日本 プロライフ ムーブメント

派遣される喜びのうちに ー マーチフォーライフ2017

日本で「マーチフォーライフ」を始めて今年で4回目。数寄屋橋の交差点から国会議事堂をめざして日比谷公園に向かう、 日本でもっとも華やかなデモコースを行くのが恒例だ。 しかし今年はいくつかの点からこれまでとは大きく様相を異にする歩みとなった。 

4回目にして日本のマーチはすべてにおいて新しくなった。まず実施日を7月17日の「海の日」とした。 われわれにとっては漢字違いで「産みの日」である。 このダジャレは毎年お世話になっている警視庁のデモ担当氏にもウケた。 

4回目にしてはじめて参加者数が百人を大幅に超えた。出発の時点では約150名が集まった。これまでの倍増である。 

4回目にしてはじめてカトリック教会にこの取組みを周知した。東京教区の全教会に案内チラシを配布した。「 妊娠中絶を合法とする社会が『いのちの文化』に向かうことを求めて」歩む笑顔と祈りの行進は、多くの信徒、また司教、司祭、修道士の知るところとなった。 

これまでは中央区の公園を集合場所にしていたが、4回目にしてはじめて教会に集まり教会から出発するマーチとなった。 そして、4回目にしてはじめて行進の前にミサを捧げ、ミサから派遣されるマーチを実現することができた。 築地教会の主任司祭レオ神父がこちらの申し出に気さくに応じてくれたおかげだ。 

「産まれる前の子どものために」捧げられたミサは、 ミサが始まる前から予定にはなかったロザリオの祈りが聖堂内に響き渡り、いつもの教会とは違う独特の荘厳な空気に包まれた。ロザリオ一環につづいて、ミサの直前に「絶えざる御助けの聖母」 に取り次ぎを願う「生まれなかった子供のための祈り」を皆で唱えた。素晴らしかった。 司会の私も胸にこみ上げるものがあった。 

ミサが始まる。入堂してきた司祭がレオ神父のほかにもう一人。共同司式になるとは、これも予定になかったことだ。 マーチに参加するためにやって来られた横浜教区のルイス神父がレオ神父と懇意だったこともあり、その場で有り難いデュオが実現した。 

わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。 

福音朗読で、マタイの有名な一節が読まれたとき、きっと参加者はだれもが「最も小さい者」のために歩く決意を新たにしただろう。キリストに賛美。 

気がつけば席は人で埋まっていた。プロテスタントや未信者も多く参加していたが、 一同が全員一致して跪く絵は感動的だった。派遣の歌(閉祭の歌ではない!)は「小さないのち」。 当初から日本のマーチに協力してくださった「小さないのちを守る会」の辻岡健象先生が作詞されたもの。「 小さなイエス様、守る愛と力を私にください」と皆で大合唱したとき感動はピークに達した。 

ミサの終わりには、また予定になかったうれしいハプニングが。神の愛の宣教者会のシスターが、マザー・ テレサのキーホルダーをどっさり携えて現れ、それをマーチ参加者全員にプレゼントしてくれたのだ。 言うまでもなくマザーはプロライフの聖人である。 

未信者の参加者たちも初めてのミサに深く感動した様子だった。そのうちの一人の女性は「洗礼を受けたい」と後で漏らしていた。ミサはいつも素晴らしいが、これはとりわけ素晴らしいミサだった。もっとも「共同祈願」に込める皆の想いがこれほど力強く一致するミサもないだろう。 

教会から公道に出たときの独特の高揚感。歩道ではなく車道を行く。あの高揚感は「派遣される喜び」にほかならない。 酷暑のもとでの3kmあまりの行進は決して楽な道のりではない。それでも笑顔と祈りを絶やさず、無事に、元気に、喜びのうちに「いのちの福音」を告げ知らせる歩みをまっとうした一行は、 ゴールの日比谷公園でこぼれんばかりの笑顔を爆発させた。また来年も会おう。「産みの日」に! 

最後に、ミサ中、共同祈願で読んだ祈祷文のひとつを記す。 

産まれる前のすべてのいのちが、ひとつとして破棄されることなく、そのひとつひとつが聖なるものとして大切にされる「 いのちの文化」の実現のために、日本の教会が社会を変える現実の力として働くものとなることができますように。

Ikeda Masaaki (イケダ マサアキ)
池田 正昭
マーチフォーライフ実行委員会
Copyright ©2017年7月20日掲載
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