日本 プロライフ ムーブメント

生命への理解深めて – 明確な「人格主義」

今日は、先ごろノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥京都大教授と、ノーベル平和賞を受賞した欧州連合(EU) に深く関わる話をしたい。 

山中教授は人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立するという再生医療の夢を大きく開く偉大な研究を成し遂げられたが、 それは倫理にかなった医学研究のあり方について、一つの明快な回答を与えるものでもある。他方、 最近20年ほどEUの生命倫理を主導してきたのは前ローマ法王が設立したバチカン生命アカデミーであり、 その根底にあるのはキリスト教の文化だ。EUの生命倫理は、自然科学の発展に文化や規範の発展が伴う時にのみ、 人類は本当の意味で進歩できると考えている。 

まずは、日本のヒト胚における研究規制の現状について理解してもらいたい。ヒト胚とは、 ヒトの発生における初期段階の個体のこと。ヒトの発生は、自然のプロセスでは精子と卵子が接合した受精胚(卵) から始まるが、卵子に体細胞を移植して人工的にクローン胚を作成することもできる。受精胚と同様、クローン 胚も子宮に戻せばヒトが生まれてくる。しかし日本では現在クローン胚を子宮に戻すことは禁じられている。 

では、ヒト胚を壊して作る多能性細胞の一つ、胚性幹細胞(ES細胞)はどうか。ES細胞を作成する目的で、 14日目までの余剰胚(生殖補助医療のために作成して余った受精胚)を破壊することが許されている。さらに、 生殖補助医療研究目的でのヒト受精胚の作成と破壊も許されている。 

これは、ヒトは受精から14日目までは発生しないという誤った科学的事実に基づいて、 受精から14日目までのヒトの初期胚の倫理的、法的な地位、 すなわち人間の尊厳と基本的人権を否定することによって導かれた結論だ。開始したばかりの人間の尊厳と生きる権利より 、科学研究の自由や子どもを持つ成人の自 由が優先されているのである。 

では、バチカンが主導する欧州では、どのような生命倫理が原則となっているのか。さまざまな議論と変遷を経て、 欧州人権裁判所大法廷は2011年10月18日、ヒトの発生は受精時であることを認め、14日目までのヒト胚は、 クローン胚も含めて人として法的保護の対象とすべきであること、 したがって科学目的でのヒト胚の使用やヒト胚の破壊を伴うバイオテクノロジーの発明、 この事案ではヒトES細胞から作成した神経細胞は特許権取得の対象にならない、とする判決を出した。 

ヒトの生命は受精時に始まり、したがって誰でも例外なく、受精時から人間の尊厳と基本的人権を認められるべきとする「 人格主義」生命倫理が明確に採用されている。この生命倫理に従えば、 受精胚やクローン胚の破壊を伴うES細胞研究は行うべきではない。 

これに対し、山中教授が樹立したiPS細胞はヒト胚を使わず、 複数の遺伝子のみで細胞を初期化させるという画期的な成果。バチカン生命アカデミーは、 山中教授がiPS細胞の作成にまだ成功する以前に教授をバチカンに招き、研究を奨励していた。 

最初から倫理的に問題のない仕方で、患者を救済するための研究を志された山中教授は、 人格主義生命倫理の模範的な実践モデルとしても、高く評価されるべきである。日本はES細胞研究を止めて、 iPS細胞研究や、成人の身体や臍帯血の中にある体性幹細胞研究に全力を注ぐべきだ。 

  • ノートルダム清心女子大学国際教育フォーラム「いのちと科学」での講話です。 
    この内容的なことは、山陽新聞 2012年10月21日にも掲載されました。

Akiba Etuko (アキバ エツコ)
秋葉悦子
ヴァチカン生命アカデミー客員会
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