日本 プロライフ ムーブメント

曲がっている

幼稚園付きの教会で働いていた時、園児の父母を対象に、宗教講座を受け持っていた。 平日の日中なのでお母さんばかりだったが、運動会や発表会などにはお父さん も来ていて、その子のお兄ちゃんやお姉ちゃん、小さな赤ちゃんも来ているので、家 族の暖かな姿が羨ましかった事を覚えている。その中の一人の女性は、ミッ ションスクール卒業で、それで子供をカトリックの幼稚園に入れていた。その彼女は ミッションスクール在学中も「公教要理」を受けていたし、教会でも勉強は続け ていたが、何故か洗礼を受けようとはしなかった。前の年の復活祭の時も受けません かと薦めたが、断って来た。それでもイエスの魅力には惹かれていて離れる事 ができず、ずっとここまで来てしまったとの事だった。 

その年、復活祭の前に出産予定日を控えていた事と、復活祭後すぐに横浜への引越し が決まっていた事もあって、平日に私や数人の人が集まって、彼女一人だけの洗 礼式をした。その2日後に男の子が生まれた。洗礼式以来会う事もなかったが、彼女 と連絡を取っていた信者さんから、生まれた子は「総肺静脈還流異常」という 心臓病だと知った。私達は、横浜で教会に手伝いに来ていた神学生の助祭叙階式があっ たので、教会のワゴン車で出掛けたが、その帰りに彼女の家を訪問する事にし た。 

恐る恐るの訪問だった。赤ちゃんはチアノーゼがあって、静かに横たわっていた。幼 稚園に通っていたお姉ちゃんには、泣かせると良くないので、とにかく静かにさ せておく事、心臓の手術をするかもしれない事などの注意をしていた。せっかく生ま れた弟なのに、見ているだけで抱く事もできず、可哀想だった。私たちもあまり 長居をせずに引き上げた。 

それから2ヶ月して、彼女から手紙が来た。心臓の穴は開いてはいるもののすぐに手 術をしなくてもいい状態だとの診断が出たそうな。両親ともやっと一息ついた 途端に昨日病院で、この子は「ダウン症」だと言われ、ものすごいショックを受けた。 その手紙には「この子は生まれてからずっと、ひとつ坂を越すと、より大きな 坂が待っているという具合でした。現在とても肺機能が弱く、心臓の手術もそのため にできないのです。この子の生命はこれから先、何時どうなるか分からない状 態です。でも、私たち家族3人はとても暖かく見守っています。この子は本当に天使 のように可愛い赤ちゃんです。」 

しかし、10日経ってまた手紙が来た。昨日夢を見たという。「誰一人いない果てしな い山道を私はこの子を抱いて歩いているのです。途中で恐ろしい事がたくさん あり、必死にこの子をかばって歩いているのですが、だんだんこの子が弱っていくの です。」前の手紙で強がりを言っていても実際の生活は大変なんだなあと思っ た。昼間はこの子を守ってあげようと気が張っていても夜一人になると気が緩んで涙 がこみ上げてくる。疲れている夫、体の悪い父。今度の事では誰よりも自分が 騒いではいけないと思って強く見せようとしても、感情が高ぶって抑えきれません。 手紙の中で「果てしなく心が崩れていくのです」との言葉から私には彼女の思 いが伝わってきた。 

彼女は昔長い間登校拒否を経験していた。宇宙を見るのが大好きな人で、何時も夜は 望遠鏡を覗いていた。その観察から、この広い宇宙に同じ星がないのと同じよう に、この世にもさまざまな人間の形があって良いと思うとも書いていた。「この子は 家族の誰一人以上でも以下でもあってはならない。この子を生む前に洗礼を受け られた事は神様の恵みの表れです。この子はきっと私達に今までと違う世界を見せて くれるはずですし、私はそれをとても楽しみにしています。」という。 

それから数日後、私は「子供相談室」というラジオを聴いていた。子供の率直な質問と、 どう応えるかの大人の質が問われて面白いのである。ある子が「どうして地 球は回っているのですか」と訊いてきた。答えはこうだった。「120億年前、ビックバ ンという大爆発があって、その時の爆発が曲がっていたからだ。この宇宙 には直線に見えてもまっすぐに進む物など何もなく、どこにもなく、全ては曲がって 進むのだ。だからみんな回っている。」地球も星も銀河もみんな曲がっている。 

私には、この世には真っ直ぐに進むものなど何もない、全てが曲がっているのだとい う宇宙の事実の中で、あのダウン症の子とお母さんの人生と、大変な生涯を 送ったイエスと彼を生み育て天に昇った数奇な生涯を送ったマリアの姿が重なってき た。

Sakakura, Kei (サカクラ・ケイ) 
坂倉 圭 
坂倉 恵二 
出典 ようこそ、ケイ・スチュ ワートの世界へ 
56私のエッセイ集と雑記/56.01小エッセイ 
2004年8月16日 
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