日本 プロライフ ムーブメント

「降誕とアレルギー」衛生と花粉症

マヤ夫人、万が一の死亡

 四月八日は花祭り、お釈迦様の誕生は喜ばしいが、実母のマヤ夫人は産後一週間で亡くなられたという。死亡原因は産褥熱(産後の細菌感染症)であった可能性が高い。
 十九世紀半ば、ハンガリーの産科医ゼンメルワイスは出産介助の前に手を洗うことで産褥熱が防げることを発見した。この少し後、パスツールは感染症の原因が細菌であることを説き、これがコッホにより完璧な実験で証明された。パスツールが考案した低温殺菌法(パスツリゼーション)はワインの腐敗を防ぎ、巨万の利益をフランスにもたらした。免疫治療は十八世紀末ジェンナーの種痘に始まるが、パスツールのワクチン開発は多くの感染症治療に道を開いた。細菌そのものではなく細菌の産生した毒素が破傷風という病気を起こすことを証明し、かつ抗毒素血清を作って治療を可能にした北里柴三郎の功績も光っている。二十世紀前半フレミングによって抗生物質が発見された。その後の研究で実際にペニシリンが作られ、平均寿命が急上昇する結果となった。そして現在先進国の妊産婦死亡は万が一以下となっている。

アレルギーは自己の過防衛

 二十世紀初めオーストリアの小児科医ピルケは、防御反応である免疫反応が過敏症という自己に不利益な反応を起こす場合があることに注目し、変わった(アロス)反応(エルゴ)という意味のギリシャ語からアレルギーという言葉を定義した。前回書いたように免疫の基本は自己と非自己の識別だ。そして非自己と認識される物質を抗原といい、その抗原に結合する抗体が抗原毎に作られる。抗体の中にはアレルギーに関係するIgE抗体があり、これが肥満細胞に結合して抗原を待つ。二度目に抗原が侵入して肥満細胞のIgE抗体と結合すると、肥満細胞から ヒスタミンなどの様々な科学物質が放出されてアレルギー反応を引き起こす。放出された化学物質が皮膚に作用して蕁麻疹、鼻粘膜に作用してアレルギー性鼻炎、気管支に作用して喘息発作を引き起こす。このような反応は抗原が侵入してから三十分以内に起こるので即時型アレルギー反応と呼ばれる。一般的なアレル ギー疾患の多くが即時型アレルギーだ。
 アレルギーには抗体よりも細胞性免疫に関係するものがあり、二度目に抗原が侵入すると、リンパ球、好中球、マクロファージなど細胞性免疫の部隊が呼び集められて炎症反応が起こる。この反応は一、二日を要するので遅延型アレルギー反応という。この型にはツベルクリン反応や接触性皮膚炎などがある。さらに関節リウマチのアレルギー反応など、即時型でも遅延型でもない型のアレルギーもある。
 古代エジプトの王の墓標に蜂に刺されて死亡したという記載があるらしい。蜂の毒は人を殺すほど強力ではなく、せいぜい刺された部位が腫れあがる程度だ。しかし蜂の毒にアレルギーの人は急性循環不全を起こして死に至ることもある。アナフィラキシー・ショックといい、血圧が下がって心臓が止まってしまう状態だ。蕁麻疹や喘息を伴うことも多い。蜂アレルギーの人が蜂に刺された場合には、心臓停止に至る前に医療機関で治療を受ける必要がある。この目的でエピペンという昇圧剤の自己注射が昨年から日本でも認められた。これで医師の治療を受けるまで十数分の時間を稼ぐことが出来る。

加するアレルギー疾患

 喘息は西暦紀元前ヒポクラテスの時代からあるそうだが、近年急増している。以前は殆ど無かった花粉症が今では非常に多い病気になった。アレルギー発症には、遺伝的因子と環境因子の双方が関係するが、変化したのは主に環境因子の方と考えられる。その一つとして生活環境の変化によるダニやカビのようなアレルギー抗原の増加がある。しかしスギ花粉など以前から飛んでいたのであり、飛散量の増加だけでは花粉症急増の説明は出来ない。
 免疫は細菌などの侵入に対して自己を防御する働きだ。ところが衛生の向上や抗生剤の進歩等で、免疫力が低下している高齢者を除いて感染症が激減した。なかでも結核と寄生虫症の減少が注目されている。特に寄生虫感染では他の感染症と違ってIgE抗体が作られる。できたIgE抗体は肥満細胞に結合して寄生虫から生体を防護する。既に寄生虫抗原に対するIgE抗体が結合した肥満細胞には花粉IgE抗体が結合する余地が無くなっていると考えられる。ところが寄生 虫という外敵がいなくなった結果、外敵から自己を守る為の武器が自己を傷つけるようになってしまったのだ。
 気管支喘息や蕁麻疹等は心理的要因との関連も認められている。証拠に基づく医学を根拠にした医師による治療が必須であるが、さらに加えて自己の心の制御が治療に役立つと考えられる。

Tanaka Masahiro (タナカ マサヒロ)
田中 雅博(1946年ー2017年3月21日)
坂東20番西明寺住職・普門院診療所内科医師
出典 藪坊主法話集
Copyright ©2004年4月掲載
2024年3月3日複製