日本 プロライフ ムーブメント

完璧な組合せ

十年前に人生について聞かれていたら、未婚で子どもを産んだ母親になって自分の経験を人に話しているなんて決して考えられなかったでしょう。 

キリスト教徒の家庭で育った女の子は結婚するまで妊娠することはないのです。少なくとも私はそう教えられました。でも私は23才で、未婚で、予期せず望みもせず妊娠してしまったことで苦しんでいました。いったいどうしたらいいのかと。 

一番最初に考えたことは中絶をすることでした。そしてボーイフレンドも賛成してくれました。そう、中絶が私の問題を解決してくれると考えたのです。そうすれば、だれにも言わなくてすむし、だれにも知られることがないし、私の小さな秘密にしておけると考えたのです。 

私は病院でなく診療所で中絶をしてくれる医者を見つけました。一回目の予約の時に、医者は詳しく「中絶手術の手順」を説明してくれました。彼は、中絶手術の日にはカセットテープレコーダーを持ってきて、手術中、音楽を聞いていなさいと言いました。 

「中絶手術は音がするので、音楽を聞いていたほうが気が紛れ、装置の音を消してくれでしょう。」と彼は説明しました。 

診察を終えてから、彼はもう一ヶ月待たなければならないと言いました。「合併症を全く起こさずに中絶をするためには、胎児がもっと大きくならなければならないのです。」と。一ヶ月も待つなんて。一ヶ月が永遠のように思えました。どうして待たなければいけないのと思いました。 

この問いに対する答えは神様が知っていました。 

翌月、神様が実際に私の人生に影響を与えられました。神様は私の心と私の耳を開けられ、私は初めて神様の言葉に耳をかたむけました。 

私は中絶をキャンセルし、どうすべきかアドバイスを求め始めました。 

でもだれに求めたらいいのでしょう。私のボーイフレンドは私の味方になってくれないでしょうし、特に私が中絶をキャンセルしたことを知ったら、味方にはなってくれないでしょう。私はとても不安で恥ずかしい思いをしていました。どうして家族に言うことができるでしょうか。家族や他の人がどういう反応をするでしょうか。人は私を心から許してくれるでしょうか。私は実際、自分自身を許すことができるでしょうか。 

混乱し傷ついて、私は姉が通っている教会の神父に相談をしました。彼は私の話に耳を傾けてくれ、一緒に泣いてくれました。私たちが話していたとき、私は神様の存在を感じました。それから彼は私に安らぎを与えてくれる彼の知人に会うようにすすめてくれました。この愛情あふれる女性は私と一緒に聖書を読み、私と一緒に祈ってくれました。そしてそれから私をジャネットという女性に紹介してくれました。最初私は躊躇しましたが、ジャネットに会ってみると、私は神様の愛情をもっと強く感じました。 

ジャネットは私が妊娠のあらゆることに対処できるように手を貸してくれました。彼女は、私が抱いていることに自分でもわからなかった感情、私が押し隠そうとしている全ての感情をうまく切り抜けられる手助けとなる手引書を私に与えてくれました。彼女は、私が自分の体内で大きくなっている赤ん坊に対して抱く気持ちや、赤ん坊の父親に対する怒りの気持ちや、私の教会に裏切られたという気持ちを直視する手助けをしてくれました。私は恥ずかしさや戸惑いの気持ちに直面しましたが、ジャネットは、私が否定的な感情に気づきそれを表現し、そしてそれらを消し去る方法を与えてくれました。 

私が抱えている全ての問題への援助の過程で、彼女は私の体が経験しているホルモンの変化を説明してくれました。彼女は私が取り得る選択肢について私と相談し、私の考えをまとめる手助けをしてくれました。そして最終的に、彼女は本当に大切なこと、私の将来と私の子どもの将来にもう一度エネルギーを集中させる手助けをしてくれました。 

私がどのような決定を下しても、それには赤ん坊にとって最良なことが含まれていなければなりませんでした。私は自分が置かれている状況をみじめだと思っていましたが、私の一部であるこの赤ん坊を愛していました。私は最良のことをしたいと思っていました。 

私はひとりで育てることも考えましたが、まだ親と生活をしているのに、ひとりで家を出て、赤ん坊を養い自活していく余裕はありませんでした。もし私がこの子を育てるなら、私が働いている間実際だれがこの子の面倒を見るのでしょうか。どのようにすれば、この子と二人で自活していけるでしょうか。私はこの問への明確な答えを求めて神様に祈りました。結局私が育てることは、最良の選択だとは思えませんでした。 

しかし養子縁組という考えは私には全く受け入れられないものでした。ジャネットは、養子縁組が今までにどのように変わってきたかを説明してくれました。私たちが養子縁組の話をしている時、私は神様が私のために扉を開いてくれているのを感じました。そして私は養子縁組が私の赤ん坊と私にとって最良の選択だということがわかりました。 

次の段階は、私の子どもの親を選ぶことでした。私は神様の導きを祈りました。一組の夫婦が見つかりました。ボブは警察官でメアリーは専業主婦で、彼らにはすでに生後18ヶ月の養子の息子がいました。彼らは私の子どもに最高の家族でした。やっと私は自分の妊娠に対して穏やかな気持ちになることができました。神様は私の赤ん坊に対する計画を明確にされたのでした。 

ミーガンが生まれると、ボブとメアリーが病院にやってきました。二人はミーガンにミルクを与え、世話をし、すぐに彼女との絆ができ始めました。二人がどんなに彼女を愛し、このかけがえのない女の赤ん坊のことをどんなに感謝しているかを見ることは、私にとってすばらしいことでした。 

神様はあの時以来、私に祝福を与えて続けて下さっています。私は今、私を無条件に愛し支えてくれる男性と結婚しています。そして昨年、神様は私にもう一つ贈り物を、愛すべきもう一人の女の赤ん坊を私に下さったのです。 

私はミーガンに対して養子縁組の決断をしたことを全く後悔していません。今では彼女はほぼ5才になり、幸せで可愛い少女に成長しています。彼女は、私が与えることができなかったものを与えてくれた素晴らしい家族に恵まれています。私が受け取る写真やカードの一枚一枚が、私の娘に対する神様の完全な計画を再確認させてくれます。神様は、私にいのちを大切にする決断をさせることによって素晴らしいものをこの世に生まれさせたのです。その子の名前はミーガンといいます。 

Avenick, Julie (アベニック・ジュリー)
Copyright 2004.8.21許可を得て複製