日本 プロライフ ムーブメント

白か黒か?

怒りは神からのプレゼントです。人間になくてはならないものの一つです。生き延びるためにも体と感情が成長するためにも必要な反応なのです。ほんとうの自分を成長させるために怒りを活用しましょう。上の文章は、リサ・エンゲルハート他著・目黒摩天雄訳『怒りセラピー』( サンパウロ、2012 年 ) という小さな冊子の書き出しである。

いうまでもなく、怒りは基本感情の一つで、動物が進化の過程で獲得してきた生き残るための素早い情報処理と反応を引き起こす仕組みの一つである。基本感情としては他に、悲しみ、喜び、驚き、恐怖、嫌悪などがある。怒りはその中でも原始的な感情で、自分の縄張りが侵されることによって、そのプログラムが起動し、攻撃などの反応が引き起こされる。よって、冒頭に引用した文章のように、私たちが生き延びるために神様が与えてくださったという説明は説得力がある。

ところで、問題は、引用文章の最後にある「怒りの活用」である。ついさっき述べたように、怒りの感情は、攻撃などの反応を引き起こす。この「など」の部分に注目したい。

古典的な理論としては、アメリカの生理学者キャノ ン (Cannon, W.B.) が 提 唱 し た「fight-or-flight response」がある。これは、日本語では、「闘争か逃走か」と訳される。つまり、動物は怒りや恐怖といった感情が起こった場合、闘争する ( 攻撃する ) か 逃走する ( 逃避する ) かのどちらかを選ぶというのである。

ところで、怒りの感情を掌る脳は扁桃体という小さな部分であるが、その後、どのような行動をとるかを掌る脳は前頭前野という部分であることが知られている。大脳に占める前頭前野の割合は、進化した哺乳動物ほど大きく、人間の場合、30%近くを占めている。因みに、ネコで 3.5%、イヌで 7%、サルで 11.5%、チンパンジーで 17%であるという。いかに人間の大脳に占める前頭前野の割合が高いかわかる。

したがって、人間の場合、怒りという感情が湧いた場合、「闘争か逃走か」という反応以外にも取り得る選択肢がある。もちろん、攻撃に出てしまうこともあるし、忘却したり逃避したりといった単純な反応に出ることもあろうけれど、たとえば、自分に怒りを生じさせた相手と冷静に交渉したり説得したりすることもできる。あるいは、自分を怒らせた相手以外の誰かに相談したり、援助を要請したりすることもできる。このような交渉、説得、相談、援助要請はすぐれて人間らしい反応であり、その人を成長させる。まさに自分を怒らせた人を通して与えられる神からのプレゼントだ。

次に、別の角度からも怒りの話をしてみたい。それは、そもそも私たちはなぜ怒るのかである。それは、私たちがそれぞれ様々な思考の癖を持っているからだ。一つだけ例をあげておくと、「all-or-nothing」的な思考である。何事も「白か黒か」「正しいか正しくないか」を決めなければ気が済まない思考の癖のことである。このような思考の癖 ( 特性 ) を持っていると、それをはっきりさせない人たちに怒りを抱きやすい。

実は世の中で起こっている出来事は、「白か黒か」「正しいか正しくないか」、あるいは「善か悪か」といった二者択一で割り切れるようなことばかりではない。それどころか、世の中は、殊、人間関係のこじれ等は、一方が「白で正しくて善」であり、他方が「黒で正しくなくて悪」であると割り切れることは、ほぼない。どちらにも考慮されなければならない事情というものがある。つまり、白でもなく黒でもないグレーなゾーンがある。そして、神様のプレゼントは白にも黒にも隠されてはいない。それらは人間の目に見えているものだからだ。神様からのプレゼントは、グレーゾーンにこそ隠されている。神様はここから何かを探し出せと仰っており、教育とはここを見つめる営みである。

Ooya Masanori(オオヤ マサノリ)

大矢 正則

東星学園校長

「東星学園だより VOL.22」(2022年9月28日号)

2022年9月27日掲載許可取得

2022年12月7日掲載