大きな漁船が軽々と陸地に運ばれ、車や民家が木の葉のように押し流される光景をテレビで見て思わず息をのんだ。3月11日の東日本大震災である。震災によって引き起こされた福島第一原発の事故は放射能汚染の恐怖を拡散している。
何もかも一瞬のうちに失った被害者たちの苦難を想い、亡くなった無数の犠牲者の霊を悼みながら、わたしは聖書の一節を思い出していた。聖パウロは書いている。「あなたがたを襲った試練は、何一つとして人間に耐えられないようなものではありませんでした。神は信頼に値するかたです。耐えられないような試練にあなたがたを遭わせるようなことはなさらず、むしろ、耐えることができるように、試練とともに抜け出る道をも用意してくださるのです」(1コリント10,13)。
連日報道されているように、未曾有の試練にもかかわらず、被災者たちはもちろん、日本中が被災者の救援と破壊された街の復興のために立ち上がっている。何よりも、すべては自己責任だと言って顧みない無縁社会の進行が心配されている日本が、目に見える大災害に遭遇してにわかに社会責任に目覚め、悲しみや苦しみを分かち合って助け合う姿を見せている。豊かさの中で贅沢三昧に生きる無縁社会よりも、たとえ乏しくともお互いを大切にして尽くし合う社会がはるかに尊いのではないか。
長年培ってきた防災計画が想定外の自然の脅威に打ちのめされ、安全を唱えまた信頼してきた原子力発電所が地震や津波によって損傷を受け、放射能被害の拡大が心配される状況の中で、科学技術の限界を謙虚に自覚すると同時に、真に人間社会に貢献する科学技術であるべく励むよい機会であろう。
他方、政治や経済もいま新たな試練に直面し、本当の意味で政治や経済の使命が何であるかを学び直すよい機会である。想定外の巨大な自然災害がこれからの日本のあり方を考える良いチャンスであることは間違いない。
いずれにせよ、天災(物理的悪)や人災(道徳的悪)を含めて、この世界に起こる悪や災害は、決して望ましいものではないが、しかし、神がそれを容認されることについて、教会は、神は悪から善を引き出すことができるからである、と教えてきた。人間は試練の中で成長し、よりよい世界を築いてきた。聖アウグスチノは、「全能の神は、最高に善であられるので、悪からでも善を引き出すほどに力ある善いかたでなかったとしたら、その業のうちに何らかの悪の存在もゆるさなかったはずです」と言った。今回の大震災が、日本の、そして世界の好ましい成長と発展に寄与することを切に祈るものである。
しかし、そうは言っても、数え切れないほどの多くの死者や行方不明者については何と言うべきであろうか。彼らには生活を改善するなどの余地は全くないのである。そこで問題は、「死とは何なのか」、「死後の世界に何らかの意味があるのか」が問われなければならない。この問いに対するキリスト教の答えはこうである。
人間はすべて、その仕方がどうであれ、死に定められており、自力では逃れようがない。だから人間は「救い」を必要としている。そして神は、人間の死を望まず、生きることを望み、独り子を救い主として世に遣された。「神は、その独り子を与えるほど世を愛した。それは、子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠のいのちを得るためである」(ヨハネ3,16)。世に遣わされた子は、人間となり、十字架の死と栄光の復活をもって人類の罪をあがない、いのちへの道を開いてくださった。キリストは言われた。「わたしは復活であり、いのちである。わたしを信じる者は、たとえ死んでも生きる」(ヨハネ11,25)。
では、キリストを知らず、信じることもなかった人は救われるのか。第2バチカン公会議は、ユデア教徒やイスラム教徒の救いについて述べた後、断言する。「救い主はすべての人が救われることを望みたもうのであるから、影と像のうちに知られざる神を探し求めている他の人々からも、神はけっして遠くはないのである。事実、本人の側に落ち度がないままに、キリストの福音ならびにその教会を知らずにいて、なおかつ誠実な心をもって神を捜し求め、また良心の命令を通して認められる神の意志を、恩恵の働きのもとに、行動をもって実践しようと努めている人々は、永遠の救いに達することができる。また本人の側に落ち度がないままに、まだ神をはっきりと認めるには至らないが、神の恩恵に支えられて正しい生活を身につけようと努力している人々にも、神はその摂理に基づき救いに必要な助けを拒まれることはないのである」(教会憲章16)。
キリストを知らない人々を神がどのような仕方で救ってくださるか、わたしたちには知らされていないけれど、大震災の犠牲となったすべての人の救いを確信して、その「永遠の安息」を祈ることができるし、また祈らなければならない。
Itonaga, Shinnichi (イトナガ ・ シンイチ)
出典 『糸永真一司教のカトリック時評』
2011年4月15日 掲載
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