日本 プロライフ ムーブメント

野田聖子氏の提供卵子による妊娠

野田聖子国会議員が、提供卵子による体外受精に成功し妊娠したことを公表した。倫理的議論は話が長くなるのでやめておく。ここでは、医療をお金で買えるか?という話に触れたいと思う。 

報道によると野田聖子氏は過去14回の体外受精を行い(成果を得られず)、渡米して提供卵子による体外受精に成功したそうである。体外受精は日本では保険適応でないため、大雑把に見積もってすべて合わせると軽く1000万円は越える費用を要している。ここで、報道に惑わされないように現状を超簡単に整理しておきたい。 

現在、日本で認められていない(学会が承認していない)生殖治療は、代理母出産のみある。これは何年か前に、某女性タレントが米国女性を代理母として子どもを授かった件で、区がその子の住民票を実子として認めなかったことで話題になった。最終的に最高裁でその判断が支持されたため、後に特別養子縁組が行われている。一方通常の配偶者間による体外受精は日常的に行われており、提供卵子による体外受精も一定の条件を満たせば日本でも可能である。 

ただし卵子のドナー登録など系統的なシステムは存在せず、すべて個別対応である。さらに、体外受精という医療は保険適応になっていない。したがって、お金がかかる。一口に体外受精といってもさまざまなステップと要素があるため一概には言えないが、ざっと1回30万~50万円ぐらいかかる。凍結卵の利用という方法があり、回数の表現も難しいが、一般的に1回のみということは少ない。詳しい説明は省略するが、保険適応外でも「人工授精」という、より少額の費用で行われる方法もある。また、保険適応である通常の医師による問診、アドバイス、不妊検査やタイミング法などもあり、不妊治療は一般的にそこから始まる。詳しくはこちらのサイトを参照→http://www.san-kiso.com/ さてここまでが現状の概要である。 

日本国内で自腹を切り保険外診療を受けるのは、生殖医療に限った事ではない。 例えば椎間板ヘルニアに対するレーザー治療。視力回復のためのレーシック手術。大掛かりな先端医療では、がんに対する陽子線治療など。海外で承認されているが日本では承認されていない薬物を使用する場合(病院負担の事も多い)。また、希少なため知られていないが、性同一性障害に対する性転換手術も保険適応ではないが国内で行われている。美容形成が扱うほとんどの手術、歯科のインプラントや歯列矯正も保険適応外であるが、これらは「疾患」に対する治療ではなく、不妊治療と同列には扱えない。 

このように日本国内で行われる「保険適応外診療」は 

  • 1. 疾患の治療とはいえないもの
  • 2. 治療効果のエビデンスに乏しい、議論が分かれているもの
  • 3. コストパフォーマンスに劣るもの

に大別されるが、いずれも安全性がある程度確立され、学会の支持や法律的整合性を得たものに限られる。 

体外受精は主に上記1と3の要素がある。何故かというと、1回での成功率は現在の技術では15~40%と言われており、この数値は医療者の技術も多少はあるものの、確率的にやむを得ないとされている。故に何回も受けることになり、現在でも多くの夫婦がトライしていることを考慮すれば、仮に保険適応を認めたとしたら大変な公的負担になってしまう。また体外受精が「疾患の治療」かと言えば必ずしもそうではなく、たしかに背景には不妊症という疾患があるものの卵管閉塞や、乏精子症自体の治療ではない。 

ただし誤解を避けるために繰り返すが、この治療は「保険外」とはいえ、一定の安全性が確保された、学会も支持する法的整合性のある立派な医療行為である。要するにビジネスではない。 

厚労省や学会の肩を持つわけではないが、日本の医療はビジネス化していないし、むしろ昨今叫ばれる「医療崩壊」はその対極的側面から生じている。 

一方米国は、ようやく今年になりオバマ大統領が医療制度改革法を成立させたが、これまで何十年にもわたって市場原理主義が導入された医療ビジネス大国であった。 

現在日本国内には、海外(主に米国)に本社がある卵子提供エージェンシーのオフィスがいくつかある。それらの会社は営利企業であり生殖医療をビジネスとして行っている。野田聖子氏もおそらくどこかのエージェンシーのコーディネイトによって今回の提供を受けている。 

私は決して卵子提供エージェンシーを否定しているわけではなく、あえてビジネス色を排斥している日本の医療システムに、隙間を付くように侵入してくる外国籍のシステムが不適切な議論を巻き起こす結果につながることを懸念しているのである。彼らの基本はビジネスだから「日本の医療」を俯瞰する視点はないし、別になくても非難されるいわれはない。しかし一般人には支払えない高額の費用で子どもを授かったとすれば、その他多くの不妊治療受診者に不公平感を与えるのは必至で、彼ら彼女らの不満の矛先は裕福な同志ではなく医療界や厚労省、政府に向けられるのは目に見えている。 

医療を俯瞰出来ない人たちは、卵子を提供される側にしか目がいかない。仮に日本赤十字や骨髄バンクのように無償でドナーを集める非営利団体が、卵子にも適応される夢のようなシステムが構築されるのであれば彼らの意見は筋が通る。しかし現実はどうであろうか。 

現在私が知り得る範囲では全世界どこを探しても「無償の卵子バンク」は存在しない。これは当然で、(詳細は省略するが)卵子の提供は医療行為を受けるため本人の負担が大きいからである。近親者や知人などはともかく、第三者に無償で提供しようという女性は稀少で(個人的には皆無だと思うが)バンクとして成立しない。無償の代理母(第三者)が「ありえない」のは一般的感覚で理解出来ると思われるが、卵子提供に関しては認識不足の人たちが多い。 

卵子ドナー(エッグドナーなどと呼ばれている)は上記のエージェント会社が独自に、あるいは卵子バンク会社から確保している。サイト上で正式に公募している会社もあるが、言葉を濁している会社もある。 

ドナーには一般的に日本円で60万~70万円(米ドルで 5000から7000ドル)の謝礼が支払われる。この謝礼は、卵子提供を受けるカップルの費用(500~600万円)から賄われる。ちなみ代理母出産はドナーの謝礼、レシピエントの費用ともこれの約4~5倍といわれる。 

この話に私の結論はない。海外で卵子提供を受けて妊娠するのは、経済的余裕があれば(それもかなりの余裕)個人の自由である。ただ、公人がそれをひとつの医療行政批判の材料として、しかもブログ的内容で週刊誌に公表するのは賛同しかねる。 

もしその批判がある一定の正当性を持って世論を動かせるのであれば、昨今の移植医療の発展のようにいずれ法整備を含めた改革をもたらすはずである。したがって様子を見る事にする。 

Honda, Jirou (ホンダ・ジロウ)
心臓血管外科医・本田二郎
出典 『温心、涼脳 Warm Heart、Cool Head』
2010年9月2日と5日掲載
Copyright ©2010.12.24.許可を得て複製