日本 プロライフ ムーブメント

事が起きれば自力が出るー「自分を見くびってはいけない」 玄侑宗久が語る仕事-3

システムが壊れたら人間力しかない 

このたびの東日本大震災では、多くの人が家や仕事環境を失いました。 私の住む福島県三春町にも避難してきた方々が多いのですが、 家だけではなく土地も失っていますから農業を再開しようにもかなわず、漁業はもちろん難しい。 それぞれの町の被害も甚大ですから、勤め先を失った若い人も数え切れないでしょう。 将来の計画が崩れ去ったと嘆くかもしれませんが、だとすれば別の道を見つけるしかありません。 進むべき道は自分の頭で思い描いていたことだけではないし、少ない経験の中で考えていた将来がベストとは限りません。 

ここ20年来、机に張りついてパソコンに向かい、システムを動かしていくことを世の中では「仕事をしている」 と言っていたような気がしますが、仕事がマニュアル化されていることが、私には承服できないのですね。今回の地震で、 集約的な仕入れなどを中心としていた大企業の弱さが露見しました。 全国的な流通システムに頼って運営していた企業はきわめて弱かったと思います。 

しかし、システム化出来ない仕事こそ、これから立ち直っていく時の元手になるのではないか。すべてが壊れた後に、 本当にハンディーな人間力が頼りになるのではないかと思います。一度出来上がっていたものが壊れると一時は不安ですが 、一人ひとりが自分の力を用いて新しい歩き方を見いだす機会でもあります。 

先の計画ではなくその時その場の力 

安心して計画したとおりに人生が進んでいくわけではない、と今回の地震は教えてくれました。 不慮の状況を前にして立ち上がってくる自分の力、考え方、行動力、 それこそが合理性の中で収まりきらない人間の力ではないでしょうか。 予想外のことに臨んでどんな素晴らしい能力が出てくるのか、そうなってみないと自分には分からないものです。 あなたの火事場の馬鹿力を見くびってはいけません。 

計画や目標というのは自分が考えられる狭い範囲のことなので、その延長に飛躍は起きません。しかし、 例えば作家の岡田斗司夫さんは、ご自身の体重を減らすために、ただ自分が食べたものを毎日記録するだけの「 レコーディング・ダイエット」を実行し、およそ50キロの減量に成功したそうです。 もしも自分で何キロやせるといった目標を立てたなら、目標は常識の範囲内になったはずですから、 奇跡のような減量は実現しなかったと思います。 

人間は、計画とか目標といった、今の小さな自分で判断するものよりももっと強い可能性を秘めているものです。 事が起きれば、必ずその力はその時に応じて生まれてきます。大地震はつらい試練ではありますが、また、 一人ひとりの力を引き出してくれる機会でもあるのではないでしょうか。その時、 その場で自分に湧き上がってくるものを信じ、先行きに不安を感じるのではなく、持っている力をどう活(い) かそうかと考えてほしいと思います。(談)

Genyu Sokyu (ゲンユウ ソウキュウ )
玄侑 宗久(芥川賞受賞作家、臨済宗僧侶)
出典 朝日新聞  インタヴュー記事
asahi求人Web Asahiコラム 仕事力(3)
2011年6月19日掲載
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