「歳はとりたくないねえ…。」
私が30年、内科医として患者さんたちから、これほど幾度も聴かされたことばはないと想います。
ほとんどの人が、40代くらいまでは、「無理がきかない」ことを自覚しながらも、「歳をとった」とは感じないのではないでしょうか?
私の経験では、「歳」ということばを、明らかにたびたび口にするようになるのは、60歳を超えてからのように感じます。
そして、それでも、あえて口にするのを避けていることばがあるように想うのです。
「老いる」ということば。
私は、たくさんの人を診察して、実際に体調に限らず、生活や人間関係に関するさまざまな悩みや課題について聴き取ってきて、おそらく、私が「老い」ということばに感じる感覚ほど、ほとんどの人たちと隔たりのあることばもまたないように感じます。
これは、率直に言って、私の「おかしい」ところなのかも知れません。
ただ、できれば、いまだけは、少しゆっくり考えてほしい。
「老い、老いる」とは、私にとっては、非常に積極的な意味の、名誉というか、誉めことばのように見えます。「苦労して、がんばって、たくさんの辛い経験もして、もちろんうれしいこと、楽しいことを数々味わってきて、なにより、途方もない時間をかけて、ようやく、ここまで登ってきたんだ!」という感覚。
その顔の深いしわと、白髪を見て、ゆっくりと話す先生を、直観で信頼してしまう、うまく説明できないけれど、「この人なら信用できる」という感覚。それには、少なくとも何十年の時間が背後にあることが大前提でしょう。
私が高校生のころ、ギリシャ哲学のなかのストア派と呼ばれるひとたちの著作を読み漁ったことがあるのですが、もちろん、そのほとんどはなにも覚えていないというか、想い出せません。
ただ、そんな何冊かを連鎖的に読む中で、ローマ時代のキケロという優れた政治家が記した、「老年について」という一冊のことを想い出しました。
キケロは、老いは克服すべき敵ではなく、それ自体が自然の秩序のうちにあることを教えました。そして、戦乱の絶えない時代背景もあってでしょうが、彼は、戦場を例にとり、老いた者は、前線で戦う若者の役目を奪ってはいけないと言いました。その代わりに、助言をしたり、判断したり、教えたりすることが新しい役割なのだと。ここで、この著作のもっとも重要な考えが以下のようなものなのです。
「老いても、精神だけは鍛え続けなさい。」
キケロは、人が老いても、
読むこと、
考えること、
学ぶこと、
語ること、
友人と議論すること、を
やめてはならないと言います。
つまり、精神だけは、年齢を理由に引退、隠居させてはいけないということです。
まだ、何十年ぶりに手にした、この一冊を私もほとんど読み返せてはいないのですが、私が、いま強く感じているのは(そう、高校生だった私にはまったくおきなかった感覚ですが)、 ローマ時代のひとりの政治家、哲学者が私に教えてくれているのは、「若さがあることでできていた生き方にしがみつくな」というものではないかということ。
人生には幾度も、何度でも花が咲くと、私は考えます。
二十歳にしか咲かない花があるし、
四十歳でようやく咲く花もあるでしょう。
私が、実際に見聞きしてきたのは、
七十歳、八十歳で、初めて咲く、深い色合いの香しい花です。
老いとは、決して、若さの残りかすなどであるはずもなく、その時を迎えたからこそ咲く花、時間と経験を重ねたから、目の前に広がる景色を見るための条件なのではないかと想えてしかたがないのです。
人間は、知識も経験も、想いや願い、希望も、そしてもっとも大切な愛も、必ず、誰かから受け継いでいます。
それを、美しい河や、雲海の流れのように、次の誰かに、確実に渡す、つまり引き継ぐことこそ、若い人たちにはなかなかできない大切な務めなのかもしれません。
そして、これは、多くの場合「老い」なければ、難しいのではないでしょうか?
確かなことがあります。
「老いる」のは非常に忙しい。
私はそう考えています。
私たちは老いてこそ、愛をもって、考え、学び続けなければならないし、私たちのいただいてきた愛をもって経験を保ち、伝えていかなくてはならない。
若い人たちが無用な苦労をしたり、社会がおかしな方向にいかないよう、善悪、是非を見極める力は一生磨いていかなくてはならないのです。
これらを勇気、節度、そして徳を実践することを通じて、つまりは愛を実像に仕上げてゆく。
「歳はとりたくない」ではなく、これからは、「老いるという役目を楽しめるように、いまを味わって生きるんだ」に換えてゆきたいと想うのです。
Takenori Funaki(フナキ タケノリ)
船木 威徳
医療法人社団ビジョナリー 王子北口内科クリニック 医師
Copyright © 2026.7.6.
掲載許可取得 2026.7.12.