日本 プロライフ ムーブメント

やなせたかしさんは死んでいない

漫画家のやなせたかしさん(94)が13日、心不全のため亡くなったというニュースが入ってきた。やなせさんの漫画「アンパンマン」のビデオを楽しんで観てきた一人として寂しい思いがしたが、それは束の間で、「やなせたかしさんは亡くなっていない」という確信に満ちた思いが湧いてきた。アンパンマンを描いたやなせさんはわたしたちの前からは去ったが、生きている。 

独週刊誌シュピーゲルは当方が自宅で定期購読している唯一の読み物だ。毎月曜日に届くシュピーゲルで最初にめくる頁は死亡欄だ。「あ、彼は私より早く亡くなった。どうしたのか」「彼は90歳を超えている。亡くなっても不思議ではないな」とか、当方と同年齢の著名人が亡くなったと知ると、「おれもそろそろ かもしれないな」とシミジミとした思いが出てくる、といった具合だ。 

死亡欄で欠かせない点は、どうして亡くなったかだ。がんと心臓発作が多い。時には交通事故死もある。最近は医療技術の向上もあって90歳に入ってから亡くなる著名人も結構いる。シュピーゲル誌の死亡欄は文字通り、現代社会の様相を色濃く反映しているから、一人の著名人の死亡記事を読むと、その人物の人生がちらっと見えてくることがある。 

やなせさんの話に戻る。やなせさんは亡くなったが、死んでいないという話を少し説明したい。やなせさんは別の世界に飛び立っただけだ。われわれの世界を物質世界とすれば、反物質の世界に入っていった、と表現していいかもしれない。物質世界の測定器をもってしてはその所在を感知できないが、やなせさんは確実に生きている。やなせさんは、94年間の人生で味わった喜怒哀楽、子供時代の思い出、体験などを全てもって飛びだったはずだ。その意味で、やなせさんは別人格となって別世界で存在しているのではなく、同じ人格のやなせさんが別の世界で生きているだけだ。 

ゴースト・ハンターズ(邦名「幽霊を捕まえようとした科学者たち」デボラ・ブラム著、鈴木恵訳、文藝春秋刊)を読まれた読者も多いだろう。米国プラグマティズムの創設者ウィリアム・ジェイムズを中心に、イギリス功利主義哲学パイオニア、ヘンリー・シジウィック、進化論の生みの親・イギリスの博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレス、ノーベル生理学・医学賞受賞者シャルル・リシェら第一線の科学者たちが霊的現象や「死後の世界」の存在について追求していく姿が記述されている。科学者たちが霊現象を研究していることが知られると、学会や同僚から揶揄や批判を受ける状況は、21世紀の今日でも余り相違はない。ウォレスは「科学者が超常現象を探求しょうとすると、たちまち降格されてしまう」(67頁)と嘆いているほどだ。そのような中で、心理学の創設者として既に世界的に著名だったジェイムズは心霊研究の重要性を説得する一方、心霊研究に取り組む同胞の学者たちを鼓舞している。 

科学者スウェーデンボルグの著書「霊界日記」を紹介するまでもなく、別の世界は存在する。両世界はコインの両面だ。そして神の存在を信じない人も死後の世界の存在を薄々感じる人が増えてきた。その存在の様相が物質世界と異なるため、確かに感知できないが、感知できなくても存在するものはこの世界でも少なくない。例えば、人間にとって最も大切な愛は目に見えないが、存在する。愛のために生き、愛のために死ぬのが人間だ。観測できないという理由だけでその存在を否定する人は愛も否定しなければならなくなる。 

やなせさんの話に再度、戻る。やなせさんが創作した「アンパンマン」は多くの子供たちばかりか、大人たちにも感動を与えている。やなせさんの心の世界を描いた「アンパンマン」は作者のやなせさんと同様、これからも読み、観られ続けるだろう。わたしたちが「アンパンマン」を喜び、感動する時、やなせさんは近くにいるのかもしれない。反物質世界の住人となったやなせさんは物質世界の時間と空間の制限を受けることなく、いつでも、どこでも飛んでいくことができる。やなせさんは文字通り、「アンパンマン」となったのだ。 

最後に、「アンパンマンのマーチ」から好きな個所を紹介する。 

 そうだ うれしいんだ 生きるよろこび
 たとえ 胸の傷がいたんでも
 ああ アンパンマン やさしい君は
 いけ! みんなの夢まもるため 

Editorial (オピニオン)
国連記者室
出典:ウィーン発『コンフィデンシャル』
2013年10月16日掲載 
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