日本 プロライフ ムーブメント

「降誕とアレルギー」衛生と花粉症

マヤ夫人、万が一の死亡  四月八日は花祭り、お釈迦様の誕生は喜ばしいが、実母のマヤ夫人は産後一週間で亡くなられたという。死亡原因は産褥熱(産後の細菌感染症)であった可能性が高い。 十九世紀半ば、ハンガリーの産科医ゼンメルワイスは出産介助の前に手を洗うことで産褥熱が防げることを発見した。この少し後、パスツールは感染症の原因が細菌であることを説き、これがコッホにより完璧な実験で証明された。パスツールが考案した低温殺菌法(パスツリゼーション)はワインの腐敗を防ぎ、巨万の利益をフランスにもたらした。免疫治療は十八世紀末ジェンナーの種痘に始まるが、パスツールのワクチン開発は多くの感染症治療に道を開いた。細菌そのものではなく細菌の産生した毒素が破傷風という病気を起こすことを証明し、かつ抗毒素血清を作って治療を可能にした北里柴三郎の功績も光っている。二十世紀前半フレミングによって抗生物質が発見された。その後の研究で実際にペニシリンが作られ、平均寿命が急上昇する結果となった。そして現在先進国の妊産婦死亡は万が一以下となっている。

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「彼岸と免疫」般若波羅蜜

般若波羅蜜 もうすぐ春彼岸、春分の日の前後各三日間に古くから追善供養の風習がある。 春分の日は、国立天文台からの情報に基づいて、春分の時刻を含む日に決定され、前年二月の官報で公表される。法律で「自然をたたえ生物をいつくしむ日」とされているが、明治十一年からの宮中行事「春季皇霊祭」で祝日となった。

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「涅槃と世界平和」死の渇愛

二つの涅槃  もうすぐ二月十五日、日本の寺では涅槃会が行われる。スリランカなどの上座部仏教では涅槃会と共に降誕会と成道会が同じインド暦第二の月ヴァイサーカ月の十五日に行われている。十五日は満月であり布薩という仏教徒定期集会の日なので、これに合わせて十五日にしたようだ。ヴァイサーカ月は太陽暦の四月から五月頃に当たるが第二の月なので二月と訳された。前にも書いたが、実際の釈尊の入滅は雨安居が明けて三ヵ月の後であり、陰暦十月頃だと思われる。 釈尊が説いた涅槃は現世において到達すべきものであったが、次第に涅槃は死と関連づけられるようになっていった。ジャイナ教などの影響をうけて、生きている間は有余涅槃、死んで無余涅槃といわれるようになったのだ。涅槃は苦の消滅であり、四苦八苦を総称した五つの執着である色受想行識という我執の滅尽を意味する。これが、生きた肉体がある間は未だ完全でないと解釈された。涅槃会というときの涅槃は般涅槃(パリ・ニルヴァーナ)で、完全な涅槃、無余涅槃を意味する。 無余涅槃の前提に有余涅槃があるのだから、単に死ぬことは涅槃ではない。しかし、仏教は自殺を宗教的実践にしたという一部の誤解もある。自殺に関する有名な著作であるデュルケーム『自殺論』には多くの宗教的自殺が挙げられているが、仏教は自殺を禁じたと正しく指摘している。 お釈迦様は集諦で、苦の原因が生殖欲と生存欲と死亡欲等の渇愛であると説かれている。そして滅諦すなわち涅槃は、これらの渇愛の滅尽であり、苦の消滅であり、無執着であると説かれた。従って、生殖にも生存にも執着せず、自殺もしないのが涅槃なのだ。

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「夢の再生医療」生存の渇愛

長寿願望 新年を迎えて、また一つ年をとった。今や日本は世界一の長寿国となり、平均寿命 は八十才を超えた。スウェーデンやイタリアその他の先進国もほぼ同じで、平均寿命 は八十位だ。しかし、地球上にはまだ平均寿命が四十以下の国もある。日本も昔は三 十位だった。日本人の平均寿命が五十才を超えたのは第二次世界大戦後で、主に感染 症などによる死亡が減少したことによる。平均寿命が延びても永遠に生きられる人は 無く、最終的な人の死亡率が百パーセントであることは、今でもお釈迦様の時代と変 わりはない。お釈迦様が説かれた生老病死苦の原因としての生存の渇愛によって、人 は生き延びようとして苦しむ。重要な臓器や組織の機能が喪失したとき、生き延びる ためには新たに臓器組織を手に入れる必要がある。臓器移植や人工臓器に限界が感じ られる中、この願いに答えるために、再生医療の研究が進んでいる。

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「不妊症治療」生殖の渇愛

命懸けの出産  12月はクリスマスの時期、日本中お祭りの雰囲気になる。しかし前にも書いた が、イエスの誕生は羊飼いが夜に野宿をしながら子羊の番をしていた時だから、お釈 迦様と同様に春なのだ。十二月二十五日太陽神誕生祭の騒ぎに隠れてイエスの誕生を お祝いしたのがクリスマスの始まりだ。私達はクリスマスツリーと共に潅仏会の飾り をして、甘茶を飲んでお釈迦様の誕生も同時にお祝いしている。  新約聖書によれば、古代ローマ帝国で最初の住民登録が行われた年、ヨゼフとマリ アは登録のためにベツレヘムに帰った。マリアは馬小屋に泊まっているときに産気づ いてイエスを産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。このように健康な父親と母親 から自然分娩によって子供が産まれることは喜ばしいが、常にうまくいくとは限らな い。お釈迦様の誕生後七日で実母の摩耶夫人は亡くなられた。妊娠と出産に伴う疾患 は発展途上国では若い女性の最大の死因だ。毎年約千五百万人が妊娠や出産に伴う病 気に罹り、そのうち約五十万人が死亡している。死亡原因は産後の出血や重症感染 症、閉塞分娩、そして妊娠中毒症に伴う重症高血圧や痙攣などだ。母体を危険にする 状況は生まれる子供にも危険であり、毎年約八百万人が出産時または生後一週間以内 に死亡している。輸血、抗生剤その他の薬剤、そして帝王切開その他の手術によって 先進国では妊娠出産に伴う死亡率は激減した。

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「喫煙の罪は管理者」死の五重奏

前に死の四重奏について書いたが、ここに喫煙が加わるとさらに危険で「死の五重 奏」と呼ばれている。一九六四年にアメリカ公衆衛生総監諮問委員会は「喫煙には肺 がんとの因果関係があり、喫煙の影響は他の因子よりもはるかに大きい」と報告し た。俳優ウィリアム・タルマンはアメリカ政府が喫煙の危険を知らせたテレビCMの 最初の出演者だった。人気のテレビ番組弁護士ペリーメイスンで好敵手パーカー検事 役を演じていた彼の言葉に多くの喫煙者が耳を傾けた。広大な敷地を抜けて大邸宅に 帰った彼を家族が迎える場面で彼は言う、「私は名声や財産その他いわゆるアメリカ ンドリームを達成した。家族にも恵まれ私の人生たった一つのことを除いて成功だっ た。喫煙のために肺癌になって私の命はあとわずかです。皆さんタバコは止めましょ う」と。そして一九六八年八月三十日に死亡した。一九七〇年にアメリカではタバコ の箱に「警告:米国公衆衛生総監は喫煙があなたの健康に害を及ぼすと判断した」と いう情報の記載が義務づけられた。世界保健機関(WHO)によると、タバコは九秒 間に一人、一年に世界中で三百五十万人の人命を奪っている。

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「アルコールを禁ずる仏教」不飲酒戒

不飲酒戒  前回触れた生活習慣病に関連して、仏教には「良い習慣」という意味の言葉がある。その言葉は「戒」と漢訳された。仏道修行は戒定慧の三学であり、戒は禅 定を行う前提でもある。在家信者の五戒は不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒だ。このように仏教では五戒の五番目に不飲酒があり酒を飲むことが禁じられている。しかし仏教以外の古い禅定における五戒では不飲酒のところは不貪になっているようだ。仏教では所有欲を制御することよりも酒を飲まないことの方を重要視したのだ。ある仏弟子が酒に酔いつぶれて醜態をみせたことが飲酒を禁ずる発端となったらしい。飲酒そのものを罪悪とする説もあるが、持戒の妨げになるから悪いとする説もある。『長阿含経』に釈尊が晩年にパータリプトラ(現在のパトナ市)で五戒の一つとして不飲酒を説いた記述がある。同経の他の部分に飲酒の六失が次のように説かれている。「一には財を失い、二には病を生じ、三には闘争し、四には悪名流布し、五には恚怒暴生し、六には智慧日に損す」とある。飲酒は戒定慧の修行に有害だから禁じられたのだろう。飲酒して精神統一はできない。逆に禁酒のためには心の制御が必要だから、禅定が役に立ちそうだ。

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「生活習慣病と食時五観」死の四重奏

死の四重奏 毎日世界中で約四万人が餓死している。日本では逆に食べ過ぎた結果と考えられる死亡が増えている。 いわゆる生活習慣病であり、過食による肥満で増悪する 動脈硬化だ。自覚症状が無い間に徐々に血管が脆くなっていく。 そして日本人の約半数が動脈硬化による脳卒中や心臓病などの病気で死亡している。特に過食が 関係する上半身肥満、高血糖、高脂血症、高血圧の四つの合併は非常に危険であり死の四重奏、デッドリィ・ カルテットと呼ばれている。   私がカルテットという言葉を最初に知ったのは十代頃、モダン・ジャズ・カルテット、 略してMJQという名前からであった。名曲ジャンゴのもの哀しい調べに惹かれた。このMJQの代表作は名ギタリスト、 ジャンゴ・ラインハルトのための葬送ミサ曲、レクイエムとして作曲されたという。 仏教の葬儀でも真言宗等では声明という音楽が唱えられるが、新しく作曲されることは少ないと思う。 レクイエムは通常鎮魂歌と訳されるが、カトリックの葬儀式文で「彼らに安息 (レクイエム)を与えたまえ」と神に祈ることに由来するので、死者の鎮魂とは少し趣が違うようだ。 レクイエムはミサ曲であり、ミサはキリストの救済行為を 最後の晩餐でのイエスの言葉に基づいてパンとブドウ酒を使って再現する儀式だそうだ。 キリストの身体と血と思ってパンを食べワインを飲む。これをわきまえずに飲み食いする者は裁きを受けるという。 仏教においても食事には意味があり、食欲にまかせた過食は戒められている。  食事療法 死の四重奏の根底には内臓脂肪の過剰蓄積がある。内臓脂肪蓄積は過剰な食物摂取や運動不足が大きく関わっており、 減食療法と運動療法が重要だ。内臓脂肪は皮下脂肪に比べて貯まりやすいが減りやすい。減量に成功しても、 少しでも食べ過ぎると内臓脂肪は蓄積するので、長期にわたる生活習慣の改善と維持が必要だ。アルコールや砂糖・ 果糖の過剰摂取も控える必要がある。また効率よく脂肪を燃焼させるために、 一回三〇分以上の持続的な運動をすることが望ましい。毎日体重を量り、目標体重まで減量したら一生その維持に努める。   現在のところ内臓脂肪を減らす良い薬はない。将来は、薬による食欲のコントロールも可能になると期待される。 というのはコレシストキニン、レプチン、ペプチドYY3ー36などの満腹感を生じさせるホルモン、 グレリンという逆に食欲を高めるホルモン、その他の研究で肥満を来す機序が解明されつつあるからだ。しかし現状では、 合併する糖尿病、高血圧症、高脂血症などが薬を使うべき基準を満たす場合にだけ薬を使って、 極度の肥満の場合を除いて内臓脂肪を減らす目的では薬は使わない方がよい。  なまぐさ 古い経典に「なまぐさ」とは肉食をすることではないと説かれている。 生き物を殺すこと盗むこと嘘をつくこと等がなまぐさであり、肉食をすることではない。 欲望を制することなく美味を貪る等がなまぐさであり、肉食をすることではない。 物惜しみし他人に与えない人々等がなまぐさであり、肉食をすることではない。怒り驕り偽り嫉妬する等がなまぐさであり 、肉食をすることではない。等々。なまぐさとは肉食をすることではないと計七回繰り返して説かれている。

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「キリスト教と仏教」ローマ教皇庁訪問雑感

健全なる精神は病気の身体に宿る お釈迦様の病気と死について前回書いた。お釈迦様は死に至る病の覚悟をされておられたので、 死亡の当日まで変わることなく法を説かれた。生まれたものは 必ず死ぬ。これが釈尊出家の課題でした。そして死ぬことを覚悟された。覚悟は「さとり」で、 これによって最高の徳をそなえた人になられた。 

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「釈尊の死亡診断」お釈迦様の病気

日本の6月は梅雨の季節、インドでは雨期が3ヵ月も続く。雨を意味する梵語が雨安居とも漢訳され、 陰暦4月16日から7月15日頃まで、お釈迦様の集団は遊行を休んで定住修行された。80才の時、 釈尊はヴァイシャーリーの近くの竹林村にて阿難尊者と二人で最後の雨安居に入られた。そこで死ぬほどの激痛が起ったが 、禅定に入って苦痛を癒されたという。その後、有名な「自灯明、法灯明」の話をされた。そして安居が明けたとき、 残り3ヵ月の命であると宣言された。その後も遊行を続け、約200キロ離れたクシナガラで死亡された。 1日平均7km歩かれた計算になる。 

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「四門出遊で見た病人」病気の苦しみ

端午の節句は薬草採り  五月は鯉のぼり、今の日本の風景だ。鯉のぼりは登竜門の故事「鯉の滝のぼり」に由来する。 霊山の竜門という滝を登った鯉が光輝く龍に変身して天に昇ったという。 端午の節句に鯉のぼりを揚げて子供の成長を願うようになったのは江戸時代からだ。元来は万葉集の額田王の歌「 茜草さす紫野行き標野行き」のように、端(最初)の午の日に菖蒲などの薬草を摘んで健康を願ったのだ。 

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「潅仏会と不老不死」死ぬことの苦しみ

甘茶で潅頂 「甘露」はサンスクリットで「アムリタ」と言い「不死」を意味する。お釈迦さまは「不死」を覚られて「老病死」の問題を解決された。それで誕生会には、潅頂の香水に代えて「不死」を意味する「甘露」の甘茶をかけるのだ。これは江戸時代から始まった日本独自の風習だが、そこにお釈迦様の教えを観じることができる。

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「痴呆症とお彼岸介護」老いる苦しみ

老いる苦しみ 前回紹介した物語『河童』の主人公は痴呆症だった。痴呆症、それは高齢化が進んだ現代、年老いての主な苦しみの代表だ。四門出遊伝説によると、お釈迦様 は東の門から出ていって一人の老人に遇った。その老人は老衰のあらゆるさまをあらわし、脈絡はふくれ、歯はかけ、 皺だらけで、杖をついてよろめき、手足がふるえていた。当時は、まだ痴呆症は主要な老苦でなかったようだ。 

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「遺伝子診断と差別」生まれる苦しみ

河童 芥川竜之介作『河童』は昭和2年に書かれた。物語は痴呆症の主人公によって語られる。「けれどもお産をするとなると、 父親は電話でもかけるように母親の生殖器に口をつけ、お前はこの世界へ生まれて来るかどうか、 よく考えた上で返事をしろ、と大きな声で尋ねる・・・すると細君の腹の中の子は多少気兼ねでもしていると見え、 こう小声に返事をした。僕は生まれたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は・・・」。 

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医師として僧侶として

私は寺で医療を行っている。それで全日本仏教会から推薦を受け、ローマ教皇庁医療国際会議に計4回招待された。 そこで仏教の立場を発表するとともに、他宗教の状況を知る機会を得た。この会議では、 毎回異なる重要な医療関連のテーマについて、 広い分野から30名くらいの専門家が講演を行う。実質的には医療に従事するカトリック宗教者の勉強会といえる。 ローマ教皇庁関連の医療機関は世界中に10万8千もある。会議は3日間で、 約80ヵ国から800人くらいが参加している。 

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