日本 プロライフ ムーブメント

働くことが自然な日本人 ー「自分を見くびってはいけない」 玄侑宗久が語る仕事-4 (完)

「食べる」「寝る」と同じ。「仕事」は基本的な欲求 

世界でもまれな気質ですが、日本人にとって働くことは決して苦役ではありません。欧米や他の国々の「ワーク」は、ノルマや義務を意味することが多いですが、日本人には、生きている限り働くことは当たり前で、寝食と何も違わない。外国の人々から「ワーカホリック」と非難を込めて呼ばれても、実はピンとこないというのが本音ではないでしょうか。 

西洋の労働の起源はギリシャ神話に出てきますが、シジフォスという男が山の頂上に岩を運び、やっと運び終わるとその瞬間に岩が転がり落ちて、また運ぶことの繰り返しという不条理が仕事の原型として描かれています。でも日本の神話では、神様が田んぼを作り、機織りもする。仕事は神様もなさる尊い行為なのですね。 

素戔鳴尊(すさのおのみこと)が狼藉(ろうぜき)を働き、太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩戸に閉じこもって世界が真っ暗になったその時、みんなが外で楽しげに歌い踊っていると天照大神がそっと岩戸を開け、みなの顔(面)が光で白く見えたという物語があります。これは諸説ある「面白い」の語源の一つですが、日本人は困った状況の中でみんなの力を合わせ、そこに光明が差してきた状況を、うれしく面白く感じるのです。 

私は今写真を撮られていますが、カメラマンさんにとって撮影は仕事です。でもすでに必要を超えた枚数の写真を撮りながらも、細部に起こってくる細々とした変化に喜びを感じて、彼の脳下垂体からは気持ちのいいホルモンが出ているに違いありません(笑)。市場原理や取引に置き換えた上での労働ではなく、楽しいからやってしまう。そういう古くからの日本人の資質を、現代人も自然に発露したほうがいいのではないでしょうか。 

つながりを切らない労働が生きる下支え

東日本大震災で町から避難した人々に、最近一時帰宅が許されるようになりました。1世帯で2人まで。そこでテレビのリポーターが、息子と家に戻るという70代の女性に「帰ったら何をしますか?」と問うと、次はいつ帰れるか先が見えないのに「掃除します」と答えたのです。もし帰宅できるのが1人だけなら、 あれこれ迷いながらも何をしていいか分からず、時間だけが過ぎてしまう場合もあるでしょうね。でも2人になった途端に「困った状況でも、力を合わせて働く」という日本人のDNAにスイッチが入るんですね。ちょっと驚きました。 

自分が住んでいるコミュニティーで、周囲の人々とそれぞれの力を出し合って労働する時、インターネットざんまいの若い人であっても、そこでの仕事は生きている実感にすごくつながっていくでしょう。頭で考えたり、不安になっている毎日より、働いている時間のほうが落ち着くはずです。 

これからも焦る必要はありません。立ててあった人生の計画が予定通りにいくことが幸福とは限らないでしょう。思い込みに縛られることはないのです。遠回りをしても、もっとはるかな遠い着地点を心に描いて、大きな流れに沿っていってほしいと思います。それで大丈夫ですから。(談)

 

Genyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )
玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)
出典 朝日新聞 インタヴュー記事
asahi求人Web Asahiコラム 仕事力(4)
2011年6月26日掲載
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