アンパンマンの作者・やなせたかし夫妻のの歩みに光をあてるNHK朝ドラ『あんぱん』。戦争体験から生まれた「正義」と「愛」の思想には、福音に通じる深いメッセージが込められています。パンを分け与えるアンパンマンの姿は、イエス・キリストの自己犠牲の愛、十字架の愛と重なるように見えます。
NHK朝ドラの今期の題は「あんぱん」。アンパンマンの作者で知られる やなせたかし夫妻をテーマにした物語です。やなせたかし(本名:柳瀬嵩、1919~2013)は絵本作家・詩人としての活動が本格化するまでは、頼まれた仕事はなんでもこなしていたそうです。編集者、舞台美術家、演出家、司会者、コピーライター、作詞家、シナリオライター等です。身近な例として、皆様よくご存じの三越の包装紙「華ひらく」。これは1950年に画家の猪熊弦一郎氏がデザインしたもので、当時三越宣伝部社員だったやなせさんが「mitsukoshi」の筆記体をレタリングして書き入れたものだそうです。それから70年以上にわたって現在も三越のシンボルとして愛されている包装紙なのです。
漫画家・絵本作家としてのやなせさんは遅咲きで、ひとり立ちしたのは、アンパンマンを生んだ50代半ばでした。売れなかった時代は「一寸先は光」という言葉を心の支えにしていたそうです。一寸先は闇ではなく、光というのがやなせさんらしいですね。
テレビアニメ『アンパンマンのマーチ』の主題歌の出だしはこうです。「そうだうれしいんだ、生きるよろこび。たとえ胸の傷がいたんでも。なんのために生まれて、なにをして生きるのか。答えられないなんて、そんなのいやだ。今を生きることで、熱いこころ燃える、だから君は行くんだ、ほほえんで♪」人生の意義を問う言葉に溢れています。作詞した やなせさんは「これはアンパンマンのテーマソングであり、僕の人生のテーマソングです」と述べておられます。
カトリック中央協議会発行の『YOUCAT-カトリック教会の青年向けカテキズム』の185頁にやなせさんの言葉が引用されています。「正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を“正義”と呼ぶのです」。
やなせさんは日中戦争(1937年~)で出征し、その後、太平洋戦争でも砲兵として中国に駐留しました。その辛い体験の中で<正義とは何か>を考えるようになったそうです。そこで上記の言葉が出てきたわけです。「なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はない。正義って相手を倒すことじゃないんですよ。アンパンマンもバイキンマンを殺したりしないでしょ」とやなせさんは言います。
やなせさんは聖公会の信徒で洗礼名はバルトロマイといったことがSNSで書かれていますが、聖公会の教会で調べてもらってもそういう記録は見つからないそうです。しかしやなせさんのストーリーには福音的なメッセージが色濃くあると言ってよいと思います。単なる二元論を超えた超越的な正義感や、ひたすらに他者を喜ばせるというキリスト教の愛の精神が底流に流れています。
「人生で何が一番嬉しいかというと人を喜ばせること。人を喜ばせることで自分も嬉しい」
「アンパンマンは世界一弱いヒーローだけど、自己犠牲の精神なんだよ」
「自分はまったく傷つかないままで正義を行うことは非常に難しい」
「困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても、国が違っても『正しいこと』には変わりません」
イエス様は5千人を超える群衆が空腹であったときに、5つのパンと2匹の魚を増やし人々の空腹を満たしました。その一方で人はパンのみで生きるにあらず、神の口から出る一つ一つの言葉で生きると戒め、最後の晩餐ではパンを12使徒に分け与え、「これはわたしのからだです」と教えました。自分の顔を与えても空腹の子どもを救おうとするアンパンマンの姿はイエス・キリストの十字架の愛と重なるように見えるのではないでしょうか。
Matsuo Mitsugi(マツオ ミツギ)
松尾 貢
主任司祭
Copyright ©2025年6月8日
掲載許可取得日 2025年7月11日(電話にて)