帰りなん、いざ!
Genyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)「福島民報」 福島民報社 2004年12月12日号出典 日曜論壇 4回 許可を得て複製 つい先日まで、福島県立美術館で「田園の夢」と題する展覧会が開かれていた。 その展覧会の副題についていたのが標記の言葉である。
Continue reading重要な問題について明確に考える
Genyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)「福島民報」 福島民報社 2004年12月12日号出典 日曜論壇 4回 許可を得て複製 つい先日まで、福島県立美術館で「田園の夢」と題する展覧会が開かれていた。 その展覧会の副題についていたのが標記の言葉である。
Continue readingGenyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)asahi求人Web Asahiコラム 仕事力(4)出典 朝日新聞 インタヴュー記事2011年6月26日掲載許可を得て複製 「食べる」「寝る」と同じ。「仕事」は基本的な欲求 世界でもまれな気質ですが、日本人にとって働くことは決して苦役ではありません。欧米や他の国々の「ワーク」は、ノルマや義務を意味することが多いですが、日本人には、生きている限り働くことは当たり前で、寝食と何も違わない。外国の人々から「ワーカホリック」と非難を込めて呼ばれても、実はピンとこないというのが本音ではないでしょうか。
Continue readingGenyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)asahi求人Web Asahiコラム 仕事力(3)朝日新聞 インタヴュー記事2011年6月19日掲載許可を得て複製 システムが壊れたら人間力しかない このたびの東日本大震災では、多くの人が家や仕事環境を失いました。 私の住む福島県三春町にも避難してきた方々が多いのですが、 家だけではなく土地も失っていますから農業を再開しようにもかなわず、漁業はもちろん難しい。 それぞれの町の被害も甚大ですから、勤め先を失った若い人も数え切れないでしょう。 将来の計画が崩れ去ったと嘆くかもしれませんが、だとすれば別の道を見つけるしかありません。 進むべき道は自分の頭で思い描いていたことだけではないし、少ない経験の中で考えていた将来がベストとは限りません。
Continue readingGenyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)朝日新聞 インタヴュー記事asahi求人Web Asahiコラム 仕事力(2)2011年6月12日掲載 許可を得て複製 多くの職業現場を体験した20代 小説家とかお坊さんにとっては、どんな体験も肥やしになると考えて、私はさまざまな仕事に就きました。たぶん全体を知った上で仕事を選択した、というス タンスをとりたかったのでしょうね。ナイトクラブで水商売もしてみたし、土木作業もやりました。この機会にやらなければ一生しないだろうと思ったのがセー ルスマン。当時ワンセット二十数万円した英語教材を売るのですが、営業成績は悪くないのに売れるたびになぜかすまないような思いにとらわれる(笑)。
Continue readingGenyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)朝日新聞 インタヴュー記事asahi求人Web Asahiコラム 仕事力(1)2011年6月5日掲載許可を得て複製 宗教か、文学か私は長く悩み続けた 10代の頃には、ものを書きたい気持ちが生まれていたのですが、 その一方で家を継いで坊さんにならなくてはいけないのかという重い気分も抱えていました。 答えを出しようもなく模索していた高校時代に、哲学者の星清先生に出会います。
Continue readingGenyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ)玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)出典 玄侑宗久エッセイ集中日新聞・東京新聞・北海道新聞・北陸中日新聞連載2012年5月うゐの奥山 第2回 許可を得て複製 三月から四月にかけて、いたく体調が悪かった。左手の小指と薬指が痺れだし、整体や鍼、整形外科のお医者さんにも診てもらったのだが、一向に改善しないのである。
Continue readingGenyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ ) 玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)出典 玄侑宗久エッセイ集中日新聞・東京新聞・北海道新聞・北陸中日新聞連載2012年4月うゐの奥山 第1回 許可を得て複製 「うゐの奥山」というタイトルで連載することになった。これはご承知のように、「いろは歌」に出てくる言葉である。
Continue readingGenyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)出典 玄侑宗久エッセイ集「福島民報」2004年10月10日号日曜論壇第3回 許可を得て複製 最近はウォーキングがブームと云っていいだろう。歩くことが目的で歩いている人をよく見かける。
Continue readingGaleone, Victor (ガレオネ・ビクター) (合衆国フロリダ州の聖アウグスチノ教区の教区長) 2003年7月10日 英語原文 翻訳者: ボグスワフ・ノヴァク (ボクダン)カトリック南山教会 出典 キリストの光を全ての人々に 許可を得て複製 主において兄弟姉妹の皆さん、 1。 現在、いくつか州議会では、結婚というものを性別にかかわらない2人の成人の結合として、再定義しようとする法案が審議されています。そのような法律が制定されれば、伝統的な結婚と同性カップルの結合が等しいものになります。そのうえ、離婚件数は増加し続けて、オンラインで$50から$300の手数料を支払えば、今では正式な離婚さえ成立する状況にまでなっています。 こういった最近進行している事柄は、より深刻な無秩序の単なる症状に過ぎません。この無秩序の根本的原因が解決されるまで、失敗に終わる結婚は急増し続け、また社会のあらゆる面において性行動がさらに乱れ続けるだろうと憂慮しています。 この無秩序とは、避妊のことです。避妊はたいへん広く行われており、既婚カップルの90% が結婚生活のどこかで避妊を実践しています。どのキリスト教派の信者でも同じです。司教の最も重要な役割は教えることですので、私はこの分野におけるカトリック教会の見解と、より重要なこととして、その理由を皆様に再検討していただきたいと思います。
Continue readingFujiwara Akira (フジワラ アキラ) 藤原 昭 藤原神父の部屋 生と死の医療現場で考えさせられたこと 2009年11月26日 2009年12月22日 2010年2月9日 許可を得て複製 今から15年前、釜ケ崎で病気に倒れ、大阪の公立病院で入院したときの出来事です。 病気のいろいろな症状で苦しんでいました。ある夜、9時頃だったと思います。 寝る前の検温のため若い看護師が私のところに来ました。そのとき、 私がある意味で耐えられないような表情をしていたのだと思います。その看護師は、そんな私を見て、「 私はクリスチャンではありませんが、聖書は読むのです。聖書の言葉に励まされますよね。‘ あなたがたを耐えられない試練に遭わせられることはない(1コリント10-13)’という言葉、あれ、私、 あの言葉が大好きです。」と言うのです。何か、そのとき、「神父であれば、 そのような言葉に支えられるはずではないのですか」と遠回しに説教を受けているように感じました。しかし、 その言葉を投げかけられても心に入ってこないのです。言葉が返せないのです。かえって心が重くなるのです。
Continue readingEditorial (オピニオン) 日本プロ・ライフ・ムーブメント 許可を得て複製 未婚の母がデート(一緒に外出する)に誘われた時、彼女達は、ちょっとした恐怖感や不安を抱きます。例えば、「もう一度、他の人と親しくなるという危険を犯すべきかしら」「この人をもっと知りたいと思って交際するほど、信用できるかしら。」
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2016年5月23日 掲載許可を得て複製 イエスは、明日を思い煩うな、明日は明日自身が思い煩うからだ、という。空の鳥すら神は養っていて下さるのだ。 そして「人間は空の鳥よりはるかにすぐれた者ではないか」と、私たちに問いかける(「マタイによる福音書」6章)。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2016年4月10日 掲載許可を得て複製 ローマ法王フランシスコの婚姻と家庭に関する法王文書「愛の喜び」(原題 Amoris laetitia)が8日、公表された。256頁に及ぶ同文書はバチカンが2014年10月、昨年10月、 2回の世界代表司教会議(シノドス)で協議して きた内容を土台に法王が家庭牧会のためにまとめた文書だ。“現代の家庭生活”についてのフランシスコ法王の指針だ。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2016年4月2日 掲載許可を得て複製 不倫は個人の問題であろうが、社会問題だろうが人を不幸にする行為である点では変わらない。不倫を社会問題とし、不倫の社会的市民権を広げたとしてもそれで人が幸福になるわけではない(人は一人では存在しない。関係存在だ。だから、人の行為は等しく社会問題だ)。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2016年2月15日掲載許可を得て複製 以下の時事通信13日付の記事を読んで感動し、思わず目頭が熱くなってきた。先ず記事を読んで頂きたい。 当方の老化現象による涙腺の損傷でないことを理解して頂けるだろう。記事の見出しは「探査機『永遠の冬眠に』」だ。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2016年2月1日掲載許可を得て複製 日本では甘利明経済再生担当相が辞任した。甘利氏は、千葉県の建設業者側から2度にわたって献金を受け取った件を認めたうえで、秘書に「適正に処理」するよう指示したと語ったが、 秘書が受領した500万円のうち、 200万円は適切に会計処理したが残りの300万円は秘書が個人的に使用した点が疑惑を呼んでいる。 今、書こうとしているテーマは甘利氏辞任劇とは直接関係がない。「私は知らなかった」という弁明について、 一種の哲学的な思考を巡らせてみただけだ。お付き合いを願う。 前日のコラムで紹介した元ナチス幹部のアドルフ・アイヒマンの公判での発言が気になった。「 私はユダヤ人虐殺の件は知らなかった」「私は上からの命令を受けてそれを従順に履行しただけだ」と述べたという。 この発言は死刑を逃れるためのアイヒマンの弁明だったのかもしれないし、ひょっとしたら、事実かもしれない(「 アドルフ・アイヒマンの恩赦請願」2016年1月30日参考)。 この発言を読んだ時、当方はナチス・ ドイツ軍の戦争犯罪容疑で国際社会から激しいバッシングを受けたオーストリアの元大統領、クルト・ワルトハイム氏( 1918~2007年)の事を思い出した。ワルトハイム氏もアイヒマンと同様、「 私は通訳将校としてバルカン戦線に参加していたが、ナチス・ドイツ軍のユダヤ人虐殺の件は知らなかったし、 知れる立場でもなかった」と当時、説明していた。両者の発言は酷似している。 両者の「その後」は少し異なった。アイヒマンは「人道への罪、戦争犯罪」で絞首刑を受け、 ワルトハイム氏は世界ユダヤ人協会を含む国際社会から激しいバッシングを受け、 現職中はオーストリアを訪問する国家元首はなく、淋しい王様と呼ばれ、最終的には再選出馬を断念せざるを得なかった。 ちなみに、大統領職を降りたワルトハイム氏は後日、「私の返答」という著書を出版して、自身の潔白を重ねて主張したが 、アイヒマンにはその時間は与えられず、絞首台に消えた。 「私は知らなかった」は、ある意味で容疑を受けた者の常套句だ。知らなかったから、「私は潔白だ」という論理だ。 もちろん、知らないのにその責任を追及されれば、堪ったものではない。誰かが悪事を犯した。その悪事を行った者の上司 、同僚だった、という理由で共犯扱いされたら、これまた大変だ。 一方、甘利氏の辞任が明らかになると、安倍晋三首相は、「私には任命者としての責任がある」と述べ、 閣僚の不祥事に謝罪を表明した。同じことが会社の不祥事でも社員の責任に社長が辞任に追い込まれるケースは少なくない 。ある意味で、共同体の連帯責任だろう。不祥事を知らなかったことは即、監督不行き届きという責任論が出てくる。 それでは、その連帯責任はどこまで該当するのだろうか。会社の場合、社員の不祥事に対して社長だけではなく、 その社員の直接上司の課長、部長が責任を負うケースもある。不祥事の内容でケース・バイ・ ケースというべきかもしれない。 ところで、人類の始祖アダムとエバの失楽園の話を思い出してほしい。旧約聖書「創世記」によれば、 エバは蛇の誘惑を受けて神の戒め、取って食べてはならないを破り、食べた。その直後、 エバは神の教えを破ったという良心の痛みから逃れるためにアダムを誘惑して彼も同じように食べた。 神がアダムとエバを追及する。アダムは「あなたが与えてくれたエバが食べるようにいいました」と述べ、 エバの責任を強調。一方、エバは「蛇が……」と弁明し、失楽園の深刻な結果
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2015年12月20日許可を得て複製 修道女マザー・テレサ(1910~97年)は来年9月にも列聖(聖人)されることになった。テレサは1979年、修道会「神の愛の宣教者会」を創設し、貧者救済に一生を捧げた。 その功績が認められ1979年のノーベル平和賞(1979 年)を受賞し、死後は、前ローマ法王ヨハネ・パウロ2世の願いで2003年年10月19日に列聖の前段階の列福(福者)されたことは良く知られている。そのテレサが今度は列聖されることになった。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2015年11月27日許可を得て複製 「悲しみよこんにちわ」というフランス作家フランソワーズ・サガンの小説があるが、人生の悲しみは出来る限り少ない方がいい。悲しい体験、経験が多いと、その人の言動にどうしても歪みが出てくる。人は悲しさに対して無傷であり得ないからだ。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発 『コンフィデンシャル』2012年10月20日許可を得て複製 当方は若い時に日本を後にし、欧州に住みだしたせいか、 いわゆる日本の戦争文学や歴史小説を読む機会がまったくなかった。ところが、 帰国していた知人が日本から買ってきた本をたまたま借りることができた。書名は大岡昇平の「ながい旅」(角川文庫)だ 。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2015年8月9日掲載許可を得て複製 独週刊誌シュピーゲル最新号(8月1日号)にオーストラリアのメルボルン出身の哲学者ピーター・シンガー氏( Peter Singer)とのインタビュー記事が掲載されていた。同氏はその中で Altruism(利他主義、独Altruismus )の新しい定義を語っている。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2015年7月13日掲載許可を得て複製 南米3カ国訪問中のローマ法王フランシスコは11日、パラグアイの首都アスンシオンの市民集会で、「 社会の発展には多様性が不可欠だ」という趣旨の話をしたという。同集会には同性愛者グループが招かれていた。 フランシスコ法王の「多様性」は同性愛者を支持する意味で使用されたのではないという。だから、法王の発言を取って、 カトリック教会が同性愛者を承認したとは受け取れない。しかし、 フランシスコ法王は同性愛者が招かれていることを知ったうえで、「社会の多様性」 という言葉を意識的に選んだことは間違いないだろう。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室ウィーン発『コンフィデンシャル』2014年12月24日掲載 許可を得て複製 どの人もある「時代」に生まれ、そこで活動し、去っていく。同時代の人々が1人、2人と去っていくのを聞くと、 一種の寂しさと共に、「自分が生きてきた時代はその幕を閉じようとしている」と痛烈に感じる。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2015年4月22日掲載許可を得て複製 聖トーマスをご存知だろうか。キリスト教会ではイエスの使徒の一人、 トーマスは疑い深い人間のシンボルのように受け取られてきた。「ヨハネによる福音書」によると、 トーマスは復活したイエスに出会った時、イエスが本物かを先ず確認しようとした。 イエスのわき腹の傷に自分の手を差し込んで、その身体を確かめている。イエスはトーマスの求めに応じたが、「 見ないで信じる者は、さいわいである」と述べている。だから、教会で疑い深い信者がいたら、「 君は聖トーマスのようだね」といってからかう。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2014年5月14日掲載 許可を得て複製 アンマン取材目的の一つに日本語でも出版されている「それでも、私は憎まない」の著者、パレスチナ人医師、 現トロント大学准教授のイゼルディン・アブエライシュ氏とインタビューすることにあった。
Continue readingEditorial (オピニオン)国連記者室 出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』2014年3月4日掲載 許可を得て複製 イタリア日刊紙イル・フォリオは1日、先月27日の枢機卿会議でのヴァルター・カスパー枢機卿( 前キリスト教一致推進評議会議長)の開会スピーチの全文を掲載した。テーマは教会の夫婦・家庭牧会への新しい捉え方だ 。フランシスコ法王はスピーチを高く評価したという。同内容は今年10月の世界司教会議で協議される「夫婦と家庭」 に関する基本テキストと見なされている。
Continue readingEditorial (オピニオン) エマヌエル共同体冊子『愛といのち Q&A』 カトリック生活 2012年6月号掲載 翻訳者 佐倉 泉 原文出典 50 questions on love and life 許可を得て複製 まだ花もつぼみの15歳のとき、私は妊娠しました。子どもの父親とは、知り合って3か月ほどでした。 ただ一回の最初の性体験で身ごもってしまいました。妊娠したと気づいたときには、もう彼とは付き合っていませんでした 。
Continue readingEditorial (オピニオン) ©Catholic Bishops’ Conference of Japan 2010年11月30日 カトリック中央協議会 司教協議会秘書室研究企画訳 http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/feature/benedict_xvi/bene_message565.htm 許可を得て複製 11月27日(土)午後6時から、サンピエトロ大聖堂で、教皇ベネディクト十六世は「待降節第 - 主日前晩の祈り」および「出生前のいのちのための前晩の祈り」を司式しました。以下は前晩の祈りにおける教皇の講話の全訳です(原文イタリア語)。「出生前のいのちのための前晩の祈り」は教皇の呼びかけでこの年初めて全世界のカトリック教会で行われました。
Continue readingEditorial (オピニオン) Knights of Columbus Columbia Magazine January 2006 http://www.KOFC.ORG/un/publications/index.cfm 許可を得て複製 「性感染症の“津波”に呑み込まれる若者たちは、この切迫した問題に立ち向かうために助けを必要としている。小児科医であり、また母親であり、著作活動も行うマーガレット・ミーカー氏は、子どもを持つ親や十代の若者たちにアドバイスを提供している。」
Continue readingEditorial (オピニオン) by リサ・ギグリオッティ NCCB 許可を得て複製 思いやり—危機にあるいのち ケボキアンという名の今では職を失った病理学者が繰り返しマスコミを騒がせていた渦中に、私は存在しています。その医師は「哀れみ深い人」だということを読んだり聞いたりして知っていました。
Continue readingEditorial (社説) 英語原文より翻訳: www.lifeissues.net 「離婚神話」というのが存在する。人が結婚してうまくいかない場合は2つの選択肢があり、そのまま別れず不幸でいるか、離婚してもっと幸せになるか。だが、研究者達による調査結果が、この仮定や古くからの慣習的考えに疑問を投げかけることになった。シカゴ大で社会学を教えるリンダ・ウエイト教授を中心とする家庭社会学者チームは、不幸な結婚を続けるよりも離婚した方が幸せとの説に根拠はないと発表した。
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