日本 プロライフ ムーブメント

「潅仏会と不老不死」死ぬことの苦しみ

甘茶で潅頂

「甘露」はサンスクリットで「アムリタ」と言い「不死」を意味する。お釈迦さまは「不死」を覚られて「老病死」の問題を解決された。それで誕生会には、潅頂の香水に代えて「不死」を意味する「甘露」の甘茶をかけるのだ。これは江戸時代から始まった日本独自の風習だが、そこにお釈迦様の教えを観じることができる。

お釈迦さまは説かれた。私のものなら、私の思い通りになるであろう。思い通りにならないものは、私のものではない。この身体は、必ず年をとり、病気になってやがて死んでいく。自分の身体さえ思い通りにならないのだから、「私のもの」といえるものなど何もないではないか、と。ここで「思い通りにならない」という意味の言葉が仏教の「苦」だ。お釈迦様が苦を総称した五取蘊苦は、「私」に関する執着の集まりだ。そして、不老不死こそが苦、つまり思い通りにならないと覚悟して、逆に老病死の苦の消滅すなわち無我無執着という「不死」を得たのであった。

では、現代科学の立場からも、不老不死は、永久に望めないことなのだろうか。

お爺さんの時計、テロメア

人の身体は約六十兆個の細胞で出来ている。細胞が死ぬと他の細胞が分裂して補われるが、細胞の分裂回数には限りがあり、寿命の限界を決めている。染色体の端にあるTTAGGGという塩基配列の約二千回の繰り返しであるテロメアは、分裂のたびに短くなる。ある程度まで短くなると細胞分裂ができなくなる。分裂できる限度は五十回位だ。しかし生殖細胞や癌細胞では第五染色体上にあるテロメラーゼという酵素が活性化してテロメアを修復し無限に増殖が可能、所謂、不死の細胞となっている。

では、一般の細胞でもテロメラーゼが働くようにすれば人の寿命が延びるかというと、そう簡単にはいかない。正常の細胞は必要な分だけ増殖して、それ以上は増えないように調節されている。無限に増え続けたら癌のような腫瘍になってしまう。

生きていくためには酸素が必要だ。酸素がないと人は数分で死んでしまう。酸素を利用する為には活性酸素が必要だが、その活性酸素によってDNAなど生命に必要な要素に傷がついて老化や癌化が起きる。そのように傷ついた細胞のテロメアを修復し不死化しても個体としての人間の寿命延長にはならず、逆に命を縮める結果になってしまう。

遺伝子は生き延びるために不死の生殖細胞を利用し、生殖が済んだ個体を捨てる。遺伝子にとって人間は単なる乗り物に過ぎない。利己的な遺伝子は、生殖と生存と死の欲望を人の設計図に書き込んだ。この三つの欲望こそがお釈迦様が説いた集諦、すなわち性欲と生存と死の渇愛なのだ。

花まつりとクリスマス 

遺伝子に支配されて渇愛のままに生きる生き方に対して、お釈迦さまが説かれた生き方は、一言でいえば、 自分への執着を離れた生き方、つまり、自分と他人を差別しない「平等」という生き方だ。自由主義の「平等」は「 競争に参加するチャンスの公平性」を意味するが、仏教の「平等」はそれとは異なり、 困っている人がいたら自分のこととして受け止め、相手の立場になって、その人が幸せになるよう行動することを意味する 。 

この生き方は、仏教徒が意識して広めなければ、次第に忘れられてしまう。テロや戦争の危機の中、降誕会を機に、 自他を差別せず相手の生き方を尊重する仏教の生き方を世界中の人々に知ってもらえたらと思う。しかし残念なことに、 降誕会に参加する人の数は昔よりも減っているようだ。多くの方に参加してもらいたいので、私達は十年ほど前から、 四月八日だけでなくクリスマスにもお釈迦さまの誕生をお祝いしている。 

そもそも、イエス・キリストもお釈迦さまも、誕生日など定かではないのだ。 スリランカその他の上座部仏教ではヴァイサーカ月の十五日に仏の誕生と成道と涅槃を同時にお祝いしている。『仏所行讚 』に「時は四月八日、斎戒して」とあるが、四月としたのはヴァイサーカ月(第二の月で旧暦四月頃)の翻訳だ。 仏教徒が八斎戒を修する布薩の日、八日や十五日に仏教の祝日を合わせたようだ。 

イエスの誕生の時期が記載された唯一の史料は新約聖書の聖路加医師伝第二章だ。 羊飼いが夜に野宿をしながら子羊の番をしていた時だから、イエスもお釈迦様と同様に春お生まれになったのだ。 受難の宗教であった初期のキリスト教会は、十二月二十五日に太陽神誕生祭の騒ぎに隠れてイエスの誕生をお祝いした。 皆さんも四月八日の忙しい時期だけでなく、日本中お祭り騒ぎのクリスマスにも、キリスト教を真似て、 春お生まれになった方の降誕会をしてみませんか。

Tanaka Masahiro (タナカ マサヒロ)
田中 雅博(1946年ー2017年3月21日)
元 坂東20番西明寺住職・普門院診療所内科医師
出典 藪坊主法話集
Copyright ©2003年4月掲載 
2017.1.30許可を得て複製