どのくらい多くの女性が中絶後に精神的な問題を経験するか激しい論争がありますが、中絶賛成の立場の研究者でさえ、中絶によってマイナスの影響を受けている女性が少しはいることを認めています。個々の研究者の感じ方によって、これらのマイナスの反応は、「深刻な」「重要な」「重要でない」と大まかに分類され、これらの症状を経験している女性たちの数は、漠然と「多い」「多少の」「ほんの少しの」と表されることもあります。しかし、統計は形容詞ほど主観に左右されることはありません。文献のあるレポートにおいては、報告された中絶後のマイナスの影響のいちばん低い割合は6%で、ほとんどのレポートは12~25%で、一番高いのは50%でした。そのような調査結果で、最も偏った見方の研究者たちだけが軽率にも、中絶後のトラウマを経験している人は「誰もいない」と主張しています。
中絶後のトラウマの存在は今ではほぼ世界中で認められているので、多くの研究者は、どんな女性がより危険かを見分ける要素に重点を置いています。政治的観点から、いつでも受けられる中絶に賛成の研究者たちは、マイナスの中絶後の反応を実際に報告している「数少ない」女性たちは、実際には中絶以前に情緒が「不安定」だったということを明らかにしたいと望んでいます。もしこれが真実であれば、中絶そのものが精神的外傷の原因ではなく、以前から「不安定」だった女性たちが、自分たちの問題を不当に中絶のせいにしている可能性があることになると、彼らは主張しているのです。
犠牲者を責めること
中絶後のトラウマについてのこの「政治的に正しい」見解では、「犠牲者を責めること」になりますが、その核心部分には真実が含まれています。精神障害に苦しんでいる女性や、以前に精神的外傷を経験したことのある女性たちが、その後もっとひどいマイナスの中絶後の反応を訴える可能性が高いことは確実なことです。実際、過去40年間にわたる中絶後遺症の研究から一つだけ明らかなことがあるとすれば、それは女性に精神的な問題があるとき、中絶は絶対してはいけないということです。
このことは真実です。なぜなら中絶は常にストレスを与えるものだからです。このストレスにどのくらいうまく対処するかは、個人の回復力とストレスが発生した状況によります。女性の心理状態がすでにもろくなっているときは、中絶というストレスによって押し潰されやすくなることがあります。しかし、その女性が他の人よりもストレスに弱いという事実は、中絶が彼女の精神的外傷の原因でないということを意味するものではありません。
ガラス皿とプラスティック皿を両方落とせば、ガラス皿はおそらく粉々になるでしょうが、同じストレスでも、プラスティック皿はひびがはいるか欠けるかぐらいにしかならないこともあります。どちらの場合においても、被害を素材のせいにすることはできません。落としたことのせいにされるべきなのです。被害の程度は素材の性質に関係がありますが、落としたこと自体がその被害の直接の原因なのです。 同じように、個々の人間の精神的な特質が中絶後の精神的外傷の程度を決定しますが、これらの精神的外傷の直接の原因は中絶そのものです。
中絶賛成の研究者によって用いられているこの「犠牲者のせいにする」方法は、目新しいものではありません。それは、第一次世界大戦中に、「戦争神経症」に苦しんでいる退役軍人が、軍の精神科医に「仮病を使う者」であるとか、さらには臆病者であるとか診断されたときに使われた種類の論法と同じです。祖国のために戦うことが男らしさに通じる勇敢な道だとロマンティックに理想化されていた時代には、この「政治的に正しい」診断が、近代戦争はしばしば気高いものというよりもむしろ精神的外傷をもたらす悲惨なものだという事実から、注意をそらすために必要だったのです。従って軍の将校は、正確な報告は国民の士気を阻喪させることになりかねないので、精神病の犠牲者の報告を隠滅しようとしたのです。
同様に、中絶賛成の研究者が中絶後のトラウマに苦しんでいる女性の症例を突き付けられた時、その女性を「愚痴っぽい人」であるとか「機能不全」であるとかと言って、女性たちを責める傾向があるのです。それは、中絶賛成論者たちの間では、中絶はふつう女性たちに「力を与える」ものだというのが共通した考えだからです。中絶賛成の研究者の中には、そのような「士気をくじく」情報は、女性たちにマイナスの結果をもたらしやすくする可能性があるので、女性たちに中絶に関する精神的なリスクの話はするべきではないと主張する人さえいます。情報を与えられて心配するより、何も知らずに将来について楽天的でいる方が良いと彼らは主張するでしょう。
危険な女性たち
上で述べられたことは、中絶賛成の研究者たちの最近の努力の多くの動機は何なのかを理解するのに役立ちます。このことを心に留めながら、私たちは、この同じ研究者たちが中絶後の精神的影響を予測するために利用することのできる予知要因を分類する分野で行なった非常に有益な調査結果のいくらかを見てみましょう。
中絶後の精神的不適応をもたらす危険因子は、2つの大きなカテゴリーに分けることができます。第1のカテゴリーには、計画中の中絶に関して、重大な感情的、社会的、道徳的葛藤がある女性たちが入ります。第2のカテゴリーには、精神的未熟とか、以前から存在していてまだ未解決の問題を含めた、発達上の問題を抱えている女性たちが入ります。当然のことながら、これら2つのカテゴリーの一方あるいは両方の特質をもつ女性はリスクの高い患者であると分類されるでしょう。
これとは逆に、危険性の低い患者は、慎重に、よく考えて、強制されることなく中絶の決定にたどり着き、その決定に異議を唱える感情的、社会的、道徳的葛藤のない女性だと言うことができます。
次のリストは、主要な危険要因をまとめたもので、それには、これらの危険要因を持っているとして女性たちを選別できる根拠となる、事前にわかる特徴が含まれています。
中絶後の精神的影響を予知する危険因子
- 葛藤のある決定
- 決定の難しさ、迷い、晴れない疑問1,2,12,14,16,17,19,23,27,30,36,39,40
- 中絶に反対の道徳的信念
- 宗教的あるいは保守的価値観1,17,27,31,35,36
- 中絶に消極的な態度7
- 中絶につきまとう差恥心や社会的恥という感情1
- 秘密にしておくことができるかどうかという強い懸念37
- 対立する母親願望23,27
- 本来希望し予定していた妊娠11,17,21,23,39
- 胎児の異常のため受けなければならなかった、望まれた子の中絶2,5,11,14,15,20,22
- 母体の健康に危険であるがための、望んだ妊娠の治療上の中絶2,11,14,20,32,36
- 母親になりたいという強い願望27,35
- 結婚していること6
- すでに子どもがいること19,35
- 避妊の手段を取らなかったこと。そのことによってわかる迷いのある妊娠願望4
- 性別や予定日を知ることを含めて、胎児に対する幻想に夢中になること16
- 強い迷い、または「隠してた」妊娠の強要された中絶を一般的に意味する、第2期、第3期の中絶20,31,32,36
- 中絶に反対の道徳的信念
- 強制や強要されたと感じている11,12,14,27,33,35,39,40
- 中絶を強制されたと感じている
- 夫や男友達によって
- 両親によって
- 医者、カウンセラー、雇用者、あるいはその他の人によって
- 自分自身の決定ではない、または「これしか選択肢がない」と感じている14
- 速く決めるよう強制されたと感じている13,18
- 中絶を強制されたと感じている
- 偏った、不正確な、不十分な情報でされた決定13,35,36
- 決定の難しさ、迷い、晴れない疑問1,2,12,14,16,17,19,23,27,30,36,39,40
- 精神的あるいは発達的制約
- 危険度が増している思春期の若者や未成年者3,9,12,13,23,26,32,35
- 情緒障害や精神的な問題歴
- 心理的な対処反応の拙い使用1,23
- 以前から持っている自己像の低さ27,33,35,40
- 取り組み方のまずさ4,40
- 未解決のトラウマの存在35
- 過去に性的虐待や暴行を受けたことがあること17,25,38
- 妊娠を、偶然や、他人や、修正可能な行動上の間違いのせいにせずに、自分自身の性格の欠点のせいにする23,24,29
- 中絶以前の逃避や否定10
- 社会的支援の欠如
- 友人がほとんどいない4,40
- パートナーの援助なくて、自分だけで決定した28
- 相手の男性との貧弱な、または不安定な関係4,19,27,33,39
- 赤ん坊を産む場合も中絶をする場合も、どちらも両親や家族からの支援がない1,7,8,14,23,28,40
- 相手の男性が中絶に付き添う24
- 中絶歴があること11,33,35,40
男性の役割
妊娠に対する相手の男性の態度が、女性が中絶を決定する際の重要な要因であり、中絶後に女性がどのように適応していくかとも大きな関係があります。多くの研究で、相手の男性からの支えが、中絶後うまく適応できることの重要な鍵であることがわかっているので、研究者たちは、相手の男性が中絶に付き添っていくことが、実は中絶後のうつ状態を悪化させていたことを発見して最近驚いています。
この調査結果は、中絶クリニツクヘ付き添っていくというみせかけの支えが、女性が感じる心の支えの正確な尺度ではないことを意味しています。それよりも、相手の男性が付き添っていくことは、実は次の項目の一つあるいはそれ以上のことを表わしていることがあります。1)女性が男性の付き添いを主張する原因となった中絶前の不安の増加、2)女性が間違いなく「ちゃんとやる」ように「させて」いる男性側の公然とした、または巧妙な強要、3)ふたりの間にはより親密な関係があり、このより強い親密さが中絶によって強められている。この3番目のシナリオの場合、予定外の妊娠は二人の関係に対する相手の決意の「試金石」だと、女性は受け取っているかもしれません。もし男性が妊娠を彼の決意を証明する機会だと考えれば、女性自身は、喜んで子どもを産み、お互いの決意を確かなものにしたいと思っているかもしれません。代わりに、妊娠に対して男性が大喜びしなかったり、敵意ある態度をとれば、女性は二人の関係の深さと持続性に疑いを持つことになります。
要するに、女性が相手の男性に中絶に付き添われるとき、男性が女性に中絶するように仕向けたという理由で、あるいは男性が二人の関係に対する決意の弱さを彼女にさらけ出したという理由で、女性が中絶を選ぶ可能性が高くなるのです。どちらの場合も、女性が本当に大事にされていると感じることはありません。
結論
現在の研究では、女性の何%が中絶後のトラウマ特有の症状を経験しているかを正確に確定することはできませんが、中絶後に精神障害が起きていることは明らかです。実際、既刊の文献によって、中絶後に起こる重症の情緒的、精神的合併症が、重症の身体的合併症よりも多分頻繁に起こっているであろうということが示されています。現在の文献はまた、中絶後に精神的影響を最も受けやすい人を予知するのに使うことが可能な統計的に重要な要因の特定にも成功しています。これらの危険因子を調べることによって、中絶を求めている女性のほとんどとまでいかなくても多くが、これらの危険性の高い特徴を一つかそれ以上持っていることがわかります。
これらの調査結果に基づいて、もっともそれらの大部分は中絶合法化賛成の研究者によって発表されたものですが、中絶提供者が次の四つのことをするのを期待し、要求することは理にかなったことのように思われます。1)マイナスの中絶経験の結果起きる心理的反応の種類と、このようなマイナスの反応と関連のある危険因子について、手術に同意する前に情報を提供すること、2)中絶後にマイナスの反応を起こす危険性がより高い女性を特定するために、上記の大まかな基準を用いて、中絶前に十分な審査をすること、3)危険性の高い患者に個別にカウンセリングをして、中絶後に起こりうる反応に関するより詳しい情報と共に、なぜその患者がより危険性が高いかの説明を徹底すること、4)前もって高い危険因子があるとわかっている女性たちが、社会的、経済的、健康的欲求に対してより危険性の低い解決法を求め、選択する手助けをすること。これらの危険性の高い要因は、確定されてからかなりの時間がたっているので、この情報を利用して審査やカウンセリングの手順をふまない中絶提供者は、このような根拠に基づく医療過誤訴訟がなされたとき、中絶後の精神的外傷に対してより大きな責任を負うことになるかもしれません。
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David C. Reardon, Ph.D.
デビッド・C・リアドン医学博士
The Elliot Institute
Copyright 1993
2002.9.5.許可を得て複製
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