日本 プロライフ ムーブメント

議論に必要なのは事実と道徳性

現代人が科学と技術の進歩に眩惑されるのも無理からぬことである。しかし、こういうときだからこそ、折に触れて現状を振り返り、科学技術の「進歩」が人類にとって後退を意味するものでないか自問することが必要である。 

北朝鮮の科学者がヒトのクローン胚を形成し、そのひとつから幹細胞株を作成したというニュースは、「治療」技術としてのヒトのクローン形成を過大視させるものとなった。事実は整然としている。 

マウスの胚性幹細胞に関する研究は、四半世紀以上前から行われているが、マウスの主な疾患に対する安全かつ有効な治療法はいまだ開発されていない。ヒトの胚から採取した幹細胞について研究が始まったのは5年ほど前だが、動物に移植すると腫瘍を形成するなど、さまざまな理由から、臨床試験に至るには程遠い。 

クローン胚から採取した幹細胞については、それ以外のリスクや細胞自体の問題も考えられる。オーストラリアなどの国では、幹細胞研究の第一人者たちが、細胞治療の発展に幹細胞は必要ないと結論づけたことで、研究目的でのヒトクローンの作成を禁止している。 

では、この「進歩」に伴うもう一方の側面、モラルや人権への侵害についてはどうか? 

16名の女性に対し、潜在的な危険が示唆されている排卵促進剤を投与し、卵巣から一度に1個ではなく15個の卵子を産出させた。クローン羊ドリーの作成に用いた手順に従い、2細胞期の段階で、これらの卵子から213個のクローン胚を作成した。そのうちの30個が1週間後の胚盤胞期まで生存し、20個から内細胞を取り出すことができたが、胚性幹細胞株は1つしか作成できなかった。おそらくは何の治療にも役立たない1個の細胞株を作るために、16名の女性は単に卵子製造工場として利用され、発達途中にあった200個以上のヒトの生命が廃棄されたことになる。 

今後、この処置はもっと効率的に行われるようになると考えられるが、もし胚性幹細胞を使用した治療が可能になっていたとして、1人の患者を治療するために女性を危険にさらして卵子を採取し、胚を数多く作成してその後破壊するという作業が継続されることに変わりはない。 

ヒトの胚も基本的人権を持つ人間と同じように扱うべきである、という私の信念に反対する人がいるかもしれない。しかし、ヒトの胚を単なる細胞の塊と考えている人はほとんどいない。発生後1週間の胚は、我々の誰もがかつて経験した姿である。二大政党の党首の顧問をしている専門家委員会は、胚は成長を続けている人間であり、尊重に値するものであると結論づけている。細胞を採取するためだけに研究室で生命を作り発達させることは、生命を尊重するべきというこの意見に反することである。 

こうした研究により、多くの人が異論を唱えている行為、すなわちクローン・チャイルドの作成が助長されることは否めない。研究者の本来の目的が何であれ、その研究についてインターネットに掲載すれば、エイリアンに人類の複製を作るよう命令されたと主張するUFOカルト集団を含め、人間のクローン形成を望む人にクローン形成の「ハウツー」マニュアルを提供することになる。 

目的にかかわらずヒトのクローン形成を禁止する連邦法規が下院で2回承認され、ブッシュ大統領が承認している。現在、この法案は上院での承認待ちとなっている。こうした禁止法案が議会を通過したとしても、医学の進歩が妨げられることにはならない。 

この議論では、成体細胞および臍帯から採取した幹細胞が、すでに多発性硬化症、パーキンソン病、鎌状赤血球貧血、脊椎損傷などの傷害や疾患の改善に役立っているという事実がまったく明らかになっていない。その名に恥じないヒューマンサイエンスであれば、事実を明らかにすることで虚偽を排除し、道徳的規範に基づいて技術を開拓することで、人類に有効な治療法を発見できると考えられる。

 

Cardinal William Keeler
カーディナル・ウィリアム・キーラー
www.lifeissues.net
Chairman of the U.S. Bishops’ Committee
on Pro-Life Activities
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2007.2.27.許可を得て複製