日本 プロライフ ムーブメント

混迷する世界のまっただなかで迎えるクリスマス

今年のクリスマスのあいさつは、どこか重苦しさを感じさせる世界のまっただなかでお届けすることになりました。戦争や災害、失われていくいのち、気候変動への不安、経済的な厳しさ、そして多くの人が誰にも言えずに抱えている孤独。そんな状況の一方で、街は明るい光に包まれ、やることに追われ、買い物の空気があふれています。その中で、私たちは「なぜこの季節を祝うのか」を見失ってしまいがちです。しかし実は、慌ただしさと傷つきやすさが交差するこの時代だからこそ、クリスマスの意味はより深く心に響くのではないでしょうか。

聖書では、クリスマスは「来られる神」の物語として始まります。神の子は、完全な世界ではなく、不完全で傷ついたこの世に、小さく無防備な幼子として生まれました。この誕生は、どれほど貧しく、目立たない場所であっても、希望はそこから始まることを告げています。主は「エマヌエル――神は私たちと共におられる方」として、私たちのただ中に来られました。それは、壮大な奇跡や特別な行いだけでなく、日々の小さな愛と憐れみの実践を通して、互いに寄り添い合うよう私たちを招く出来事です。物の豊かさや完璧さによって愛を量ろうとするこの季節において、主が示される真の贈り物は、時間を分かち合うこと、心を傾けること、赦し、そして差し伸べられる手なのです。

世界の苦しみがあまりにも大きく感じられるとき、主の降誕は、私たちに具体的な愛の行動を求めます。困窮する人々を支えるために、シェルターや食料支援、地域の団体など、本当に必要とされているところに手を差し伸べましょう。また、被造物を大切にする選択、人間の尊厳を守る取り組み、胎児、高齢者、病や死を前にして苦悩する人々など、社会の中で最も弱い立場に置かれている人々を支える働きに心を向けることも、信仰に基づく応答です。しかし何よりも尊い贈り物は、「共にいること」です。解決しようと急がずに耳を傾けること、孤独な人と食卓を囲むこと、隣人を迎え入れること、ほんの少しの時間でもボランティアに使うこと。こうした行いが共同体を強め、「誰も一人で重荷を背負わなくてよい」というメッセージを伝えてくれます。

また、クリスマスは私たちに立ち止まり、沈黙のうちに主を仰ぐよう招きます。忙しさや広告の洪水は、振り返りや感謝に必要な静けさを奪いがちです。散歩をする、ろうそくに火を灯す、静かにお茶を飲む、神の前で沈黙する――そうした時間を意識的に持ち、自分が本当に大切にしているものや、どんな人でありたいのかを思い出してください。必要であれば和解のための一歩を踏み出しましょう。たった一度の誠実な対話が、たくさんの贈り物よりも、よほど祝福に満ちたものになることがあります。寛大さは金額ではなく、愛の深さによって測られるのだということを、子どもたちに、そして私たち自身に改めて伝えたいものです。

どうか、このクリスマスを一時的な慰めに終わらせず、新たな出発点としてください。この季節に育まれた思いやりは、12月を越えて続いていくはずです。正義を求め、持続可能な選択を支え、弱い立場の人々を守るために、社会や指導者に責任を求め続けること。もし希望が飼い葉桶から始まったのなら、その希望が、すべての人の平和と尊厳に向けた粘り強い歩みへと、私たちを導いてくれるでしょう。

この聖なる季節が、世界に今なお輝いている光に気づけるほど、あなたの歩みをゆっくりとさせ、その光を他者と分かち合う勇気をあなた方一人一人に与えてくれますように。
平和と、共に生きる喜び、そして自らを捧げることから生まれる静かな喜びが、あなたの上に豊かにありますように。

どうぞ、祝福に満ちた、意味深いクリスマスをお迎えください。
神の祝福がありますように。

Jerry Novotny(ノボトニー ジェリー),OMI

英語原文投稿日: 2025年12月20日

出典 英語原文 Merry Christmas in a world in turmoil.

翻訳日 :2025年 12月30日
翻訳者 :大岡 滋子