ローマ教皇レオ14世は5月25日、就任後初となる回勅『MAGNIFICA HUMANITAS マニフィカ・フマニタス』を公布した。回勅(encyclica)とは、ローマ教皇が司牧的な意図に基づいて信者の信仰生活を指導するために、全教会に宛てて送る書簡のことで、教皇が出す文書としては最も重要なもの。
本回勅は冒頭で発布の根本的理由と目的を次のように述べている。「神が創造された素晴らしき人類は、今日、決定的な岐路に立たされている。それは新たなバベルの塔を積み上げるか、あるいは、神と人類が共に暮らす国を築くかという選択である」と。
同回勅は、1891年のレオ13世の回勅『レールム・ノヴァールム』公布から135年目に当たる2026年5月15日に教皇によって署名され、5月25日に発表された。レオ14世は、レオ13世の社会回勅の遺産を受け継ぎながら、現代における主要な課題の一つ、人工知能というテーマに向き合っている。回勅は全5章、3万8千語の長さで英語、仏語、伊語、独語、スペイン語、ポルトガル語、アラビア語、ポーランド語など8か国語で公開された。
教皇はまず、テクノロジーは「人間に敵対する力ではなく」(4)、「それ自体は悪ではない」(9)ということを前提としながら、それは「中立的なものではない。なぜなら、それを考案し、それに出資し、それを管理し、それを利用する人の性質を反映するからである」と指摘する。
第1章では近年の教会の社会教説について述べている。レオ13世から第2バチカン公会議における社会教説のダイナミックな性質に光を当てている。
第2章では基礎と原則を列挙。神の似姿に創造された人間の尊厳をはじめ、受胎 ( 受精 >>日本プロ・ライフ・ムーブメントから訂正)から自然な終末に至るまでの命の権利を含む人権の不可侵性、少数派の権利の承認、女性の権利への配慮などを挙げている(57)。
第3章で人工知能のための倫理規定について述べる。「技術と統治。AIがもたらす可能性を前にした人間の偉大さ」では、AIに慎重な姿勢で臨む必要を強調し、その全プログラムにおける説明責任(accountability)の所在を明確にし、適切な政策や法的枠組み、独立した監視体制、利用者の教育に注力すべきと述べている。
次にAIを<武装解除>する必要があると教皇は言う。AIを軍事的、経済的、認知的競争の論理から救い、技術力と統治権の等式を打ち破り、独占から解放し、人類を支配することを防がなければならない。また、進歩を人類の限界を克服することと解釈するトランスヒュマニズムとポストヒュマニズムを批判し、限界は排除すべき欠陥ではなく、人間の本質的な側面であると主張する。なぜなら、神や他者との絆や心の開放は、脆さや有限性の中で熟していくからである。したがって、人間の限界を排除しながら技術を進歩させることは、人間の心を退化させることを意味する。傷つきながらも人類は置き換えられることも、凌駕されることもあってはならない。技術は人類の苦しみを和らげ、新たな可能性を切り開くことが出来るが、人類が持つ共感し愛する能力を放棄してはならない。AIを前に、真の選択は熱狂と恐れのどちらかではなく、進歩を築くために人々に奉仕するか、権力の論理に従うか、のどちらを選ぶかにある。
第4章では、デジタル化への移行に代表される<第4次産業革命>において、教皇は業績のみならず、人間そのものに焦点を当てたシステムの設計により、労働の尊厳を守ることの大切さを強調している。AIはまた、技術に必要なレアアースを採掘するために体を傷つけられ、疲弊した労働者たちに見られる、新たな形態の奴隷制を生み出している。こうしたことから、新たな奴隷制との闘いは、デジタル革命において倫理的識別力が決定的に試されると指摘。一方で教皇は、過去に奴隷制という災厄に対して教会の非難が遅れたことに「真摯に赦しを願っている」(174-176)。
第5章で戦争に目を向け、「デジタル革命は紛争の文法を変えつつある」とし、倫理的なアプローチがなければ、人々の生死に関する決定はますます非人間的になり、武力行使は「即時かつ実行可能な選択肢」と見做されるようになると述べる(182-3)。「神の名を用い、テロ、暴力、戦争を正当化する者は、神の御顔を裏切る者である」(223)。
回勅の結びで教皇は、福音の光のもとに新しい技術を生き、AIの時代においても、皆が「神が生きておられる素晴らしき人類の美しさ」を証しできるように「質素で厳格なキリスト教生活の道」を歩むよう呼び掛けておられます。
Matsuo Mitsugi(マツオ ミツギ)
松尾 貢
主任司祭
Copyright ©2026年6月7日
2026年5月3日掲載許可取得