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ネロの木靴「フランダースの犬」のネロを悼む希望の物語

今年、最初に読んだ本。名作「フランダースの犬」のその後の物語。年末に地湧社の増田圭一郎社長と会って、私が土井響くんと出会ういきさつを伝えると、黙って聞いていた増田さんが何を思ったか「フランダースの犬を知っていますか?」と言う。
増田さんは、口下手なので、自分の中に思いついたことをいきなり話しだすことがあり、(え、なんで急に?)と思ったけれど、きっと彼のなかでは繋がっているんだろうと、話をこの有名なベルギーの物語に切り替えた。



「子どもの頃に読んだけれど、ネロとパトラッシュの物語ですよね。アニメも観ました。ちょっと悲しい話ですよね」
「臼田夜半さんという人が、ネロとパトラッシュが死んだあとの物語を書いているんです。ネロの幼なじみのアロアが大人になって、ネロの死は凍死ではなく、自殺だと知るんですが……」
「ネロは、自殺したんですか?」
「原作では、そう解釈できる書きかたなのですが、アニメでは、自殺とは描けなかったんでしょう」
「その、臼田さんが書いたものは小説ですか?」
「小説です。で、この本にはあとがきがあり、ネロの死を自殺として描き直したいきさつが書かれています。筆者がこの本を書くきっかけになっているのが、脳性小児麻痺で言葉を語らない少年との出会いなんですが……」
なるほど、そう繋がるのか……。
「ネロの幼なじみのアロアは、大人になって木靴職人の青年と結婚して子どもを生みます。その子どもは障がいを持って生まれるんです。その子の名前がソナというんです」
「ソナ……」
「ええ、ソナというのは響という意味です」
とにかく、ぜひ読んでみてください、と、言われ、わかりましたとお返事をすると、三日後には本が届いた。



物語は、ネロの幼なじみのアロアを主人公にして描かれる。ネロが死んだ原因が自分と自分の父親のネロに対する嫌がらせにあると感じて、ネロの死を悼みながら十九歳になったアロアは、木靴職人の青年と恋をして父親の反対を押し切り、彼が住む森の共同体で暮らし始める。
物語は「フランダースの犬」がどんな時代に書かれたのかをアロアの視点で語り直していく。



舞台のベルギーはヨーロッパで最初に産業革命に取り組んだ国。都市化が進み古い共同体が崩壊していく中で、行き場を失った少年ネロが、社会から見捨てられていく状況を教えてくれた。ベルギーという国の知識がなかったので、とても新鮮だった。



アロアは都会を離れて、田舎に残されている森の共同体に受け入れられる。人と人が物々交換で助け合って暮らす、お金を持たない人たちの生活。そして森のなかでソナという子どもを育てていく。ソナは障がいを持って生まれたが、森では「イエスの子」として大切に育てられ、森の人々はソナの「言葉以前の言葉」を聴き分けることができた。



父の訃報を受けて実家に戻ったアロアは、ネロが亡くなった教会に行き、ネロの遺品の木靴を探そうとする……。でも、木靴はなかった。なぜ? その理由にはネロの死の秘密が隠されていた。



カトリック教会の腐敗、あまりに現世利益に走った教会への反発から清教徒革命が起こり、プロテスタントが生まれる。プロテスタントが聖書の原点に戻り、労働を善としたことから産業革命が起きていく……。資本主義の誕生と信仰が結びついていることを前知識で知っていると、この物語はより理解しやすい。(このあたりのいきさつは、小室直樹さんの著書がおすすめ)



私は「フランダースの犬」という物語が、あまり好きではなかった。悲し過ぎる。救いがないと思っていた。同じ理由で宮澤賢治の「よだかの星」も苦手だった。宮澤賢治が生きた時代の日本と、「フランダースの犬」が書かれた時代のベルギーは、似ているかもしれない。お金のために、子どもが売られたり、死んだりした時代。



あとがきに記された、脳性小児麻痺の少年がある人物と出会って指で会話をし、他者とのコミュニケーションが可能となるエピソードは、指談に違いなかった。言葉以前の分節化しない言語、言葉の始原となる沈黙が存在することを、著者は知り、その感動から物語を紡ぎだしたとある。



残念なことにこの本は、あまり売れなかったらしい。確かに、どういう本かと説明するのが難しい。語られていることが深過ぎるから……。著者も大病の経験があるそうだ。いのち、魂、言葉にすると陳腐になってしまうものを、ていねいにていねいに、手渡そうとしているのが伝わってきた。その謙虚さと強さが、伝わってきた。いい本です。



「フランダースの犬」のネロは物語の登場人物だけれど、ネロを知る人にとってネロは実在の人と同じ。ネロの生きた時代と、ネロがどうして死ななければならなかったのか。
ネロの魂を弔い、希望へとつないでいく物語を、ネロの死に悲しんだ、たくさんの大人に読んでほしい。

臼田夜半さんのこと

「ネロの木靴」の著者、臼田夜半さんが亡くなっていたことを知った。

https://runday.exblog.jp/26285731/

一度しかお会いしたことがなかったけれど、物静かな方だった。

この本は、とてもいい本だ。

たぶん売れないと思う。だけど、いい本ってたくさんあるんだ。

Taguchi Randy(タグチ ランディ)
田口 ランディ
本名 田口けい子
   女性小説家 エッセイスト 
田口ランディOfficial Blog
Copyright © 2017年 01月 02日
Copyright ©2021年 10月 12日
2021年11月13日許可を得て転載