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自然な家族計画

ロー対ウェード判決から二十五年経過しました。そして今、生命を囲む環境は最悪です。あの時点以来、米国では三千七百万人の赤ちゃんが合法的中絶手術で抹殺されています。幼児殺害と安楽死は社会から容認されつつあるようです。一九七三年のあの判決はこのような人間の生命軽視のきっかけになったのでしょうか?社会のこの崩壊ぶりの原因はさらに遡って、避妊を多くの人が容認していることにあると考える人たちも多いのです。 

一九三0年以前、キリスト教諸派は例外なく避妊が悪であると教えていました。それまでは、セックスは生殖のためにあり、人工避妊は神が人にお与えになった自然法に逆らうと思われていました。性の快楽は神が人にお与えになった付随的祝福であると考えられました。その目的は子どもたちを育てるために必要な、安定して、愛に満ちた環境を確立するために夫婦の親密、尊敬、愛の絆を強めるものであると思われていました。 

一九三0年、英国国教会が避妊を禁じる伝統的キリスト教の教えを廃棄する最初の教会になって以来、生殖に関する道徳観には際だった変化が生じました。文化的圧力の前に、他の教会も次第に同じ道をたどるようになりました。 

一九六八年、教皇パウロ六世は、回勅『フマネ・ヴィテ』で、愛と生命に関する性の二つの側面を分離すると、夫婦の「親密な行為」を遙かに越えた危険な社会的派生効果が生じることを予言なさいました。教皇は避妊が不純異性交遊、姦淫、家庭内暴力、ポルノ、離婚を増加させることを警告なさいました。 

回勅『フマネ・ヴィテ』から三十年経ちました。現代文化を一目見るだけで、教皇がぞれほど正しかったかは歴然としています。自然な家族計画を採用している夫婦の離婚率は三%以下ですが、人工避妊をする夫婦ですと、それは五十%を軽く越えます。 

教皇パウロ六世は、避妊が広く認められるようになると、それは不道徳な政府官僚の手に「危険な武器」を渡すことになると予言なさいました。その劇的な例が中国の一人っ子政策です。政府は女性に妊娠している疑いがあれば、強制的に妊娠テストをして、無許可妊娠であれば、胎児はその発達段階にお構いなく中絶されます。二人もしくは三人以上子どもがいれば強制的不妊手術が待っています。地方に行けば、新生児の溺死または窒息死が珍しくありません。 

教皇パウロ六世の最後の警告は、避妊は人間に、それが自分の体であれば、それを無制限に支配してもいいと思いこませる、ということでした。まさにその通りで、最悪の避妊法である不妊手術は世界でもっとも普及した避妊法になりました。コントロールしたいという欲望は「試験管ベビー」に行き着きました。さらに受精卵は実験の材料になったり、部品収穫のために売ったり、使用されたり、必要がなくなれば捨てられたりさえします。 

クローン人間製造が人類を支配しようとする欲望の最新版です。イリノイ州のリチャード・シード医師は、利益のためであればクローン人間を製造するつもりがあることを発表しました。ギョッとしてしまいますが、考えてみるとそれほど驚くほどのことではないのかもしれません。人間の尊厳がこれほどにも無視されている現代、金と技術を備えている人たちは人間さえも財産に変貌させてしまうのです。奴隷制度の現代版というところでしょうか。 

カトリック教会は常に人間の生命が霊的領域においてだけでなく、肉体的、生物学的領域においても神の生命の小さな火花であると教えてきました。人間の価値、性、生殖の総合的な考え方をカトリック教会だけは常に提唱してきています。しかしプロテスタントの著者チャールス・プロヴァンが一九八九年に書いた「聖書と産児制限」を見ると、教皇はやはり正しかった、人工避妊は聖書に反するとする新しい考え方が台頭していることにも気づきます。カトリック、プロテスタントを問わず、夫婦愛を自然に、信仰に基づいて体験する道として、自然な家族計画を採用する夫婦は増加しています。 

教皇パウロ六世人間生殖研究所所長・トマス・W・ヒルジャース博士(電話1-402-390-6600)は、自然な家族計画(ビリングス排卵法)が昔のリズム法と異なることを指摘しています。それ以後の科学的研究のお陰で、三つの身体的徴候、つまり、まずは頸管粘液の変化、そしてもし必要であれば基礎体温の変化、もしくは膣の変化によって妊娠可能期と不妊期を識別できるようになりました。 

自然な家族計画は、自然法に基づいて夫婦が再び愛と生命を結びつけて考える助けになります。そこで夫婦が体得するのは受胎能力に対する恐怖ではなく、それを大事にするということです。頻繁な意志疎通、互いに対する責任感、二人で分かち合う受胎の共同責任のために夫婦は親密にならざるを得ません。妊娠を避ける、もしくは延ばす必要がある夫婦は受胎可能期間が終わるまで性交を控えます。これには性的関係の独自性を大事にするので、それまで気づかなかった感情的、霊的、心理的側面を彼らの関係に付け加えることになります。 

自然な家族計画には経済的負担が伴いません。さらに、幾度となく行われた調査によれば、それが正確に教えられ、実践されると、その効果は九八から九九%にもなります。体調が変わるわけはありません。それだけでなく、自然な家族計画はどのようなタイプの月経周期の女性であっても、生殖に関連する状態がどのようなものであっても、つまり授乳中であっても更年期であっても使用できる利点があります。自然な家族計画に伴う知識を生かして、自分が妊娠できないと思いこんでいた女性たちも妊娠に成功した例は後を絶ちません。 

自然に備わった受胎能力を夫婦愛から切り離すことは、「二人を一つに結ぶ」あの聖なる交わりを単なる肉体的活動に引きずり下ろしてしまいます。もし私たちが自分たちの体を単なる生物学的物質であると考えるなら、人間は社会の善のために生産され、中絶され、去勢され、「眠りにつかされる」進化の連鎖による産物に成り下がってしまうのではないかと思うのです。 

しかし、もしわたしたちが結婚に肉体的、霊的、道徳的健康を取り戻すことができたらこの傾向を逆転させることができます。夫と妻が愛、生命、性を再び結び合わせるために自分たちの体に備わる自然な生理に協力し始めるとき、彼らの結婚は神が創造されたもっとも深遠な愛の行為に伴う人間にふさわしい聖性を取り戻します。そうすれば、結婚は私たちの家庭と文化を、神に似せて創造された人格にふさわしい生命と愛の共同体に変貌させることができるようになります。 

Omlin, Cindy (オムリン・シンディー)
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