日本 プロライフ ムーブメント

幹細胞に関する基礎

昨年8月、ブッシュ大統領は、限定数の既存のヒト胚性幹細胞株に関する研究をサポートする目的で、連邦資金の使用を承認した。この決定に対する反応は実に様々であった。胚性幹細胞研究の擁護者が、連邦資金の使用を一定数の細胞株に限定することは科学の進歩の妨げになると議論する一方で、胚性幹細胞の使用に反対する人たちは、ヒトの胚に由来する細胞を使用することは道徳に著しく反すると主張している。大統領が設定した制限を広げようという圧力が高まることは明らかであるが、その一方で、胚性幹細胞の研究に反対する人々がその倫理的立場を変えないだろうことも同様に明白である。 

残念なことに、この問題に関する議論の多くは、医学的に重篤な状態の患者を治療したいという願望と、アメリカ人の多くが心の奥深くに持つ道徳的信条との戦いという感情的な根拠に端を発したものとなっている。このような議論では、科学的事実が無視されたり、その位置づけが誤って行われていることが多々ある。ヒトの胚性幹細胞の研究について、正しい情報に基づいた見解に到達するには、胚性幹細胞とは何か、胚性幹細胞は医学的治療に有効か否か、科学研究において胚性幹細胞の使用に代わる実用的な代替案はあるのかという点について明確に理解することが重要である。 

胚の発達は、生理学的過程の中で最も興味深いもののひとつである。新たに受精した卵は、成熟した動物を構成するすべての組織を生成するだけでなく、それらを機能的にまとまった個体へとして統合するという極めて難しい変化の過程を辿ることになる。様々な種類の成体細胞を生成する能力は、胚性細胞に限ったものではない。奇形嚢胞と呼ばれる腫瘍の一部も成体細胞の生成を得意としているが、胚とは異なり、これらの腫瘍は一定の法則や設計図に従わずに成体細胞を生成する。これらの腫瘍は、皮膚、骨、筋肉、時には毛髪や歯といった組織を無秩序な塊として短時間で形成していく。特定の成体細胞の形成を誘発するために必要な信号の多くは、腫瘍細胞中に存在していると考えられるが、胚の場合とは異なり、腫瘍は無計画かつ無秩序に成体細胞を生成する。 

胚の発達の結果が無秩序な組織の塊とならない以上、胚には成体細胞の生成以外の役割があるはずである。胚は、複雑な組織の生成段階を統制、指揮し、機能的な組織の発達を促す。胚は、細胞を集団として集めた後、それらを再び分割、形成、成型して器官を作るという複雑な細胞の動きを指揮する他、一時的にのみ胚の機能を発揮する他の細胞を破壊しながら、より精密な相互作用組織を構築しなくてはならない。胚の発達において休みなく続けられる構築、移動、再形成を通じて、独自の性質を持った新しい細胞が絶え間なく生成され、発達中の胚の構造に組み入れられる。胚の発達の元になる設計図の本質を根本的に理解するための唯一の手段が科学なのである。さらに、最近の研究により、特定の成体細胞の生成方法ならびにその発達における幹細胞の主な役割が明らかになりつつある。 

「幹細胞」という言葉は、分裂し、2つの子孫(いわゆる「娘細胞」)を生成する細胞の総称である。これら2つの娘細胞のうち1個は新しい組織になり、もう1個は元の幹細胞に置き換わる。その意味では、「幹」という言葉は、より分化が進んだ他の細胞の起源または原物を意味している。発達のさまざまな段階において、体内には多くの幹細胞が存在している。例えば、脳細胞はすべて神経幹細胞に由来しているが、その過程では各細胞が、分裂のたびに脳細胞とその細胞自身のコピーを1個ずつ生成している。受精卵から分裂したばかりのごく初期の幹細胞は、胚性幹細胞と呼ばれ、その後の分裂によって誕生し、特定の組織を形成する幹細胞(神経幹細胞など)とは区別される。これら初期の胚性幹細胞は、体を構成するすべての組織の元になるため、「全能性」、すなわちどんな組織でも生成する能力があると考えられている。 

初期胚性幹細胞の存在は、以前から評価されてきたが、これらの細胞を医療に応用する可能性が注目されるようになったのは、最近のことである。受精卵が分裂した直後の初期細胞同士の結合を断ち、細胞を1個ずつ培養液で保存する方法は、十数年以上も前に発見されている。分離されたこれらの細胞(胚性幹細胞の「株」)は、培養中で無限に分裂を繰り返す。1個の細胞株は、膨大な数の細胞を極めて速いスピードで生成する。例えば、最大限増幅した小型のフラスコ1個分の細胞から、60日未満で全人類に相当する重量の幹細胞を生成することができる。しかし、分化のスピードが速いにも関わらず、培養中の胚性幹細胞では、奇形嚢胞の増殖と胚の発達とを区別する調整作用が失われている。事実、培養において増殖したこれらの初期胚性細胞は、同一で相対的に特徴の少ない細胞の集合のように思われた。 

しかし、その第一印象は誤りであった。適切な分子信号が与えられた場合、分離された初期の胚性細胞には培養内で驚くべき数の成熟細胞を生成する能力が存在することが、まもなく発見されたのである。特定の種類の細胞形成を誘発する信号の発見は、難しい課題として現在も研究が続けられている。胚性幹細胞から生成された細胞の詳しい性質を割り出すことが現在、論議の的になっている。例えば、培養中において正常な脳細胞の特徴の一部を発現している細胞が実際に「正常」かどうか、すなわち機能的に完全で、不都合な特徴(悪性化など)を生じることなく、脳細胞の一部になれるかどうかは全くわからない。にも関わらず、培養した胚性幹細胞がその全能性を維持し、体内を構成するあらゆる種類の成熟細胞を生成できるという考えが広まっているために、分離した細胞の生成力の発見に大きな期待が寄せられている。培養した胚性幹細胞の全能性は立証されておらず、事実、その証明も難しい。しかしながら、培養中の胚性幹細胞が胚の中の場合と同じ全能性を保持すると推測するのも無理からぬことであり、そうではないと証明されるまで、多くの人が信条としてこの考えを信じることになるだろう。 

胚性幹細胞を巡る議論の多くは、医療研究にヒトの胚を使用することに伴う倫理的、道徳的問題が中心となっている。これらの医療研究に対して大衆の意見が分かれている一方で、科学的見地からは、この問題について議論の余地は全くあるいはほとんどないという考え方が普及している。幹細胞研究の科学的利点は「明白である」という考えが一般的であり、科学団体は「満場一致」でこの考えを支持している。しかし、この考えが正しいとは限らない。胚性幹細胞を医療に応用する可能性と科学的利点に対しメディアから大きな注目が寄せられている一方、それと同じぐらい重要な問題にも関わらず、胚性幹細胞やその派生細胞を患者に移植することの科学的・医学的弊害については無視されている。 

病気や傷害の治療として胚性幹細胞を使用することについて、科学的観点から無視できない問題が少なくとも3つある。第1は、ある人に由来する細胞を別の人に移植することに伴う重大な免疫の問題である。臓器移植に伴う危険性と合併症の問題は、胚性幹細胞にも当てはまる。ドナーと患者の「適合性」が高ければ、移植された細胞や組織に対する拒絶反応はある程度抑えられるが、一卵性双生児(完璧に適合)の場合を除き、移植された細胞は、免疫による破壊の対象になるだろう。臓器移植と同様、幹細胞の移植は、「治癒」を約束するものではなく、延命効果が期待できるだけである。ほとんどの場合、この延命効果も、免疫系の永久的な抑制に膨大な費用を投じて初めて得られるものなのである。 

免疫の拒絶反応という問題への解決策として提示されている方法は、科学的に疑わしい、社会的に認められない、あるいはその両方である。免疫特性を操作し、患者への適合性を高めることを目的とした胚性幹細胞に関する大規模な遺伝子工学が科学者たちによって提案されている。この操作は、簡単なことではない。現在のところ、その実現はおろか、一人一人の患者に対する安全性や実行性も全くわかっていない。遺伝子工学によって胚性幹細胞に遺伝子突然変異が生じるリスクも同様で、こうした突然変異を移植の前に検知することは難しいと考えられる。 

その代案として、「治療のためのクローン作成」が提案されている。クローン作成では、元の幹細胞の遺伝子情報を患者の遺伝子情報と置き換えることで、患者の胚のコピー、いわゆる「クローン」を生成する。次に、このヒトのクローンを移植用の幹細胞の元として育成する。動物のクローン実験を通じて今日までに明らかになっている科学的データから、このようにして生成された「治療用」クローンは異常化する可能性が高く、健康な組織の代用とすることは難しいと推測される。 

最後の解決策として提案されているのが、移植用に大型の胚バンクを作ることである。この場合、収集の「穴」を埋めるために、特定の免疫特性を持つヒトの胚の形成が行われること(「求む:血液型AB+の精子ドナー」)は明らかである。しかし、科学的・医学的使用のためだけに多数のヒトの胚を意図的に生成することに賛成する人はまずいないだろう。このように、免疫の問題に対して提案されている解決策は、3つとも問題解決に全く役立っていないのである。 

胚性幹細胞の使用に反対する科学的議論の2つめは、胎生学に関する我々の知識に基づいている。ニューヨークタイムズに発表された意見記事(「幹細胞研究のアルケミー」、2001年7月15日)において、著名な幹細胞研究家であるデビット・アンダーソン博士は、細胞をペトリ皿に付着させるための「ごくありふれた化合物」の見た目にはわずかな変化が、幹細胞を神経細胞として分化させるために重要であると指摘している。アンダーソン博士は、幹細胞が発達するには、釈然としない例外ではなく一定の法則があると主張している。胚性細胞の正しい分化に必要な要素の多くは、簡単に「ペトリ皿の煮えたぎる泡に放り込めるものではない」。それどころか、これらは、胚の複雑な環境に独自の影響を与える構造的あるいは機械的要素なのである。 

細胞には、適切な遺伝子を活性化し、正常な遺伝子発現パターンを維持するために、機械的張力、大規模な電場、周辺の胚による複雑な構造環境などの要素がしばしば必要となる。ペトリ皿内の胚を取り巻く環境を構成するこうした非分子的要素を完全に再現することは、現在の実験科学の粋を越えているばかりか、近い将来にも実現は難しいと思われる。「忍耐、熱意、この研究を支援するための資金」をもってしても、胚性幹細胞が「我々が望むことを」行うために必要な非分子的要素を培養皿に再現することはできないだろう。 

正常な発達に必要な信号をすべて再現できない場合、その結果は悲惨なものになるだろう。すべてではなくても、胚性幹細胞の分化に必要な要素を一部でも用意することができれば、(「正常な細胞」の構成要素に関する科学者の限定的な知識に基づいて考えた場合)正常と思われる細胞を簡単に生成できるだろうが、実際には極めて異常となる場合が多い。分化が不完全な細胞を移植することは、患者に異常な特性を導入するという深刻なリスクにつながる。これは、胚性幹細胞の潜在的な腫瘍形成特性から見て、特に問題となる点である。移植した何百個の細胞のうち、1個が分化のための正しい信号を何らかの理由で受け取れなかった場合、その患者は、治療過程において分化が不完全な胚性幹細胞を少数与えられることになる。たとえ少数であっても、胚性幹細胞は、成長が早く、致命的な腫瘍になることも多い奇形嚢胞を生成する。(事実、動物におけるこうした腫瘍の形成は、胚性幹細胞の「多能性」に関する科学的調査のひとつで確認されている。)現在の品質管理では、現実に起こりうるこの恐ろしい可能性を防止するには不十分である。 

ヒトの胚性幹細胞の使用に反対する最終議論は、確固たる科学的実務に基づいたものである。我々は、ヒトを対象にした実験への移行を保証できる十分な根拠を動物試験から得ていない。ヒトの初期胚の道徳的・法律的位置づけについては、活発な議論が交わされているが、この議論は、人間に対する(場合によっては人間が参加する)試験を開始する前に動物試験から有力かつ再現可能な根拠を得る必要がある科学や医学が、その規範実務から外れることを正当化するものではない。胚性幹細胞研究の「将来性への期待」が大きく取りざたされているが、この期待を裏付けるデータは多分に不足している。 

これまでのところ、胚性幹細胞から生成された細胞が動物の成体に安全に移植され、傷害または病気に冒された組織の機能を回復できるという根拠は見つかっていない。医学的治療の開発に通常求められる(実際には法的に必要な)科学的精密性を完全に無視しない以上、ヒトの胚を使う研究は進められないだろう。遺伝子治療に関する研究で落胆した経験を思い出し、高い評価を受けている科学技術も期待されている結果を残せない場合が多々あることを忘れてはならない。「将来性」を無邪気に信じる余り、科学的根拠の必要性を恣意的に放棄することは、科学の面でも公共資金の利用の面でも不適切な行為である。 

胚性幹細胞の潜在的利用価値には重大な制約があるにも関わらず、有効な代替案がない限り、この研究に賛成する意見はかなり強力なものになるだろう。しかし、代替案が見つからないとも限らない。最近2、3年で、成体幹細胞の研究が大きく進歩した。成体幹細胞は、患者の生体組織から再生し、培養によって成育し、さまざまな種類の成熟細胞に分化することができる。 

胚性幹細胞の代わりに成体幹細胞を使用することの科学的、倫理的、政治的利点はきわめて大きい。成人の患者本人の組織に由来する細胞を使う場合、免疫拒絶反応の問題は完全に回避できる。成体幹細胞は奇形嚢胞を形成しない。成体幹細胞を治療に使用することは、倫理的にほとんど問題がなく、ヒトの胚の使用に伴う激しい政治的な意見対立を未然に防ぐことができる。病気に冒された患者に由来する細胞はそれ自体が異常ではないかという懸念の多くは、根拠のないことである。人間の病気のほとんどは、傷害や異物(有毒物質、細菌、ウイルスなど)が原因で発生し、治療しない場合、成体幹細胞と胚性幹細胞に同様に影響が及ぶ。病気の原因が遺伝的要因という稀なケースでも、多くの場合、病気が発症するのは、比較的高齢になってからである。遺伝的疾患が高齢になって発症するということは、その病気が新たに代用として生成された細胞において再び発症するまでに数年、あるいは数十年を要するということになる。 

成体幹細胞の利点が明らかであるにも関わらず、その使用が反対されるのはなぜだろうか?第1の理由は、成体幹細胞は、胚性幹細胞と比較して培養が難しく、大勢の患者を治療するために必要となる大量の細胞を生成できない可能性があるという点である。しかし、これは次の2つの理由から大きな問題ではないと考えられる。第1に、培養中の細胞の分化速度を上げることは技術的な問題のため、科学の進歩によってこの問題は将来的に解決できると思われる。事実、成体幹細胞の分化速度の増加については、すでにかなり技術が進歩している。第2の理由として、患者本人の組織に由来する細胞を使用して個々の患者を治療するため(「自己移植」)、大勢の人を治療するために必要な数の細胞を用意しなくてもよいことが挙げられる。細胞の分化速度が遅いことは、1人の患者の治療に必要な代替組織を生成する上で問題にはならないと考えられる。 

成体幹細胞に関するさらに深刻な懸念は、1個の成体幹細胞から何種類の成熟細胞を生成できるかが明らかになっていないことである。アンダーソン博士はこう述べている。複数の研究において、これらの〔成体〕幹細胞に関し、適切な環境であるにも関わらず発達途中での転換の可能性が示唆されているが、ほとんどの場合、この可能性は不確かなものである。」このようなわずらわしい制約の存在は、成体幹細胞に限ったことではない。アンダーソン博士は、科学的技術によって胚性幹細胞に特定の発達を誘発できるとする根拠も同様に不確かなものである、と続けている。理論的には、(胚の発達環境において)人体を構成するすべての組織を生成する能力が明らかになっている胚性幹細胞を利用するほうが適切なように見える。しかし、実際には、年齢に関わらず「我々が望むことを」培養において胚性幹細胞に実行させることは極めて困難なことなのである。 

成体幹細胞の治療による有効性への期待が胚性幹細胞に対する期待よりも小さいのは、成体幹細胞には「限界があり」、したがって、様々な種類の成熟細胞を生成できないためであるという主張に対し、重要な反対意見が2つ提示されている。第1の意見は、現段階で、成体幹細胞が胚性幹細胞より限局的であるかどうかは明らかになっていない、というものである。成体幹細胞の研究分野は、胚性幹細胞の研究分野ほど進んでいないことに配慮してもらいたい。胚性幹細胞に関しては10年以上も前から研究が進められているが、成体幹細胞の研究が始まったのは、ほんの2、3年前である。ごく少数の例外を除き、成体幹細胞の研究では、調査の同じ段階において、胚性幹細胞より成体幹細胞において同等あるいはそれ以上の将来性が認められている。さらに研究が進めば、子犬(胚性幹細胞)に訓練を行うのも老犬(成体幹細胞)に新しい技を教えるのも大差ないことが証明されるだろう。犬(幹細胞)に有益なことをするよう教える時の根本的な問題を解決することにはならないが、幹細胞の世界における「年齢差別」の正当性を排除するには有効となるだろう。 

第2の反対意見は、さらに基本的なものである。成体幹細胞が体内の全種類の細胞を生成できないとしても、その事実は、科学および医療において大きな利点になると考えられる。胚の発達過程は、可能性と特定組織への分化という矛盾の繰り返しである。胚性幹細胞には、いかなる組織にもなる可能性があるが、そのままでは特定の機能を持たない。胚性幹細胞が特定の組織に分化するには、その組織に分化することが選択され、他の組織に分化できる可能性が制限されなければならない。分化に必要な段階が多いほど、培養においてこうした段階を再現するための科学的課題も多くなる。現時点で我々が有している発生学に関する知識では、これらの段階をすべて正確に理解するにはほど遠い。成体幹細胞には無限の可能性はなく、限定的な分化しかできないと判明されたとしても、成体幹細胞は少なくともその最終状態まで進んでいることから、培養内で再現しなくてはならない段階の数も減少する。成体幹細胞の発達は、科学者ではなく自然によって定められるという事実から、生成される細胞の正常性について大きな自信を持つことができる。 

さまざまな種類の成体組織を形成する能力を持った複数の成体幹細胞集団が存在すると考えられるが、ひとつの細胞集団がすべての組織を形成できるわけではない。こうした制約は、一部の科学企業にとって極めて不都合なものとなるかもしれない。しかし、「発達の可能性」におけるこうした制約は、疾患や傷害の治療に成体幹細胞を利用することの可能性を限定することにはならない。体のすべての臓器を交換するために病院を訪れる人はまずいないだろう。心臓病の患者が心臓の成体幹細胞によって治療されるのであれば、「心臓にしか分化しない」幹細胞が腎臓を形成しないことも、その患者にとっては問題とならない。 

幹細胞研究の分野は、疾患や傷害の治療において、大きな将来性を期待させるものだが、その可能性は無限というわけではない。胚性幹細胞を疾患や傷害の治療に用いるには、科学的な面で超えがたい難題が存在している。一方、成体幹細胞の研究も同様に大きな将来性を期待させる上、ヒトの胚を研究に使用する場合に生じる社会的、倫理的、政治的な問題は回避できるという利点もある。年齢に関わらず医学的治療に幹細胞が用いられるようになるまでには、さまざまな取り組みが必要である。したがって、長期的に見て成功の可能性が高い研究にリソースを投入することが、唯一の現実的な方法と考えられる。胚性幹細胞の使用に伴う重大な問題および成体幹細胞の比較的自由な将来性を考えれば、ヒトの胚に関する研究への公的資金投入について科学的観点から議論を行う必要はなくなるはずである。 

Condic, Maureen L. (カンヂク・モーリーン)
Copyright © 2003.11.23
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