日本 プロライフ ムーブメント

やなせたかしさんは死んでいない

漫画家のやなせたかしさん(94)が13日、心不全のため亡くなったというニュースが入ってきた。やなせさんの漫画「アンパンマン」のビデオを楽しんで観てきた一人として寂しい思いがしたが、それは束の間で、「やなせたかしさんは亡くなっていない」という確信に満ちた思いが湧いてきた。アンパンマンを描いたやなせさんはわたしたちの前からは去ったが、生きている。 

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「魂は何か」問う車椅子の心理学者

ゲオルク・フラベルガー氏(Georg Fraberger)はウィーン市にある欧州最大総合病院AKHの整形外科に勤務する心理学者だ。フラベルガー 氏が自身の経験や生い立ちを書いた著書「肉 体なく、魂で」(Ohne Leib. Mit Seele)を発表した。同氏は1973年、ウィーンで腕と脚がなく生まれた。その後、通常の学校を通い、 心理学を学び、心理学者として患者のケアを担当している。39歳。4人の子供がいる。 

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人は偶然の所産ではない

ローマ法王べネディクト16世は6日、一般謁見で「人間は偶然や非理性に運命付けられた存在ではなく、知性と自由によって生きていく存在だ。その創造秩 序の中で人間は神の筆跡を認知できる。聖書は自然科学の教本ではなく、世界の基本と人間の存在を問いかけている。全ての存在の最終原因、最終基本は非理性 的、非自由、非知性的ではなく、自由、認識、知性、そして愛に基づいていることが分かる」「信仰的な人間は自然の中で神の筆跡を読み取ることが出来るが、 創造主の特性を正しく理解するためには神の啓示が必要だ。世界は創造者の精神から由来する秩序をもつ。そして人間はその精神の似姿だ。そして人間は独りで はない。他者との関係で生きる。他者との関係性は決して依存性や制限を意味しない」という。

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「相違点」から「共通点」への飛躍

ウィーン市庁舎前のクリスマス市場が先月17日、オープンしたことは既に報じたが、同市のメトロ新聞「ホイテ」 が今月5日報じたところによると、欧州最 大のクリスマス市場を管理している人がイスラム教徒だという。ホイテは写真付きでその人物を紹介していた。 イスラム教ではイエスの生誕日のクリスマスを祝 わないが、同イスラム教徒は「キリスト者の祝賀を共に祝いたい」という心情から2005年以来、市庁舎前の市場を管理 、運営してきたという。 

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プロ・ライフ集会 2万人のカトリックの若者が首都ワシントンに集う予定

10代から20代のカトリックの若者たち2万人以上が、全米各地から首都ワシントンの最大のスポーツ・アリーナに集う。米国で妊娠中絶を合法化した1973年の最高裁判決Roe v. Wade(ロウ対ウェイド)の記念日に、毎年恒例のいのちの集会と青年ミサを開催するため。 

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友人への手紙:「貞潔を貫きなさい」

(恋人同士の間でセックスをすることは、いまや娯楽のひとつというか、デートの最後に男性が女性に要求する一種の「見返り」となっています。私たちティーンエイジャーの多くは、したくないのにセックスを要求されるプレッシャーを感じています。特に女性は、婚前セックスが招く様々な心配や責任を負いたくないと思っています。なぜなら、その結果を背負い込むことになるのは、男性ではなく、女性である自分の方だからです。) 

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殺してはならない

親愛なる兄弟姉妹の皆さん、おはようございます。  今日の講話は「殺してはならない」という五番目のことばについてです。第五のおきては、「殺してはならない」です。 わたしたちはすでに隣人とのかかわりに関する、十戒の後半に入りました。このおきては、簡潔で絶対的な表現を用いて、 人間関係における基本的な価値を守る壁のようにそびえ立っています。 それでは人間関係における基本的な価値とは何でしょうか。それはいのちの価値です『注』。だからこそ、「 殺してはならない」のです。 

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高見三明大司教、日本カトリック司教団による「いつくしみの特別聖年」ミサ説教

2015年度「臨時司教総会」開催中の2016年2月17日夕、東京カテドラル関口教会聖マリア大聖堂で、日本カトリック司教団による「いつくしみの特別聖年」ミサが行われました。以下は、高見三明大司教(長崎教区)による、当日の説教です。  

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日本弁護士連合会シンポジウム「安全保障法制の問題点を考える」ーリレートークでの岡田武夫大司教によるスピーチ

岡田でございます。今日、このような機会を与えてくださったことを心から感謝申し上げます。  今日、強行採決が行われた。大変残念に思い、また強い不安を感じております。日本国民として、 またキリスト者としてわたくしは日本国憲法、その平和主義、9条、そして前文を大変、 誇りとして今まで歩んで参りました。カトリック教会は全世界ネットワーク、 いろいろな機会に他の国のかたがたとお会いします。もちろん、アジアの隣国、韓国、フィリピン、中国、 そして遠い国々の人たち、そしていろいろな機会に「日本の平和主義、日本は戦争をしない国、 戦争をしないことを憲法でうたっている。素晴らしい」。それが今、戦争をする国、 戦争をしてもいい国になってよいでしょうか。絶対、それはいけないことであります。 

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平和を実現する人は幸い~今こそ武力によらない平和を戦後70年司教団メッセージ

キリストにおける兄弟姉妹、ならびに平和を願うすべての方々へ  日本カトリック司教団はこれまで、1995年に『平和への決意 戦後五十年にあたって』、また2005年には『「 非暴力による平和への道」~今こそ預言者としての役割を』というメッセージを発表してきました。 戦後70年を迎える今年、ここに改めて平和への決意を表明することにいたします。 

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過去を振り返りながら将来にむけて平和を実現する者になりましょう

2014年の平和旬間にあたり全国の信者の皆さんに挨拶をおくります。 1981年広島を訪れたヨハネ・パウロ二世は言われました。  「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。」(「広島平和アピール」) この教皇の声は33年を経てなお強くわたしたちの心に響いています。戦争ほど悲惨で愚かな所業はありません。わたしたち人類はどんなことがあっても戦争の過ちを繰り返してはならないのです。「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。」 教皇が繰り返し言われたこの言葉を今また思い起こしましょう。 

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信仰と愛 「わたしたちも兄弟のためにいのちを捨てるべきです」(一ヨハネ3・16)

  親愛なる兄弟姉妹の皆様 1. 第22回世界病者の日にあたり、わたしは病気で苦しんでいる人々と、彼らを助け、 気づかう人々にとりわけ目を向けます。今年のテーマは、「信仰と愛 『 わたしたちも兄弟のためにいのちを捨てるべきです』(一ヨハネ3・16)」です。教会は、病者の皆様の中に、 苦しんでいるキリストの姿をとりわけ見いだします。そうです。わたしたちの苦しみのかたわらには、 そしてまさにそのただ中には、苦しんでいるキリストがおられます。 キリストはわたしたちとともに苦しみという重荷を背負い、その意味を明らかにしてくださいます。 神の子は十字架につけられたとき、苦しみに伴う孤独を打ち破り、その闇を照らしました。それゆえに、わたしたちは、 自分たちのために行われた神の愛の神秘に向き合うことができます。その神秘はわたしたちに希望と勇気をもたらします。 希望。神の愛のご計画の中では、苦しみの夜も復活の光に屈するから希望がもたらされるのです。そして勇気。 勇気があるからこそ、わたしたちはあらゆる苦境にもキリストとともに、キリストと一つになって向き合うことができます 。

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平和への道と基盤としての兄弟愛

1 このわたしの最初の「『世界平和の日』メッセージ」により、個人と諸国民を含めたすべての皆様に、 喜びと希望に満ちたいのちが与えられるよう、お祈り申し上げます。実際、 すべての人の心のうちには完全ないのちへのあこがれが宿っています。 このあこがれには兄弟愛への抑えがたい望みも含まれます。兄弟愛はわたしたちを他者との交わりへと駆り立てます。 こうしてわたしたちは、他者を敵や競争相手としてではなく、受け入れ抱き合う兄弟姉妹として見いだすのです。

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教皇ベネディクト十六世の347回目の一般謁見演説

2月13日(水)午前10時30分から、パウロ六世ホールで、教皇ベネディクト十六世の347回目の一般謁見が行われました。この謁見の中で、教皇はまず、11日(月) に表明した辞任についてあらためて述べました。 パウロ六世ホールを埋め尽くした会衆から何度も拍手が送られました。この後、教皇は、この日(灰の水曜日) から四旬節が始まるにあたり「イエスの誘惑と天 の国のための回心」について解説しました。以下はその全訳です(原文イタリア語)。

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「平和への道は命を尊び大切にする道」

今年も「日本カトリック平和旬間」が巡ってきました。1981年2月、教皇ヨハネ・パウロ二世は広島平和記念公園で「 戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死そのものです」で始まる「平和アピール」 を発表されました。これは核兵器の廃止と核戦争の拒否、 そして平和に対する責任をになうべきであることを全世界の人に向けて訴えたアピールでした。 これに応えて日本のカトリック教会は、8月6日から15日までを「日本カトリック平和旬間」と定め、 平和に対する責任を思い、平和について学び、平和のために祈り、平和を求めて行動する特別な期間としたのです。 

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障害のある子どもたち

「今日のあの子はどうしたのかしら。」と私は腹を立て、決まりの悪い思いをして言いました。いつもは積極的な3才の娘は、保育園の授業での全ての誘いに抵抗していました。娘、マディーは落ち着かない様子で指をくわえて、少し違った同じ年ごろの子どもたち…「特別な養護の必要な子どもたち」をぽかんと眺めて立っていました。 

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人間らしく産まれて来る権利

女性間同性愛者でも『彼女たちの』子どもをめぐって争うこともある。実際に妊娠して子どもを産んだ女性と、生殖過程には携わらずに、連れ合いの女性が妊娠することに同意しただけの女性の例である。これは、恋愛関係にあった女性間同性愛者カップルが離縁し、現在5才になる女の子をめぐって係争中という実際にアメリカであった事実である

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正義にいたる真の道

ティモシー・マクベィに対する評決の直後に、地元のラジオ局がデンバーの連邦裁判所から数マイル離れたところで「通行する車による陪審」のようなものを行ないました。文字通り、それは殺人者を処刑する(または電気椅子にかける)ことを望むなら、クラクションを鳴らすというものでした。6月4日、水曜日の終わりまでに、2万4千人以上ものコロラド州の住民がクラクションを鳴らしました。

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2人の息子と帰郷

子供は父親に背いた時、どんなことをするでしょう?まず、父親を避けます。もしこれができなければ、特に母親など、第3者がいることを確認します。怒りに直面した時には、子供は無言作戦をとったり、これがうまく行かない場合には、あらかじめ準備しておいた答えを使います。ふつうは誰か別の人のせいにする、という方法です。一方で父親は子供が自分の非を認めれば、自分はすでに許しているんだよということを言うことができるのに、と思っています。この父親の態度を「許しの父親のたとえ話」として多くの人に親しまれている「放蕩息子」(ルカ 15:1-3;11-32) に見ます。

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