Howard W. Jones, Jr., M.Dは、「胚とは何か?」と題した論説をFertility and Sterility〔2002.77:658-659〕に発表した。それは、ヒト発生学という科学に対する冒涜である。
Jonesは、発生学という科学の言語を極めて奇妙で複雑な意味合いに操作し、解釈している。Jonesは、バージニア州ノーホークにJones Institute for Reproductive Medicineを設立した人物である。彼らは今、「幹細胞」を獲得するために、治療目的でのヒト胚のクローン作成を支持している。
Jonesは、ヒト発生学の1つの理論を用いて自分の主張をバックアップしているのではない。これには、30年前から起こっているヒト発生学の崩壊が関係している。Journal of Fertility and Sterilityは、ヒト発生学に関する事実の書き換えの手段になっている。そのことは、彼らが、1979年にClifford Grobsteinによって考案された「前胚」という誤った用語を信奉し、その用語が1986年にGrobsteinが委員だった受精と不妊に関する倫理委員会によって支持され、それがJonesによって今回の論説で使用されていることから明らかである。この不名誉で詐欺的な用語を支持し、使用しているヒト発生学者は一人もおらず、ヒト発生学の教本にも一切使用されていない。事実、米国解剖学会の用語体系委員会は、先日、科学用語の正式な語彙集であるTerminologia Embryologiaに、「前胚」、「前胚の」および「個性化」という用語を含めることを拒否している。
Jonesは、着床前に胚は存在しないと推論している;そして、その裏づけとして、医学辞書の情報を引用している。その推論は、着床前に妊娠は発生せず、こうした虚報は修正論者によって度々繰り返されるというものである。重要な情報は、ヒト発生学者の弁にある。Carlsonは、Human Embryology and Development Biology〔1994〕の文章の冒頭で「ヒトの妊娠は精子と卵子の融合に始まる」と述べている。これは、ヒト発生学では、胚の位置ではなく、胚とその発達が問題とされるからである。着床するまで、胚は、卵管、子宮外、あるいはペトリ皿の中で発達する。医学部の学生は、このように学ぶ。Jonesは、我々が半世紀以上も教えてきたことが間違っていると言いたいのか?Jonesの理論には非常に多くの誤りがあり、それを修正するには徹底した議論が必要である。彼は、「ヒトではない」、「前胚」から入手できると主張することで、過度に称賛されている初期胚由来の(いわゆる)「幹細胞」の使用を正当化しているのだ!これが勝手な判断でないと言えるだろうか。これは決して科学ではない。
Jonesは、連続体の存在を認めているが、下記の主張により、この事実の完全性を否定している:
「それでも、発達の各種段階を便利に区分できるマイルストーン、すなわち明確な指標的イベントがある。」まず第一に、生物学的(発生学的)発達は、誕生の時点で停止するものではない。したがって、Jonesが考案したいわゆる指標的イベントは、例えば、プリンストン大学生物学科の学長の地位にあるPeter Singerにとって都合のよいものになっている。彼は、心理学から発生した科学とは異なるコンセプトの「直観」(自己認識)は、誕生後少なくとも3ヶ月、あるいはそれ以上の間存在しないという解釈に基づき、誕生後に、両親(片親または両親がいない場合は誰が?)の意思により幼児殺しが行なわれることを容認しているのだ。
Jonesは、自身が「激動期」と呼んでいる初期の発達段階で生じるいくつかの「特徴」を引用している!彼は、こうした「特徴」を利用して、胚の道徳的価値を減じようとしている。例えば、彼は「多数の異常が生じる」「卵母細胞と精子が融合した産物の3分の2以上に何らかの欠陥がある」と主張している。こうした主張は、少数の摘発研究または自然に起る中絶に基づいている。後者の場合は、染色体の欠陥が予想されることが理由と考えられる。しかし、それは別として、それがどうしたと言うのか?これらの結果では、正常に着床し、正常に発達し、正常に誕生する接合体については全く触れていない。
この主張に対する支持は、この問題に関して最近行われたブッシュ大統領の生命倫理諮問委員会のメンバー2人による意見交換が基になっている。James Wilsonは、次の質問をした:「我々は皆、振り返れば受精卵を起源としているが、将来的にはその受精卵が胎児になり、さらに子どもになるチャンスは非常に小さいということがそんなに重要なのですか?」William Hurlbutは答えた:「例えば、1歳で死ぬことで、1歳であること本来の価値が変わりますか?」Wilsonは答えた:「もちろん変わらない。」
Jonesは、受精後14日までは「個」が決定しないとも主張している。すなわち、14日後までは、胚が一卵性双生児に分裂する可能性がある。彼は、「個」(つまり1人の人)が存在しないなら、ヒト、あるいは生命さえも存在しないと推論している。このような主張は、ずっと以前から行なわれていた。それに対する答え:1. 2つ、3つあるいは4つ等の「個」に分裂する可能性が各々の胚に存在するかどうかは誰にもわからない。2. この主張が行なわれる時には、一卵性双生児が誕生全体の0.22%に過ぎないという事実が無視されている。残りの99.73%である我々はどうなのか?我々は、受精から14日前までに単独であることが決まるのか?それは誰にも分からない。3. 発生するすべての一卵性双生児のうち、胎盤の調査を振り返ってみると、2分割または4分割の段階での初期胚における分裂は、事例の3分の1で生じることがわかっている。このことから、その段階で決定が起こっていると言えるか?それは誰にも分からない。
Jonesの構想は、独断でしかない。それは、ヒトラーが、ナチスの薬物を使った処理場でのユダヤ人、ジプシー、ポーランド人、ロシア人、知的障害者などの抹殺を正当化するための理論に通じるものがある。
Jonesの論理的根拠を別の角度から見てみよう。受精から約5週間後の内臓の発達期において、主要な内臓系が形成される。胚の体内にそれを収めるだけの余裕はない。したがって、それはへその緒の幹に脱漏し、そこで発達を続け、約7週間後に大きくなった胚の体内に後退する。脱漏している期間、内臓の一部は胚の体外にあるが、その体は本当に胚なのか?
別の例を挙げる:長骨の成長における発達イベントは、約25歳で骨端線が閉じると同時に停止する。Jonesの理論では、これがヒトの新しい道徳的価値を正当化する「指標的イベント」とされている!
Jonesによる用語の混同は、彼がヒト発生学の知識を著しく欠いていることが原因である。事実、ヒトの発達に関する用語は、分類学的な意味においてのみ意義を持つ。それにより、ヒト発生学者は互いに会話したり、産科医および、おそらくは婦人科医とも話したりすることができるのである。その理由は連続体にある。我々は、生命の連続体の中に存在し、その中で、大きさ、形状、機能、中身、外見など、生命の生物学的特徴の変化を経験し、それが死ぬまで続いていく。
Jonesは、発達(生命)のある時点に道徳的な妥当性を独断で適用している。それが彼の道徳的妥当性なのだろうか?
確かに、個人の独断による観察を行なうなら、生命全体を通じて指標的なイベントが存在する。もしヒトが生命のある時点で、その特徴の1つあるいはそれ以上に突然の変化を経験するなら、それが安楽死を正当化する道徳的イベントになるのだろうか?
Kischer, C. Ward (C. ウォード・キッシャー)
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2003.4.22.許可を得て複製
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