日本 プロライフ ムーブメント

人間共同体の危機とその対策

「結婚しなくてもいい」70パーセント、「子ども要らない」最高42パーセント、「一人暮らし」全世帯の34. 4パーセント、「孤独を感じる」15歳29.8パーセント、09の年間自殺者三万人超。 これらは昨年の暮れあたりから新聞に出てきたフレーズの数々である。「人間共同体の危機」を感じさせる。 これにどう対処すればよいか。 

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人類は一つの家族

毎年、1月1日はカトリック教会が設定した「世界平和の日」である。教皇ベネディクト16世の2008年「世界平和の日」メッセージは、「人類という家族―平和の共同体」をテーマとして発せられたもので、平和であるべき世界の基本的な理念を表明した極めて重要な問題提起である。かなりの長文で濃密な内容なので、ここには問題提起の意義を指摘しておきたい。 

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生命の始まりについて

「カトリックの影響が強いドイツでは、法律で胚の作製や研究利用を厳しく規制しているが、(中略)わが国には、こうした大原則はない。科学技術の進歩を後追いする形での法や指針があるだけだ。この機会に、宗教や哲学、科学などの学問の垣根を越えた幅広い英知を結集し、国民の合意を得るべく公開の場で「人」の始まりや終りを論じてみてはどうだろう」。

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自殺防止の決め手はあるか

ある日の昼のニュースで「過労死・過労自殺に関する電話相談」が行われていることが報じられていた。そういえば、先般の警察庁の発表によると、昨年の自殺者は全国で3万2千155人に達し、9年連続で3万人を越えているという。それに、生徒や学生の自殺も増え、統計を取り始めた78年以降で最も多くなったという。 

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子どもは親だけの責任ではない – こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)が提起したもの

こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)の運用が始まった。赤ちゃんポストについては反対論や慎重論もかなりあったが、賛成論が次第に大勢を占めるようになったという。今度の企ては、いのちの尊厳や、子育てに困難を背負う孤立した母親たち思い出させ、子どもたちの養育を引き受けたいという善意を呼び覚ましたから、まさに摂理的であったといえる。

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衰えぬ人命軽視の風潮

長崎市長銃殺事件や米国の大学における大量銃殺事件は衝撃的であった。しかし、このところ中近東その他における自爆テロやその報復をはじめ、内外における殺傷事件が報道されない日はないほど日常茶飯事となり、当事者を別にすれば、あまりにも当たり前のことで、もはや衝撃的ですらなくなった感がある。この深刻な事態は、単に銃規制で解決されるような生易しいものではなく、もっと根本的な対策が求められているように思う。 

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いのちの神秘とその召命

いのちは神秘である。そして、いのちの神秘の解明は有史以来、人類の根本的な課題であった。そのいのちが、今日も、さまざまに脅かされ、虫けらのように殺害されている。だから、あらためていのちの神秘と召命について根底から問い直さなければならない。 

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「いじめ自殺」が残した教訓 – いのちを守る家庭の再建と隣人愛を育てる教育

昨年もいじめや虐待死など、幼児・児童・生徒にまつわる悲しい事件が相次いだ。いじめは昔からあったが、その後の報道によれば、いじめの実態はかなり深刻で、全国に広がっているという。あらためて、いじめ自殺からいくつかの教訓を引き出してみたい。

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あらためて問う、胎児は人間か

さる2月、この欄で「オバマ大統領、妊娠中絶を容認」と題した記事を公開したが、これに対していくつかのご意見をいただいた。人工中絶を選択する女性に対する同情と同時に、厳しい倫理を押し付けて自分は何もしないとして教会を非難する言辞が中心であったように思う。人工妊娠中絶についてこれを容認する意見があることはわたしも十分承知しており、あえて反論するつもりはないが、もう少し教会の立場を説明しておきたいと思う。 

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オバマ大統領、妊娠中絶を容認

「オバマ大統領は23日、妊娠中絶を支援する団体への連邦予算の拠出制限を解除する大統領令に署名した。これに伴い、保守派が「中絶に使われている」と主張してブッシュ前政権時代に中止されていた国連人口基金への予算拠出も、再開する意向を表明した」(見出しを含め、朝日新聞ネットニュースから)。 

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胎児は人間です

中絶をやめさせるには、胎児が人間であるということを、どうしても納得させる必要があります。他のこと、たとえば「かわいそう」とか「その後ずっと罪悪感になやまされますよ」など、いろいろ言ったところで、それは実行後に生じるものであって、実行前のものにはどうも説得力がないと、いつも感じています。そこで誰かそういうことを力強く証明してくれないものかと、いつもまっているのですが、なかなか実現しません。

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『生命の尊厳倫理』と良心にもとづく産婦人科医療に迫る国際バイオエッシクスの脅威

いま何よりも必要とされているこのような会議(「産婦人科の未来――良心にもとづく医療教育を受け、良心にもとづく医療をおこなう本質的人権」)に参加できることを光栄に思う。現在、カトリック系の医療機関に、そして世界国々のあらゆる社会にはなはだしい差別と圧力、そして差し迫った脅威が存在している。本会議の参加者はその目撃者となっている。

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誰それって誰のこと?

(ストーリー) キャリーとティムはわくわくしていた!とうとう親になれるかもしれない。長くて暗い過去の数年間が続き、キャリーが再び妊娠するなどという希望はほぼ絶望視されていた。深く傷ついた組織のせいで、彼女は生殖力がないと診断されていた。それは過去数回の中絶、性病そしてIUDによるものだった。しかし「イン・ビトロ受胎」クリニックのおかげで、二人の問題は解決した。技術者たちが11の胎児になる直前の胚を受精させることに成功し、それらをキャリーの子宮に移植しようというのだ!

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幹細胞研究:その光と影

科学は現在目もくらむようなスピードで進化している。クローニング、遺伝子治療、ミラクルドラッグ、風変わりな療法などなど。そのなかでももっとも衝撃的な出来事は1998年11月に起こっている。2人の研究者がそれぞれヒト受精卵および中絶胎児からの幹細胞摘出に成功したのである。この幹細胞を活用できると、熱烈な期待が湧きあがっている。その一方、無垢で無防備なヒトがその過程で破壊されるのではないかとの懸念の声も聞こえてくる。

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ヒト胚性幹細胞研究–その公式見解の根拠は科学的詭弁であるか?

論争におけるNBAC(国家生命倫理委員会)や米国ホワイトハウスの公式見解の根拠となる考えは次のいずれかである:(1)受精やクローニングの幹細胞はまだヒトではない、および/あるいは、(2)ヒトではあるかもしれないが、まだ人間ではない。いずれにおいても、主となる論拠は生命の尊重と尊厳におよぶことになる。なぜならば、早期ヒト受精卵は、生物学的生育段階を経て生物学的生体の生育に応じ進化するものであるからである(前NIHヒト受精卵研究審査員団報告/NBACリポート)。

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法的、医学的、倫理的、社会的問題としてのクローニング

「人間クローニングの直接産物は人間です。その反対の主張は科学的に間違っています。」 ビリラキス議長、保健・環境に関する小委員会の皆さん、今日この機会に皆さんの前で人間のクローニングという非常に深く、重要な問題について証言する機会を与えられて、また、皆さんがこの問題と真剣に取り組み、この分野に関して分かりやすく、政策の基礎となる正しい、納得いく情報を求めておられることを嬉しく思っています。

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中絶・自然法理論の正しい適用

導入 中絶に関する修辞的技巧は「選択の自由派」「生命尊重派」そして「進歩派」「保守派」双方を論戦に巻き込み、混乱させている。多くの「進歩派」は妊娠中の子供を生かすために女性に死ぬことを求めるのは非合理的で残酷だ、また中絶は希望があれば、特に女性の健康とか生命に危険がある場合、さらに近親相姦とかレイプの場合でさえも、基本的には即可能であるべきだと主張する。それだけでなく、彼らは中絶が合法化されていると指摘する。反面、このような議論に、多くの「保守派」は中絶が決して正当化されたり、合法化されてはならないと主張する。どのような状況のもとであっても、またどのように法律が定めていても、何ら罪のない人間である胎児を殺害することが基本的に不道徳であることをその主張の根拠にするのである。時として、双方の立場を主張する人たちの議論は、相手の言い分に何らかの倫理学的正統性がある可能性すら忘れて、互いにすれ違いしているように見える。それだけではない。今のところ、高度に政治化されてしまった対決を回避するか、もしくは真剣に考慮すれば、両「陣営」にとって受容可能になるこれら悲劇的な道徳上のディレンマに取り組むために、組織的で、理にかなった手段が何もないように見える。

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クローニング・危険な言葉遊び

1996年3月、父親ののいない「ドーリー」という愛らしい名前の子羊が生まれた、というニュースが世界の人々を驚かせた。1長いこと冗談とかサイエンス・フィクションでは話題になっていたことだが、人間のクローンも可能になったことで、恐怖に駆られる人々も出てきた。この新技術が人類を未知の暗い深淵に突き落とす前に、倫理的、社会学的、法律的含みに関する責任に取り組もうとして、解説、会議、政治論争が続いたものである。

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中絶後トラウマ・その事実は?

ストットランド博士は最近の記事(JAMA, Oct. 21, 1992)で、中絶後トラウマは「神話」に過ぎず、実際には「どこにも存在しない」ことを論証しようと試みます。彼女はそこで、この件が満足に解決されるために、この分野ではもっと偏らずに、範囲を広げた、経験によって立証できる研究が必要であると書いています。

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中絶に直面する女性と医師:良心形成と道徳的選択における正しい科学の役割

一. 導入  中絶問題に直面する女性、医師、その他大勢の人たちに関わる、もっとも緊急でありながら無視され続けているジレンマは、ヒト受精卵に関する正しい基礎的科学知識へのアクセス、観察に基づいて、普通、人間は受精の瞬間に単細胞の受精卵として存在し始めることを証明する情報に不足しているということです。このような正しい情報がなければ、わたしたちには中絶、ヒト受精卵研究、ヒト受精卵幹細胞研究、クローニング、異種間キメラ、遺伝子配列変更の研究・治療、その他関連する医学・科学的問題に関して、良心を正しく形成し、倫理的に正しい決定をすることができなくなります。神の啓示ほどではないとしても、正しい科学に基づくことがこの種の問題について考察する際には出発点になります。

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医学倫理

わたしたちは毎日絶え間なく、人騒がせな医学の諸問題に直面します。二、三、例を挙げると安楽死、自殺幇助、試験管ベビー、クローニング、幹細胞研究、実験室で生み出すキメラ、その他です。しかもこれらすべてがわたしたちに押し寄せているといった感があります。これは、よくあることでは済まされません。二十一世紀に入ろうとするわたしたちは一人残らず、これらの問題と、今はまだ想像さえできないような数多くの問題に関して態度決定を迫られています。しかし、わたしたちの態度決定の基礎は何であるというのでしょうか?

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人間はいつから人間になるのか? -「科学的」神話と科学的事実

ある学会で人間の生命がどの時点で始まるかを議論していた際、一人の婦人科医が「中絶手術を執行するとき、あなたは子宮内の子供がもう人間になっていると信じますか?」と質問されたときのことです。彼の正直な答えは以下のようなものでした。

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世界のリベラルの「歪んだ進歩」に待ったをかけるのが日本の役割だ

進歩を履き違えるリベラルの暴走。しかもそれを「歪んだ」と言うほかないのは、世界のリベラルの趨勢が「無垢ないのち 」を徹底的に置き去りにするからだ。「無垢ないのち」に人権・人格を認めないどころか、リベラルは「無垢ないのち」 がむしり取られることに冷淡だからだ。リベラルが至高の原理とする自己決定する権利の拡張とは、「無垢ないのち」 のさらなる置き去りを推進することと同義である。置き去りにされた「無垢ないのち」をむしり取る行為が、 すなわち堕胎である。 

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