日本 プロライフ ムーブメント

ゲノム編集の今 ― 何が問題か

はじめに

「ゲノム編集」という言葉は最近まであまり聞かなかったが、昨年11月に中国の研究者による「ゲノム編集で双子の女児誕生」の報道で一気に知名度が上がった。しかしこの技術は数年前から世界中で深く静かに研究が進行し、AIに続く次世代の産業革命になると期待されるまでに成長していた。因みにゲノム編集の道具の一つである「KRISPR/Cas9」についての世界の論文数は、昨年1年間だけで4000編を超えたと言われる。この技術が農畜産物や医療分野における産業の今後の発展につながる、と期待されているのである。日本でも基礎研究レベルでは様々な議論があったが、学術会議や日本医師会などでも「生命を操る」技術について「生命倫理」の立場から慎重な意見が多かった。しかし2018年6月15日「統合イノベーション戦略」が閣議決定され、一気に開発ムードが高まった。その前日の「総合科学技術・イノベーション会議」の席上で議長の安倍首相が「(この技術を)成長戦略のど真ん中に位置付け、関係大臣はこれまでの発想にとらわれない大胆な政策を、一丸となって迅速かつ確実に実行に移して下さい」と述べた、とされている(週刊エコノミスト2019年1月22日号)。その結果省庁の動きが活発化し、環境省と厚労省は「外来遺伝子を導入したものについては、従来の遺伝子組換え同様安全審査の対象とするが、目的の遺伝子を削除したノックアウト作物(後述)については規制対象外」とした。

 2019年3月18日、厚労省はゲノム編集食品について、遺伝子を削除しただけのもの(ノックアウト:後述)については既存の突然変異と違わない、との見解から安全審査の必要がなく、メーカーの届け出でだけで販売可能、との見解を公表し、この10月から開発企業の届け出を開始した。しかも、届け出るか否かは企業の任意だという。これでは事実上フリーパスではないか。はたして問題はないのか。

ゲノム編集とは

 特定の生物の遺伝子総体を「ゲノム」という。生物の遺伝子はDNAから成り、DNAは4種類の塩基(A:アデニン、G:グアニン、C:シトシン、T:チミン)が糸状に連なった2本鎖からなる。3個の塩基配列が一個のアミノ酸に対応し、DNAは酵素や筋肉など蛋白質の設計図と呼ばれる。放射能や化学薬品による突然変異はこれらの塩基が変化したり、一部が削除されたりすることによって起こる。従来の遺伝子組換えは細菌の遺伝子を取り出して作物などの遺伝子の中に強制的に組み込む技術である。例えば日本がアメリカやブラジルから大量に輸入している除草剤耐性大豆は、モンサント社が土壌細菌から分離したラウンドアップ耐性遺伝子を大豆遺伝子の中に組み込んだものである。この際に問題なのは、外来遺伝子の挿入場所がランダムであり、培養した細胞の殆どが宿主大豆の遺伝子を破壊し有害な突然変異となる。その中から目的の除草剤耐性だけを持つ大豆を拾い上げなければならず膨大な手間と時間がかかった。これに対し、ゲノム編集は宿主細胞の標的遺伝子を特定し、その遺伝子だけを破壊し、その場所に別の遺伝子を挿入できる技術である。その結果、効率よく遺伝子の改変が出来、動植物の性質を目的に合わせて変えたり、遺伝病の原因遺伝子を修復したり出来る、と言われている。

(1) ゲノム編集の仕組み

 細胞中の遺伝子に変更を加えるには様々な道具が要る。先ずは標的遺伝子を特定し、それを切取ったり(ノックアウト)、そこに別の遺伝子を入れ込む(ノックイン)道具である。これまでに開発されているものには主に3種類あり、ZNF(ジンクフィンガー)、TAREN(ターレン)、KRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン:以下、Cas9と省略)と呼ばれる。これらはいずれもDNAの2本鎖を切断するDNA分解酵素である。ZNFとTARENは人工的に合成した蛋白質で、それ自身がDNAの特定の塩基配列を認識する。当然、標的遺伝子が変わればその都度、合成する酵素蛋白質のアミノ酸配列も変える必要があり多大な時間と費用がかかる。それに対して2015年にアメリカで発見・開発されたCas9酵素は細菌由来のもので、標的遺伝子が変わっても変える必要がなく、標的DNAの塩基配列を認識するのは、この酵素に結合しているガイドRNA(以下、gRNA)と呼ばれる小さなRNAである。即ち、gRNAを変えればCas9はそのままで標的遺伝子を変えることが出来るため、時間やコストも大幅に節約出来る。最近はもっぱらこのCas9がゲノム編集に使われている。

 ゲノム編集にはもう一つの道具が必要である。それは、Cas9などのDNA分解酵素を細胞内の核にある遺伝子まで運ぶベクターと呼ばれるDNAである。即ちベクターはゲノム編集酵素を運ぶ船の役割を担う物質である。ベクターには様々な種類があるが、自己増殖能を破壊したウイルスやプラスミドと呼ばれるDNAが使われる。このベクターにZNFやTAREN、Cas9(+RNA)等を作る遺伝子DNAを組み込んで細胞に感染させる。感染すると細胞の蛋白質合成能力を借りてこれらのDNA分解酵素が造られ、細胞自身のDNAを分解し、標的の塩基配列を切り取り、あるいは別の遺伝子を挿入する。その後、細胞自身が持つDNA修復酵素によって切断面どうしが再結合・修復されてゲノム編集は終わる。

(2) 問題点1:塩基配列のミスマッチによるオフターゲット

標的外の遺伝子の破壊をオフターゲット効果という。ZFNやTAREN、Cas9などの酵素が認識する標的遺伝子の塩基配列の長さは多くの場合20塩基程度である。これらのDNA分解酵素やgRNAは相手のDNAの塩基配列を間違って認識する事がある(例えば、AATGCをAGTGCと誤認)。これを「ミスマッチ」と呼ぶ。ヒトの場合全塩基は32億対もあり、20塩基程度の類似塩基配列は少なくないので、ミスマッチによる標的以外の遺伝子の切断は珍しくない。また、DNA同士の塩基配列は厳密性が高いが、DNAとRNAの塩基対形成はミスマッチが起り易いことが分かっている。従って、ガイドRNA(gRNA)は標的外の塩基配列と結合しやすく、ミスマッチが起こりやすい。更に最近明らかになった現象だが、切断されたDNAの修復に際し、類似塩基配列を含む長いDNAを切除してしまう大規模なオフターゲットが生ずる場合がある。

(3) 問題点2:ゲノム編集酵素の濃度によるオフターゲット

通常の化学反応でも物質の濃度を上げれば反応は速く生成物も増加する。ゲノム編集でもこれと同じことが起こる。通常、標的遺伝子は一個(半数体)又は2個(2倍体)だが、これに対して、ゲノム編集酵素を1個又は2個挿入しても反応は全く起きない。実験の経験上、細胞一個あたり挿入するゲノム編集酵素(の遺伝子とベクター)の量は、通常10万~1千万倍(場合によっては10の10乗倍)も使う事が多い。これによって標的遺伝子は改変されるが、類似した標的外遺伝子も破壊されるのは当然である。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」論理である。実際ゲノム編集酵素濃度とゲノム編集効率、オフターゲットの関係を調べた論文がある。ゲノム編集効率の向上とオフターゲット増加はこの技術に伴う大きなジレンマである。

(4) 問題点3:遺伝子の構造由来のオフターゲット

通常、一個の遺伝子は一個の蛋白質を作ると考えがちだがこれは間違いである。動植物のいわゆる真核生物の遺伝子は複雑で、蛋白質のアミノ酸配列に対応する「エクソン」配列とアミノ酸配列に対応しない「イントロン」配列がDNA上で交互に並んでいる。蛋白質合成の際にはスプライシングと呼ばれる反応で必要なエクソン同士を結合し、イントロンを削除したmRNAが造られる。これが直接蛋白質のアミノ酸配列に対応する。mRNAを造る際にどのエクソン同士をつなぐかで異なる蛋白質になる。例えば、筋肉の蛋白質を作るトロポミオシン遺伝子は、一個の遺伝子から横紋筋の蛋白質や平滑筋の蛋白質だけでなく、脳細胞の蛋白質等6個の蛋白質を作ることが分かっている。ヒトの遺伝子で最もエクソンの多いのは男性のX染色体上にあるジストロフィンという蛋白質の遺伝子で79個のエクソンから出来ている。こうなると標的遺伝子の一個のエクソンをゲノム編集しても、それが他の蛋白質にも使われていれば意図せずに他の蛋白質をも破壊することになる。現在、全てのエクソンがどの蛋白質に使われているか完全には解っていない。ゲノム編集の思想は一個の遺伝子が一個の蛋白質に対応するという所謂「セントラルドグマ」に依拠しており、これもオフターゲットの原因の一つである。

(5) 問題点4:マーカー遺伝子の問題

ゲノム編集は効率が悪いことから複数の細胞で行い「ゲノム編集が出来た細胞」と「出来なかった細胞」を仕分け選別する必要がある。その後、編集に成功した細胞だけを選別・培養し作物に育て上げたり、動物の場合はゲノム編集出来た細胞の核だけを卵細胞に移植したりする。ここで問題になるのは、編集に成功した細胞と失敗した細胞をどうやって見分けるか、である。その為にはベクター(舟)のDNAに、ゲノム編集用DNA分解酵素に加えて、結果を報告するマーカー(レポーターとも言う)遺伝子を同居させる必要がある。マーカーには通常、深海クラゲの発光蛋白質を作るGFP遺伝子や、細菌の抗生物質耐性遺伝子を使う。ゲノム編集が成功した細胞は暗闇で青白く光り、光らない細胞と区別できる。あるいは農作物などの場合、沢山の細胞をゲノム編集し、培養液に高濃度のペニシリンやストレプトマイシン等の抗生物質を入れておけば、失敗した細胞は死滅し、成功した細胞だけが生き残る。しかし問題が残る。発光遺伝子も抗生物質耐性遺伝子もれっきとした異なる生物由来の「外来遺伝子」である。マーカー遺伝子は標的遺伝子を破壊・除去した後も残存するのであり、ノックアウト細胞でも問題になる。動物の場合、暗闇で光る家畜の肉や魚を誰が食べるだろうか。抗生物質耐性遺伝子を持つ農作物を食べた家畜が、体内で分解する際に腸内細菌がこの遺伝子を取り込む、いわゆる「遺伝子の水平伝達」が起こり、家畜の腸内細菌が抗生物質耐性になることは、既存の遺伝子組換え作物で有名な事実である。遺伝子組換え大豆や害虫抵抗性トウモロコシを食べた家畜の糞には除草剤耐性菌や抗生物質耐性菌が含まれている。ラウンドアップ除草剤耐性大豆を食べたヒトの糞にラウンドアップ耐性菌が存在する、という人体実験の研究もある。こうした農作物や畜産物を食べれば人間の腸内細菌が抗生物質耐性になり、感染症の治療に大きな障害が生ずる。

 厚労省や環境省も、こうしたゲノム編集生物には神経をとがらせており、農作物の場合にはゲノム編集前の親植物とのいわゆる「戻し交配」で除去するとの方針である。しかし戻し交配は従来の農作物でも当然行われてきた技術であり手間も時間も要する。はたして容易に除去できるかどうか疑問である。さらに農作物の場合には「戻し交配」が可能だが、動物の場合は成長して産卵期まで待ち、それから生まれた個体と親とを掛け合わせる、という事になる。このような事が現実に可能かどうか。

(6) 問題点5:Cas9の問題

最近、良く使われるCas9酵素によるゲノム編集だが、これには固有の問題が指摘されている。その一つが発がん性の問題である。研究によると人間のp53遺伝子は早くから「癌抑制遺伝子」として知られてきた。通常の細胞ではCas9によるゲノム編集をp53が妨害しているため編集効率が低く、p53遺伝子を破壊すると編集効率が上がる、という研究が論文になった。結果的にCas9によるゲノム編集細胞を持つ動物個体は将来癌になる可能性が高い事になる。中国で行われたHIV感染防止の双子の赤ちゃんのゲノム編集にはCas9が使われており、HIVには感染しないが癌になる恐れがある。

また、Cas9固有のリスクもある。通常、蛋白質は数百個のアミノ酸から出来ているが、Cas99酵素は2000個ものアミノ酸からなる巨大な蛋白質である。そのため、この中に含まれるアミノ酸配列がアレルゲンになる所謂「エピトープ」配列が含まれる可能性が高い。実際、アメリカ人の60~70%は体内にCas9に対する免疫抗体を既に保持しているという。これは人間が日常的にCas9を持つ細菌(黄色ブドウ状球菌やA型連鎖球菌)に感染しているからである。この状態でCas9を体内に大量に入れれば自己免疫反応によるアレルギーが発症する恐れがあると指摘されている。

生命倫理の側面から考える

 ゲノム編集の目標は既存の動植物のゲノムを編集することで、農作物や畜産・漁業など食品に関わる生産量を上げたり、環境変化に適応する動植物を作り、あるいは病虫害に対する抵抗性を上げる、など本来の生物が持つ性質を変更することで人間社会のニーズに沿う事である。しかし、自然界は複雑で人間にとっては害虫でも自然の生物界サイクルには必要だったりする。従って、ゲノム編集を行った生物が自然界でどのような適応をするか、生態系を破壊しないか、など難しい判断が求められる。

 更に、ゲノム編集の大きな目標の一つが人間の遺伝子疾患の治療である。これには、現存の病気を持つ人体に対するゲノム編集と、生まれてくる赤ん坊が先天性の病気を持つ場合に受精卵または胎児に対するゲノム編集の二つがある。また、親のどちらかが遺伝子に異常を持つ場合、卵子や精子(卵原細胞や精原細胞)の段階でのゲノム編集もありうる。既存の人体に対するゲノム編集でもAAVなどを使った場合、卵巣や精巣に影響が及ぶ場合も有りうる。

 これまでも、生殖補助医療としての体外受精や代理母の問題、他人の精子による人工授精など生命倫理に関わる課題があったが、社会は不妊治療という目的でそれを認めてきた。また、1997年には議員立法で臓器移植法案がだされ、その可是非をめぐって大きな論争になった。この場合は「脳死」は人の死かどうかをめぐって激しい議論が戦わされたが、結局、臓器提供者が生前に臓器提供を認めていたかどうか(子どもの場合は親の判断)が判断基準として現在は実施されている。しかし現実には臓器を提供する人は少なく、技術的には可能でも社会の受け入れは必ずしも万全ではない。このように生命倫理の問題は「生命とは何か」という根本的認識に関わっており、規制や法律を作る際にはその時の社会的受容環境によって大きく左右される、というきわどさを内包している。最近問題になっている旧優生保護法による“障害者”の強制的不妊手術はまさに「当時の社会が求める」人間像に即した制度によるものであって、生命倫理の観点からは到底容認できないものだが、「生命のあり方を社会が決める」危うさを示している。

 現在、出生前診断はごく普通に行われるようになっているが、胎児に問題があると分かった場合に出産するか否かは親の判断に依拠しており、親にとっては大きな悩みの種となっている。胎児のゲノム編集が可能となればそれを希望する親も出る可能性はある。このように生殖細胞や受精卵や胎児のゲノム編集は、その時の社会のありように大きく左右され、容易に優性思想につながる恐れがある。

 さらに、遺伝性疾患に関わる生殖細胞や胎児のゲノム編集は社会的差別につながる恐れもある。現在、遺伝病の患者は社会的不利益を受けることが多く、それ自体が問題だが生殖細胞のゲノム編集で遺伝病が治るとなれば、当然、社会の中で金持ち階級が高額な医療費を払いゲノム編集を受けるチャンスがあるが、高額な医療費を払えない人々との間に社会的格差が広がる。そうした差別を起こさないためにどのような社会的システムを作るかが大きな問題である。

 また、スポーツ選手などの場合、筋肉の増強を図るためにミオスタチン遺伝子(筋肉の過剰な発達を抑制する遺伝子)をノックアウトする等(遺伝子ドーピング)も考えられるため、国際オリンピック委員会は2003年に遺伝子ドーピング禁止を表明し、WADA(世界アンチ・ドーピング機構)は2004年に遺伝子ドーピング専門部会を設置し、具体的な対策を検討している。将来的には期待通りの子孫を作る「デザイナー・ベビー」の可能性さえ想定されている。

 こうした様々な可能性を含むゲノム編集技術を、社会はどのように受け入れるべきか、又は受け入れてはならないか、を判断しなければならない局面に我々は立たされている。これまでの流れとしては、卵子や精子、受精卵など、これから生まれてくる赤ん坊の未来を左右するゲノム編集は禁止する、というのが欧米や日本の政府、学会のスタンスである。しかし、先に述べたように出生前診断などで先天異常の子どもが生まれる事が事前に分かった場合、あるいは親が癌になりやすい遺伝子を持つことが分かった場合、等に子孫の安全を望む親の願いを認めるか否かを誰がどのように判断するのかは極めて難しいと思われる。

 最近、生命倫理に関連する更に踏み込んだ研究が発表された。
その1)京都大学の研究者らがヒト由来のips細胞から卵原細胞を作った、という論文(Science 2018/9/20)である。研究チームはヒトの血液細胞をips細胞(人工多能性細胞)に転換し、これまでそれを「始原生殖細胞」に転換することには成功していた。今回、それを更に卵原細胞(卵細胞の一歩手前)に分化させることに成功した。5千個のips細胞を使い、11週間後には500個の卵原細胞が出来た。分析の結果、この卵原細胞はヒト胎児(妊娠9~11週目)と同じ遺伝子を持っていた。今後はこれを実際の卵細胞に分化させる研究を行う。

 この研究の意味するところは、誰かの皮膚の細胞や血液の細胞をips細胞に転換させ、それを卵細胞に分化出来れば、同一人物の遺伝子を持つ卵子をいくつでも作ることが出来、体外受精させて子宮に戻せば、同一人物の遺伝子を持つ子孫を好きな数だけ誕生させる事が出来る、という事になる。技術的には可能なこの研究を我々は受け入れることが出来るのか? ips細胞の作製は京都大学の山中伸也教授が2012年にノーベル賞をもらった研究で、分化した動物の細胞に特定の遺伝子(3~4個)を載せたレトロウイルスを感染させ、その遺伝子が発現すると未分化の卵細胞と同じ機能を持つips細胞が出来、これに様々な薬品や血漿などの環境を与えると、皮膚や血液、心臓など特定の細胞に分化させることが出来る、という技術である。一部は既に実用化され、国の認可の基に目の難病患者にips細胞から作った人工網膜を移植する治療実験などが行われており、多くの難病治療に役立つと期待されている。これ自体、遺伝子組換え技術であり、いわゆるゲノム編集のように特定遺伝子の構造を変えるものではないが、分化した細胞の中で眠っている未分化遺伝子を活性化させる、という意味ではゲノム編集技術である。

その2)Cas9の技術を使いマラリア蚊を絶滅せることができた、という研究(Nature Biotechnology:2018/09/24)。 マラリア蚊の胚は雄になる遺伝子と雌になる遺伝子の両方を持つ。この性の分化を支配する遺伝子をゲノム編集し、オスになる遺伝子には影響ないがメスなる遺伝子は破壊し生殖細胞を作れなくした。

 籠に300匹の野生の雌と150匹の野生の雄、それに雌になる遺伝子をゲノム編集で壊した雄150匹を入れて9世代~11世代経過すると、雌は100%居なくなり蚊の繁殖は止まった。こうした研究は「遺伝子ドライブ」と呼ばれる。マラリアは人間にとっては怖い病気で、マラリア蚊の撲滅は医学的には望まれてきた。しかし、この蚊が絶滅すると生態系にどのような影響があるのか、影響がないのか。これはまさに生命倫理のテーマである。こうした遺伝子ドライブと呼ばれる研究は既にいくつも公表されている。

最後に

 ゲノム編集の実用化は目前に迫っており、早急な対応策を考えなければならない。その為には専門家だけでなく一般の人々もこの事実を知り、我々がゲノム編集に関わる基準を作らなければならない。その為に何が必要か必要でないか、を広く議論する必要がある。

ゲノム編集は自然(Nature), 文明(Culture), 未来(Future)に何を残すか

Masaharu Kawata(カワタ・マサハル)
河田昌東
「遺伝子組み換え情報室」代表
専門は分子生物学、環境科学
出典 遺伝子組み換え食品を考える中部の会/ゲノム編集
Copyright ©2019年10月27日
2021年10月14日許可を得て複製