ある二人部屋の病室を訪問したときの話です。一人は、80歳代の女性で、もう一人は60歳代後半の婦人でした。 両者を仕切っているカーテンは開かれており、後者の女性はベットの上に正座して考え事をしているようでした。 私がお見舞いに伺ったと言って病室に入ると、彼女の方から話しかけてきました。
「この隣のおばちゃんを見ていると考えさせられます。私には娘二人がいますが、娘には『 こんな時代だから親に頼らないで自分たちで自立できるようになりなさい』と言ってきました。 親としても子供がそうできるように努めてきました。私自身も子供に頼らなくてすむように65歳まで働き、 年金だけで生活できるようにと頑張ってきました。今はこうして入院しても、 子供に頼らなくても経済的には心配ありません。でも、隣のおばあちゃんを見ていると、何か自分が淋しいと思います。
おばあちゃんの主人は戦争で戦死されたそうです。 残された家族を養うためにおばあちゃんは毎日畑や田んぼで働くばかりの生活で、 子供の面倒は全く見てやれなかったそうです。それでも、子供はちゃんと成長し、 今はそれぞれ独立して生活できているそうです。仕事は、畑や田んぼの農業だったので年金はないに等しいそうです。でも 、おばあちゃんは、安心した様子で眠っています。入院費は子供が払ってくれるそうです。それだけではありません。毎日 、子供が代わる代わる来て、おばあちゃんに声をかけていきます。消灯台の引き出しを開けて、 何か足りないものがないかどうかも見ていきます。おばあちゃんの財布のお金がなければ、お金を入れて帰ります。
このおばあちゃんは、全部子供の世話にならないと生きていけません。私は、 そんな肩身の狭い境遇にならないようにと考えてやってきました。今は、そのように出来ています。 娘にも世話にならずにやっていけます。しかし、このおばあちゃんを見ていると、 自分のこれまでの生き方でよかったのかと考えさせられます。自分は、このおばあちゃんに比べて淋しいなと思います。 どう思われますか。」という内容でした。
私はこの人の話を聞いて、病気は私たちに《生きる意味(存在の意味)》 を根本的に問い直す機会を与えてくれるものではないかと思うようになりました。我々は何かに意味を感じて、 生き方を選択しています。この生き方を、本来人生の節目、節目に、《生きることの意味》 から問い直す必要が私たちにあるのでしょうが、現実には生半可なもので終わってしまいがちです。私たちの思慮深さも、 経験からの知恵も、充分に見通すことが無理なのです。病気は、そんな私たちの生き方を、 根本からもう一度問い直させる機会を与えてくれるものではないでしょうか。 自分の存在が壊れるような危機にあるときほど不安は大きくなりますが、問い直しは深いものになる可能性をもっています 。
アッシジのフランシスコも、ペルージアとの戦争に従軍し、その戦いに敗れ捕虜となり、病気になりました。そこで、彼は 、回心の第一歩を踏み出したのでした。病気になって、自分のそれまでの生き方、《生きる意味(存在の意味)》 を根本的に問い直そうとしたのではないでしょうか。自分は何処から来て、どこへ行くのか。元来、 感受性の豊かな人だったでしょうし、回心には神からの呼びかけも関係しました。しかし、人間の魂には、《生きる意味》 を根本から問い直させる役割がもともと与えられているように思われます。
Fujiwara Akira (フジワラ アキラ)
藤原 昭
藤原神父の部屋
「生と死の医療現場で考えさせられたこと その4」
2010年3月9日掲載
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