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「アルコールを禁ずる仏教」不飲酒戒

不飲酒戒

 前回触れた生活習慣病に関連して、仏教には「良い習慣」という意味の言葉がある。その言葉は「戒」と漢訳された。仏道修行は戒定慧の三学であり、戒は禅 定を行う前提でもある。在家信者の五戒は不殺生、不偸盗、不邪淫、不妄語、不飲酒だ。このように仏教では五戒の五番目に不飲酒があり酒を飲むことが禁じられている。しかし仏教以外の古い禅定における五戒では不飲酒のところは不貪になっているようだ。仏教では所有欲を制御することよりも酒を飲まないことの方を重要視したのだ。ある仏弟子が酒に酔いつぶれて醜態をみせたことが飲酒を禁ずる発端となったらしい。飲酒そのものを罪悪とする説もあるが、持戒の妨げになるから悪いとする説もある。『長阿含経』に釈尊が晩年にパータリプトラ(現在のパトナ市)で五戒の一つとして不飲酒を説いた記述がある。同経の他の部分に飲酒の六失が次のように説かれている。「一には財を失い、二には病を生じ、三には闘争し、四には悪名流布し、五には恚怒暴生し、六には智慧日に損す」とある。飲酒は戒定慧の修行に有害だから禁じられたのだろう。飲酒して精神統一はできない。逆に禁酒のためには心の制御が必要だから、禅定が役に立ちそうだ。

アルコール依存症

 アルコール依存症では、仏教でいう渇愛の如く、飲酒への強烈な欲求がある。前述の六失のような精神的・身体的・社会的問題が生じて悪化しても断酒しない。これらの精神依存に加えて、身体依存がある。アルコール依存症では飲酒を中止すると幻覚やケイレン発作などの症状が出現することがあり、これらの症状の集まりをアルコール離脱症候群という。さらに飲酒での酔いが減弱する状態をアルコール耐性という。そして精神依存、身体依存、耐性の三つがアルコール依存症の特徴だ。自分の飲酒問題を認めないこと(否認)も多い。

 アルコール離脱症候群には早期離脱症候群と後期離脱症候群の二つがある。早期離脱症候群は最終飲酒から六〜十時間ごろに手指の震え、突然の発汗、寒気などで始まり、不安、焦燥感、脱力感などの精神症状、一過性の幻覚、けいれん発作などが出現し、二十時間頃に最高潮に達する。発熱、動悸、嘔気、嘔吐、下 痢、不眠などもみられる。後期離脱症候群は飲酒中止から三、四日後に多くみられ、粗大な振戦と興奮および幻視や幻聴を伴う意識障害で振戦せん妄とよばれる。幻視は小動物視が多い。アルコール依存症では早期離脱症候群を軽減する目的で更に飲酒するようになるので、朝酒や昼酒など連続的な飲酒が常習化する。

アルコール離脱


 アルコールと一部共通する働きがあってアルコール離脱症状の予防に有効な抗不安薬の種類がある。この種の薬を用いることで安全にアルコール離脱ができる。特に振戦せん妄への移行を止めるためには強い薬の大量使用が必要だ。このような医学的管理を受けずに無理な断酒を行うと離脱症候群の為に生命の危険が生ずることもある。離脱けいれん発作も多くは3回以内で治まるようなので、薬は短期間で減量できる。アルコール離脱の際にビタミンB1欠乏による脳障害(ウェルニッケ脳症)発症の可能性があるのでビタミンB1を加える必要がある。アルコール関連の身体障害には肝障害、胃・十二指腸潰瘍、糖尿病、膵炎、多 発神経炎、ウエルニッケ脳症、脳萎縮などがあり、大量飲酒で栄養障害が重い場合にウェルニッケ脳症や痴呆状態が出現しやすい。

断酒の継続

 離脱症状が改善したら、次は断酒の継続が重要となる。このための補助にシアナマイドやジスルフィラムという抗酒薬があるが、使用する場合には作用を理解する必要がある。理解して用いれば心理的抑止効果も期待できる。抗酒薬は肝臓でのアルデヒドの分解を抑え飲酒時の血中アセトアルデヒド濃度を上昇させる。抗酒薬を服用中にアルコールを摂取すると顔面潮紅、血圧下降、悪心、頻脈、めまい、呼吸困難、視力低下等の急性アルコール中毒症状が出現する。抗酒薬は一週間飲んだ後に飲酒試験を受ける。医師の管理下に平常飲酒量の十分の一を飲んで、その結果で用量を調整して維持量を決めてもらう。
 
断酒会やAA(無名のアルコール依存症者達)等の自助グループがある。地域の断酒会等六百五十団体が加盟して全日本断酒連盟が組織されている。AAは非組織、匿名、献金制であるのに対して、全日本断酒連盟は組織化、非匿名、会費制のようだ。

 全日本断酒連盟のホームページをみると高野山での一泊研修会も行われている。弘法大師の御遺告にも「長阿含経に曰く、飲酒に六種の過あり等と云々」等とあり酒を禁ずる理由であるとしている。日本の神々やキリスト教では酒類を用いるが仏教ではアルコールは禁じられているのだ。

Tanaka Masahiro (タナカ マサヒロ)
田中 雅博(1946年ー2017年3月21日)
坂東20番西明寺住職・普門院診療所内科医師
出典 藪坊主法話集
2003年9月掲載