日本 プロライフ ムーブメント

「いのちだいじに」—いのちの行進  #4  

『いのちが自然にうまれるところ』が真の科学者べシャンの居場所。
アントワーヌ・べシャンが公式デビューを果たした真夏の「いのちの行進」が終わりました。猛暑の中ご参加いただいたみなさま、ならびにクラウドファンディングにご支援いただいたみなさま、この場を借りて御礼申し上げます。真の科学者としてのべシャンの名誉を回復するための運動は着々と歩みをすすめています。次の「いのちの行進」は助産院から出発します。”いのちが自然に産み落とされる”場所が、わたしたちのマーチの母体になります。助産院には自然に産み落とすためのメソッドがたくさんあります。しかしパスツールを起源とする現代の科学は助産院に蓄えられた知識をすべてエセ科学とみなします。パスツールが目の敵にしたべシャンがもし失脚していなかったら、助産院は科学の殿堂だったでしょう! 

150年前、二つの”科学の夜明け”がせめぎ合っていました。パスツールとべシャン。二人はライバルでしたが、常に先んじていたのはべシャンで、後塵を拝したパスツールは世俗権力を味方に巻き返しを図りました。けっきょく勝者はパスツールで、彼の理論が近代科学の”唯一の”土台となる一方、べシャンは業績を封印され静かにピッチから退場しました。資本主義のイデオロギーとなったパスツールの科学は、神聖である「いのち」の領域への介入を拡大しつづけます。生殖補助医療は男女の役割や人間のあり方を劇的に変えてきましたが、その行き着く先が”人工子宮”でしょう。これがビジネスとして当たり前になる未来

が到来すれば「母の胎」が無用の長物となります。いのちの担い手だったおかあさんが不要になります。工場で子どもを計画的に生産する人工子宮を促進する科学がパスツールなら、馬小屋のマリアのお産にならい「時が満ちる」のを待つ自然出産を促進する”エセ”科学がべシャンです。150年前に遡って、べシャンの理論が”エセ”ではなく正当な科学であると評価を覆す必要があります。産んでくれたおかあさんへの感謝と愛惜の念を人類が忘れ去ることがないように。

Masaaki Ikeda(イケダ マサアキ)
池田正昭
「いのちの行進」(マーチ・フォア・ライフを改名)実行委員会 代表
出典 「いのちだいじに」2023年8月15日発行
2023年8月22日 掲載許可取得