自殺について再び考える
二、三ヶ月前、私は自殺についていまだに誤解が多すぎるとあるコラムに投稿した。いろいろ書いたが、中でも自殺で死ぬ多くの、いやほとんどの人が、その言葉の本当の意味においては、道徳的にせよなんにせよ自分の死に責任はなく、むしろガンや心臓病といったものではないが、ある病気の犠牲者であると私は述べた。自殺とは、このような理解において、今までずっとそう思われてきたような絶望の行為ではない。これが本当なら、その犠牲となった人々の永遠の救済について余計な心配をする必要がなくなる。
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