾けること、赦し、そして差し伸べられる手なのです。

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「食べる」:たがしゅう哲学カフェ in 新宿の御報告

台風一過、波乱の週末が明けた後の鹿児島は晴れやかな天気が待っていました。 さて本日は、その週末の間に東京で2日連続でゲリラ的に開催した哲学カフェの内容について振り返っておこうと思います。 まず初回の土曜日は、「食べる」をテーマに6名の参加者で語り合いました。 小川仁志先生の哲学カフェでの問いかけを参考に、まずは「もし食べなくても生きられるとしたら、それでもあなたは食べますか?」という質問で始めてみることにしました。

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フランシスコ教皇の言葉(2)

フランシスコ教皇が日本と日本の教会に期待する2番目の課題は、正義と平和に関して主導的な役割を担うことです。  1981年、ヨハネ・パウロ二世教皇が広島平和記念公園で発言した有名な言葉があります。「戦争は死です」。「過去を振り返ることは、将来に対する責任を担うことです」。この短い言葉は強烈な印象を日本人に与え、教科書にも取り上げられています。  38年ぶりの教皇来日となった、フランシスコ教皇は2019年11月24日、長崎の爆心地公園で次のような言葉を残しました。

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キリスト教の極致は見神

コスモスと秋空過去30年来、わたしはある「婦人読書会」に出ている。鹿児島カトリック女性信徒の会が主催する読書会で、毎月第1月曜日に集まって回勅や使徒的勧告などの教皇書簡を読むのである。前回は、現教皇ベネディクト16世の初の回勅『神は愛』の最終回で「結び」を読んだ。いろいろな質問があったが、その中の一人は、「修道士は愛そのものである神と『顔と顔とを合わせて』出会いました」(n.40)とあるが、顔と顔とを合わせてとはどういう意味かとの質問である。 なるほど、聖パウロが言うように「顔と顔とを合わせて神を見る」とは天国における「至福直観」(1コリント13,12参照)意味していて、この世で顔と顔とを合わせて神に出会うとは聞きなれない表現である。わたしは次のように答えた。この表現は擬人法的な表現で、厳密な意味ではなく広い意味の「神を見る」でしょう。神の観想に明け暮れる修道士は、世界の中に、さまざまな出来事の中に、何よりも隣人の中に神を見て、愛の業に励んでいたということでしょう、と。

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新教皇、トランスヒューマニズムを批判

ローマ教皇レオ14世は10日、サン・ピエトロ広場での一般謁見で‘トランスヒューマニズム‘の思想に言及し、テクノロジーによって永遠の命を得ようとする一部の裕福なアメリカ人の考えを批判した。  レオ14世は「真の人生とは、地上での人生が私たちを永遠へと導くという意識を持って生きることである。トランスヒューマニズムは、生来の不死性を約束し、テクノロジーによって地上での生命を延長することを理論化してきた」と指摘する。そして「死は本当に科学によって克服できるのか」、「科学は、死のない人生もまた幸福な人生であると保証できるだろうか」と、トランスヒューマニストに問いかけている。  トランスヒューマニズムは普段聞きなれない言葉だ。テクノロジーを駆使して現在の人間(ホモ・サピエンス)の限界を超え、新しい存在形態(ポストヒューマン)へと進化することを最終目標としている。日本語では「超人間主義」と訳される。

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私が支援し続けようと思った理由

前回まで複数回にわたり取り上げ続けているデンマーク論文の話は、しつこいことにまだ続くのですが、閑話休題、実は12月3日は毎年たがしゅうブログにおいて、「この1年で自分がはじめて取り組んだこと」について書き記す日に設定しています。 由来は私が自分の人生を変えるに至った糖質制限食をはじめて行った日が2011年12月3日であったことです。 なので、この一年間ではじめて取り組んだことを思い返してみるわけですが、なんと言っても、今年はHPVワクチン薬害訴訟の原告支援を行うと決意したことに尽きます。

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新たな時の始まり

◆聖年の扉 11月は死者の月であり、典礼的には終末の時です。この時節に、私たちはキリストの再臨を願いつつ、死者のために祈ります。既に多くの方々が生涯を終え神様の身元に召されていきました。私たちもいずれ天の国の父のもとに旅立ちますが、いままだ為すべきことが与えられています。この世に生き残っている私たちが為すべきこととは、まずは死者のことを思い起こし祈ることです。来年、私たちは聖年を迎えます。聖年の扉がバチカンで今年のクリスマスの夜に開かれ、キリストによる救いの確信を再度、心に呼び覚ます新たな始まりとなるでしょう。

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