日本 プロライフ ムーブメント

ヒト発生学の堕落

私は、科学者でありヒト発生学者である。私は、研究プログラムを継続し、主に医学生を対象にした教育を続けるための資金の獲得を願い、助成金の申請に多くの時間を費やしながら、「論文を書かないのなら、研究者生命を失う」という気持ちで経歴を重ねてきた。しかし、1989年、私はヒト発生学が政治的な正当性に基づいて書き直されていることに気付いた。それ以来、私は改訂された内容の修正を試みる決意をした。 

中絶、パーシャル・バース・アボーション、体外受精、ヒト胎児研究、ヒト胚研究、クローン作成および幹細胞研究はすべて、ヒト発生学における重要な問題である。ところが、1973年以降最高裁判所が扱った事例およびこうした問題に関する議会聴聞会のいずれにおいても、証人としてヒト発生学研究家は招集されず、ヒト発生学が参考にされることはなかった。また、NIHのヒト胚研究諮問委員会、国家生命倫理諮問委員会、ブッシュ大統領の生命倫理評議会において、ヒト発生学研究家はメンバーに指名されておらず、また、証人として召集されてもいない。 

ハリー・ブラックマン判事は、ロー対ウェード裁判の判決文において次のように書いている。「我々は、生命がいつ始まるかという難しい問題を解決する必要はない。」ブラックマン判事は、生物学的(または発生学的)意味と法律的意味の違いをあいまいなものとし、これらを同一のものとして判決を下した。彼は、生物学的な意味での生命について、具体的な説明を行わなかった。 

この判決を受けて、ヒト発生学に対する解析や曲解、改訂や再定義、変更や改悪が行われている。事実、ブッシュ大統領の生命倫理評議会の原稿は、ヒト発生学がいかに粗悪なものに改質されているかを示すものとなっている。 

特にメディアは、主要な問題に関する様々な記事において、ヒト発生学を無視している。メディアは、事実に基づいた多くの参考資料を全く無視し、ヒト発生学を歪曲した記事を優先的に発表している。このことは、社会政策を揺るがすほどの影響を与えている。 

上記で特定した重要な問題のひとつひとつは、最終的に「ヒトの生命はいつ始まるのか」という問題に集約される。 

その答えは、ヒト発生学の教本において「ヒトの生命」は受精、あるいは受精と同じ意味を持つ受胎の瞬間に始まると書かれている。この事実は100年以上も前から存在しているのだが、ヒト発生学を参照することなくこの単純な事実の解析が行われ、その時点で生命が存在するのかという疑問が提示されたり、「受胎」の定義を「着床」に変更するといった悪行が行われている。ただし、これらはほんの一例にすぎない。 

世界のヒト発生学者の誰もが、新しいヒトの生命は、受精(受胎)の瞬間に始まると述べている。しかし、事実上、すべての教本に記されているにも関わらず、メディアや上記の諮問委員会の誰一人としてその考えを支持する者はいない。我々は、ヒトの生命の連続体として存在しており、どのような場合でも、受精の瞬間に生命が始まり、それが死まで続くことに変わりはないのだ。 

ヒト発生学に関する教本やヒト発生学者は、いずれもヒトの生命の連続体を定義するだけでなく、その詳細についても説明している。すなわち、ヒトの生命の連続体におけるどの時点においても、完全な形のヒトが存在している!それは、時間の流れの中で、単細胞の胚から100歳の老人まで、その時々において、大きさ、形状、中身、機能、外見などは異なるものの、人生におけるあらゆる変化を経て生きるからである。実際、ヒト発生学の用語は、分類学的意味においてのみ重要な意味を持つ。こうした用語を用いて、ヒト発生学者は意見交換を行う。これらの用語は、ヒトの生命の連続体を貶めたり、改変するものではない。 

胎児の道徳的価値を変える「指標的イベント」が発生の途中で起こるといった誤った主張をする人物もいる。しかし、いわゆる「指標的イベント」は、人生を通じて発生しているのである。ヒトの価値をそのような誤った主張によって下げることは実に独断的であり、何の科学的根拠もない。 

ヒトの生命の連続体は、古代民族においてさえも一般名称として理解されていた。ヒト発生学において胎児は2番目の患者であり、その考えが臨床医療において不可欠なのはこのためである。 

薬物やアルコールなどの環境破壊によるダメージが増えている今日、胚もまた第2の患者であることは明らかである。このようなダメージは、ヒト発生学の科学が30年間軽視されてきたことの結果である。こうした侵害の一例を見直すことで、これまで行われてきたこと、ヒト発生学者、医学図書館または医学書店が提供してきこと、すなわちヒト発生学に基づいた科学的事実について、メディアの理解が進めば幸いである。 


最高裁判所:ロー対ウェード

ヒト発生学に対する現代社会の攻撃は、ハリー・ブラックマン裁判官が記したロー対ウェード裁判の過半数意見において、1973年に始まった。彼は次のように記した。「我々は、生命がいつ始まるかという難しい問題を解決する必要はない。」彼は、「医学、哲学および神学という専門分野」を「総意の得られない分野」と称した。また、生物学的な生命に関する説明として、次のように述べた。「正常出産まで生命は始まらないという見解について、これまで多くの裏づけが提示されてきた。これは、ストア哲学における信条である。」これはまるで、科学が紀元前300年から進歩しないと言っているようなものである。 

判決において、元々、生物学的な生命に関する説明がなかったにも関わらず、ブラックマン裁判官が生物学的な生命と哲学的な生命を融合したのは明らかである。また、彼は推論上の生物学的な生命を医学的な生命や神学的な生命をも融合した…… 

HE:……ロー裁判において、「生物学的な生命」の検証は行われなかった。事実、裁判所は「医学的な生命」を引き合いに出すことで、生物学的な生命を曲解したのである。これら2つの生命は全く異なるものである。 

ロー裁判が行われた1973年、裁判官達が興味を示したのは、パッテンのヒト胚試験(1968年、P43、別表参照)の「受精の過程は、新しい個体の生命の始まりを運命付けるものである」という下りだけである。 

最高裁判所:ウェブスター対ミズーリ州リプロダクティブヘルスサービス

1988年10月に判決が下されたウェブスター事件において、11人のノーベル賞受賞者を含む167人の著名な科学者および医師による法定助言者摘要書に、彼らの意見がまとめられた。「ヒトの生命が受胎の瞬間、胎児発達のある段階、あるいは誕生の瞬間のいずれの段階で始まるのかについて、何の科学的総意も得られていない!」 

口頭弁論では、20件の中絶クリニックを擁護する弁護士のフランク・ズースマンが、「[胎児が]ヒトの生命かどうか、あるいはヒトの生命は受胎の瞬間に始まるのかどうかという基本的な問題は、事実として証明できるものではなく、信条に基づいてのみ証明できるものである。」と述べた。これに対し、スカリア判事は、「まったく同感です。」と延べ、胎児を「それが何なのか断定できないもの」と称したのである。 

HE:167人の「科学者」に、ヒト発生学者が1人も含まれていなかったことに注意する必要がある。 

このときも、ヒト発生学者は1人も証人台に立たなかった。167人には生物学者も含まれていた。彼らがなぜその摘要書に賛同したのか、全く理解できない。世界中のヒト発生学者の間では、実質上、全員の総意が成されている。ヒト発生学のどの教本にも「新しいヒトの生命は受精の瞬間に始まる」と記載されている(別表参照)。(また、ヒトの発達に関する虚構(1997年)、C. W. Kischer and D. N. Irving、pp.9-10も参照のこと)。 

私は、スカリア判事に対して、基本的なヒト発生学を説明したレターを送ったが、返事は来なかった。 

最高裁判所:ステンバーグ対カーハート

ステンバーグ対カーハートの裁判において、ネブラスカ州のパーシャル・バース・アボーション事件について2000年6月に判決が下され、5人以上の判事が、その意見書において「潜在的なヒトの生命」という句を使用した。 

さらに、裁判所は、ロー対ウェード裁判の「潜在的なヒトの生命」という語句の有効性も認めた。この語句は、ロー裁判の判決以来、最高裁判所で判決が下された約15件の中絶事件のうち、実質上すべてで使用されている…… 

HE:ヒト発生学者は、「ヒトの生命」または「生命」の説明に「潜在的」という言葉を使用しておらず、また決して使用しないだろう……「潜在的なヒトの生命」という概念は、1930年代のナチスドイツによって使用され、600万人のユダヤ人と精神的・身体的障害者1000万人の根絶を表す言葉となった。 

ナショナル・レビュー

政治アナリストのアーネスト・ヴァン・デン・ハーグ(故人)は、1989年のナショナル・レビューに「妥協点はあるのか」と題した記事を書いた[51:29‐31]。ヒト発生学に関する誤りは語りつくせないほどたくさんある。しかし、彼は「命は受胎の瞬間に始まる。これは道理にかなっている。」という考えを認めている。ただし、彼はその後、自分の考えに反駁して「胚はヒト以前の物体である」と述べ、「ヒトの胚を蝶の幼虫」に例えたのである! 

HE:私は、この記事に対する反論を書き、ナショナル・レビューに送付したが、却下された。「ヒトの発達を守る」と題した私の原稿は、3年間で18回却下され、最終的にLinacre Quarterlyによって発表された。この取り組みは、我々の書籍「ヒトの発達に関する虚構:今こそ事実を明らかに!」に記録されている。この書籍は、私とダイアン・アービング博士の共著である。この記事がたどった運命は、書籍中の「Quid Sit Veritas」(別表参照)と題した記事で紹介されている。 

パレード

1990年4月22日、パレード誌に、カール・サガン(故人)とその妻アン・ドルーヤンは「中絶に関する疑問」と題した記事を発表し、その中で、ヒト発生学に関して様々な誤った記述を行った。彼らは、ヒトの胚を発達したエラ、あるいは「豚のようなもの」と例えた。彼らの記事と誤った記述により、ヒトの胚の人間性がおとしめられ、徹底的に否定されることになった。彼らの結論は、ヒトの胚が、受精後約30日までヒトにならないというものだった。 

HE:私は直ちにパレード誌の編集者に電話し、反論を掲載する意思があるか尋ねた。彼らの答えはノーだった。私は、サガンの記事についてパレード誌の編集者にレターを書いたが、それは掲載されなかった。実際、1990年8月19日、パレード誌は、サガンの記事に関する編集者へのレターを厳選し、1ページを割いて掲載したが、そのほとんどは、記事を「事実に基づくもの」として賞賛する内容だった。 

もちろん、それは真実ではない。ヒト発生学の事実について言及したレターは1通もなかった。 

サガンとドルーヤンがしたことは、1868年に策定された基本生物発生原則を思い出させるものだった。この原則では、ヒトの胚の発達を顕微鏡で観察すると、エラや尾など、下等な脊椎動物の生態の特徴が観察できるという誤った説明が行われている(ヒトの発達に関する虚構、pp. 17-18、別表を参照)。女優のメアリー・テイラー・ムーアはこの「法則」を基に証言を行い、議会聴聞会が「ヒトの胚は魚程度に過ぎない」という主張をするに至っている。 

しかし真実は、ヒトの胚は決してエラを作らず、「豚」に似ているというのも、発達のパターンがすべての脊椎動物で似通っていることを反映しているだけである。すべての胚は、種によって特異性を持っている。 

サイエンティフィック・アメリカン

このジャーナルに、カエルの発生学者で、「前胚」「個体化」という言葉を創作したクリフォード・グロブスタイン(故人)の記事が掲載・宣伝された[External Human Fertilization(1979)、204:57‐67]。グロブスタインは、胚の道徳的地位を変える(下げる)ために「前胚」という言葉を創作したと認めている。彼は、受精後最初の2週間を「前胚」と称し、また、「前人状態」とも呼んだ。 

彼は、早期の胚は2つ以上の固体に分化し得るという誤った推測に基づいて、自分の行動を正当化した。彼は、受精後14日間は細胞分裂が起こらないと主張し、この期間を「個体化」の始まりと宣言した。グロブスタインは、この概念を早期のヒト胚に当てはめた。「前胚」という言葉は、胚をヒトではない、あるいは生物ではない物と特定する言葉として、もっともらしく解釈されている。 

HE:ヒト発生学者の中で、「前胚」や「個体化」という言葉を容認し、使用する者はいない。事実、2001年、私の嘆願により、全米解剖学者協会の命名委員会は、「前胚の」という言葉を含め、正式な解剖学的用語の語彙集、「発生学用語集」にこれらの用語を収載することを却下した。 

さらに、こうした用語は、ヒト発生学のどの教本にも使われていない。その教本、「発達するヒト:臨床に基づく発生学」の第5版において、ムーアとペルサウドが「前胚」「前胚の」という言葉を使用している。しかし、私の要請により、彼らは第5版の第6次印刷において、これらの用語を適切に削除し、第6版でこれらの用語は使用されていなかった(1998年)。ロナン・オライリーとファビオラ・ムラーは、その第1版と第2版において(各々1992年と2001年)、これらの用語を使用しなかっただけでなく、脚注(各々55ページと88ページ)において、「前胚」という用語が「不正確かつ誤って定義されている」と説明している(別表参照)。 

私は、グロブスタイン博士に対し、「前胚」という彼の記述およびその正当化への批判的分析と共に、3回も手紙を書いたが、彼からの返事は1度もなかった[グロブスタイン博士の主張に関する分析は、ヒトの発達に関する虚構を参照のこと。] 

グロブスタイン博士が創作した「個体化」という用語は、「個」は受精から14日後まで決まらないという彼自身の主張を正当化する目的で、1979年に発表された彼の記事において使用された。個(2人や3人ではなく、1人の人間という意味)が存在しなければ、ヒトそのものも存在しないというのが彼のコンセプトである。「個体化」という言葉の解析は、進化の歴史において興味深いものである。「個」がなければ、「人間も」存在しない。すなわち、「ヒト」も「ヒトの生命」も存在しないのである!誤った論理でありながら、このコンセプトは、早期のヒトを殺害する正当な理由として今日まで容認されてきた。 

ヒト発生学における真実は次の通りである。1.一卵性双生児は、早期胚の分割により生じるが、分割は、2細胞期または4細胞期に生じる場合と、5日から6日の胚盤胞の内細胞塊(ICM)の分割により生じる場合がある。その大半は、受精後8日以内に生じるが、すべてがそうとは限らない。この分割現象は、正常出産のわずか0.22%にしか起こらない。したがって、その他99.78%のヒト胚はどうなのか、それらは、受精の段階で単児となるよう定められているのか、という疑問を持つのが当然である。2.事実として、内細胞塊の分割は、受胎後14日以降に起こるが、完全な分割ではなく、早期の死に至るのが通常である。生きて誕生する場合、寄生性双胎または接着双生児(シャム双生児)となる。ヒト発生学教本の別表を参照のこと。 

ケネディ・インスティテュート・オブ・エシックス・ジャーナル

リチャードAマッコーミック, S.J.(故人)は、同誌の1991年3月号に「前胚とは誰/何を指しているのか?」と題した記事を発表した。彼は、グロブスタイン博士の誤った概念を支持していた。 

HE:編集者のレニー・シャピーロに対し、事実に基づく発生学を根拠とした反論原稿を送付したが、再考されることも無く却下された。シャピーロに電話し、再考を行うよう求めたところ、彼女はそうすると言った。原稿が再び却下されたとき、彼女は論評を1つだけ同封していたが、わずか2文という短いもので、1つには2箇所のタイプミスがあり、もう1つの文では私のことを「時代遅れ」と呼んだ。 

NIHのヒト胚研究委員会

1993年にクリントン大統領の要請で設置された上記の委員会には、ヒト胚研究に関する道徳的価値の判断という任務が課せられた。1994年9月27日に発行された委員会の最終報告書は、「前胚」という概念を支持し、「『個体化』していないことから、胚には乳幼児や子どもと同じ道徳的地位はない」と宣言するものだった。しかしながら、委員会には、早期のヒト胚クローンから幹細胞を入手する目的での体細胞核移植について、連邦助成金の申請が認められなかった。 

HE:この委員会のメンバーにヒト発生学者は1人も含まれていなかった。 

1994年10月19日、私は、ヒト発生学が改正されていること、委員会にヒト発生学者が含まれていないこと、ヒト発生学者が証人として含まれていないこと、さらにヒト発生学の情報源の一覧が含まれていないことを含め、ヒト発生学が完全に無視されている事実について言及したレターをハロルド・バーモス所長に送ったが、返事はなかった。 

国家生命倫理諮問会(NBAC)

1996年、クリントン大統領は、クローン作成、幹細胞研究など、ヒト胚研究に関する倫理的問題、すなわち1993年にNIHのヒト胚研究委員会が検討したのと実質上同じ問題の解決にNBACを指名した。 

この諮問会は、ヒト胚のクローン作成と幹細胞研究を目的とした受精後14日までの核移植に、これらのクローンを使用することを認めた。ただし、クリントン大統領は、NIHによるヒトクローンの作成に連邦助成金を支給しないという指令を出した。また、諮問会は、幹細胞研究用にいわゆる幹細胞を入手する目的で、IVFクリニックで凍結保管されている「余剰胚」を使用することも認めた。 

また、これらの提言は、早期胚が「人間」あるいは「ヒト」ではないというまことしやかな概念に基づいたものである。 

NIHのハロルド・バーモス所長は、クローン作成および幹細胞研究への早期ヒト胚の使用に関するNBACの審議を支持する声明を書いている。その声明の中で、バーモス所長は、以下のような矛盾する主張を行っている。1.研究用に入手する細胞を「多能」細胞とする一方、後の声明書では「全能」細胞としている、2.「ヒトの多能細胞は胚ではないことから、ヒト胚研究を禁止する法律は適用されない。」 

HE:バーモスは、用語を混同している。「全能」細胞とは、–両生類、マウス、ヒトの場合に–全く新しい個体を形成すると推定および証明されている胚性細胞である。「多能」細胞にこの機能はない。これらは、最終的に特定の細胞および組織を形成する程度まで変化–分化–しているが、組織全体を形成するものではない…… 

バーモスの論理は歪んでいる。彼自身、「多能細胞」が幹細胞研究に利用できる唯一の細胞と思い込んでいる、あるいは他の人々にもそう思い込ませようとしているとしたら、ヒトの生命を破壊することへの責任を問われることはない。だからこそ、バーモスは、「多能細胞」だけを使うべきだと主張しているのだ。 

問題は、幹細胞研究の開示において、ヒト胚から発達した胚性細胞を「胚盤胞」(早期)ヒト胚の「内細胞塊」(ICM)から採取すると宣言されていることである。ヒト胚性幹細胞研究(HESCR)の擁護者は、これらを「万能細胞」と呼んでいる。しかし、少なくとも「内細胞塊」の一部は、間違いなく「全能細胞」なのである。バーモスは、早期胚、胚盤胞およびそのICMについて言及し、「多能細胞のみ」を使用すべきであると述べている。ヒト発生学では、「内細胞塊」が分割して一卵性双生児になることがよく知られている。繰り返しになるが、多能細胞にこの機能はない。 

さらに、これらの細胞を採取することで、ヒト胚は死んでしまうのだ…… 

私は、ヒト発生学の基本を説明し、その基本に基づいて、提言の内容に反論するレターをバーモス所長に送ったが、返事はなかった。 

オーラリー・ファクター–フォックスケーブルニュース番組

上記のニュース番組のホストであるビル・オーラリーは、2000年7月から2001年4月の間に、3回にわたって「ヒトの生命がいつ始まるのかは誰にもわからない。」と述べた。 

HE:私は、番組のプロデューサー、メアリー・ベニスを通じ、ヒト発生学の事実を引用してビル・オーラリーへの反論を3回も書き送った。3回目にメアリー・ベニスが長距離電話をかけてきて、毎回、ビル・オーラリーが私のレターを読むよう取り計らったと説明した。しかし、オーラリーから返事は無く、番組中に私の声明について彼が言及することもなかった。 

ヒューマン・イベンツ

2001年7月16日、ヒューマン・イベンツは、「ヒトの生命を孵化と呼ぶべきでない理由」と題した私の記事を発表した。これは、ヒト胚は子宮内に着床するまでヒトの生命ではないというオリン・ハッチ上院議員の主張に対する反論だった。ハッチ上院議員の主張は、IVFクリニック内で凍結されているいわゆる「余剰」胚(おそらく10万個はある)を彼がその後承認した幹細胞研究の格好の材料として利用することを意味している。また、同議員は、「クローン」ヒト胚についても検証を行い、「治療目的での」幹細胞研究への使用を承認している。 

HE:ハッチ上院議員の主張が誤りである主な理由は、ブルース・カールソンの教本、ヒト発生学および発生生物学の冒頭において、次の通り記されている[1994年版–別表参照]:「ヒトの妊娠は、卵子と精子の融合から始まる。」これは、胚が卵管、子宮、子宮外あるいはペトリ皿のどこにあるかに関わらず、ヒト発生学が胚を重要視しているからである。 

この記事では、ヒト発生学者の誰もが賛同する事実、ヒトの生命の連続体について言及されている。概念ではなく事実として、この現象は下記を表している: 

我々が納得し、通常の事として容認している条件下において、受精の瞬間から、既成事実としてヒトの発達が始まる。この生命の連続体は、どのような場合でも、死の瞬間まで継続する。ヒトの生命の連続体のどの時点においても、完全な形のヒトが存在している。これは、大きさ、形状、中身、機能、外見などは異なるものの、ヒトが生命におけるあらゆる変化を経て生きているためである。科学的に言えば、単細胞の胚も100歳の老人と同等なのである。なぜなら、単細胞の胚から100歳の老人に至るすべての過程において、生き残るために必要なあらゆることが行われ、生き残ることが生命の目的だからである! 

このことは、失われた細胞の代わりとなり、損傷を受けた組織を修復することで生命を維持する幹細胞の存在から明らかである。我々のDNAには、損傷を受けたDNAを修復する機構さえも組み込まれているのだ! 

早期のヒト胚にもこれに相当する機構があるのか?……ある。受精後24時間から48時間の間に、早期胚は、「早期妊娠因子」と呼ばれる物質を生成する。これは、免疫抑制物質である。この物質は、母親による外因性の新しい個体への拒否反応を防ぐ。生き残るための機能である! 

細胞は生まれては死んでいく。成体では多くの細胞が死ぬが、発達過程においても、特に神経細胞が一斉に死んでいく。子宮内、子宮外を含め、生存中には、主に酵素という形でタンパク質が生成されては消えていく。一部の器官の機能は、発達過程および成体としての生涯において劇的に変化する。事実、胸腺など、成体において消滅する器官もある。これは、疑いようのない事実である。ハッチ上院議員は、この反論に対して返事をしていない。 

スコット・ギルバート

スコット・ギルバートは、スワスモア大学の生物学教授である(ヒト発生学者ではない)。彼は、自身のホームページに「ヒトの生命はいつはじまるのか」という記事を掲載している。彼は、7つの異なる見解を述べ、参考としてグロブスタインとマッコーミックの言葉を引用しているが、ヒト発生学者あるいはヒト発生学の情報は全く引用されていない。 

HE:私は、ヒト発生学の事実を引用したレターをギルバート博士に送った。彼からの返事は来たが、ヒト発生学を軽視したものだった。私が、彼の発生学はヒト発生学ではないと返事を書いたが、彼からの返事はなかった。 

ワシントンポスト

プリンストン大学の分子生物学教授であるリー・シルバーは、2001年8月19日のワシントンポストに、「胚と呼ばれているものの正体は何か」と題した記事を発表した。彼も他の人々と同様に、ヒト胚は本当の意味でヒトの生命ではないと主張している。 

HE:私は、シルバー教授の記事への反論を送ったが、ワシントンポストにより却下された。実際、その後ワシントンポストの編集者宛に送った短信も却下された。そこで、シルバー教授に長い記事を送った。その記事は「ヒト胚の事実を知ろう」という題で全米生命倫理諮問委員会(ABAC)のウェブサイトに掲載された。 

シルバー教授は、私に言語道断の主張を記した返事を送ってきた。例えば、ヒト発生学は分子生物学の常識を欠いており、「胚」と「生命」には複数の意味があると主張していたのだ。また、「胚盤胞の形成までは、すべての真獣(胎盤を持つ)哺乳類が同じ発達の形をたどる」とさえ主張していた!!! 

これは、分子生物学者の発言として、甚だひどいものである。単に真実を述べていないばかりか、彼は、上記の主張によって傷つけられた生命発生原則を引き合いに出そうともしている。 

ヒト発生学は発生生物学に他ならないと主張することで、彼は、事実上、2500年に及ぶヒト発生学の歴史を消し去ろうとしている。また、ヒト発生学は分子生物学の常識を欠いているという主張から、私が彼への返事で示したヒト発生学の教本をシルバー教授が全く読んでいないことが分かる。彼からはそれ以上返事がなかった。 

ジャーナル・オブ・ファーティリティ&ステリリティ

ジョーンズ・インスティテュート・オブ・リプロダクティブ・メディスンのハワード・ジョンズJr.は、上記のジャーナルの2002年4月号[77:658-659]に「胚とは何か?」と題した論説を発表した。 

彼は、早期のヒト胚の「価値」を下げた「前胚」の確証において「指標的イベント」という言葉を引用し、「個体化」は指標的イベントであり、したがって、研究用にいわゆる幹細胞を使用することは正当であると主張した。 

また、彼は、別の「指標的イベント」として稀に発生する「胞状奇胎」について言及し、この奇胎が発達過程で形成されることから、早期のヒト胚にヒトの性質を認めることは無効だとした。胞状奇胎は、実際には奇胎ではなく、胎盤絨毛の憎悪(遺伝的奇形)であり、胚は存在しないか、早期の段階で死亡する。 

HE:「個体化」の概念および用語は、上記のような形でその信用を傷つけられている。「前胚」も同様である。 

「胞状奇胎」の形成に関する彼の言及は、拡大解釈に基づいている。その発生率は非常に低く、父親の染色体が勝ることを原因とする。滅多にないこととはいえ、こうした奇形が生じる事実を引用して、健康で正常なヒト胚について論じるべきではない。 

いわゆる指標的イベントは、生命の連続体を通じて生じ得るものである。例えば、長骨の成長は、胚の発達の第5週から始まる。この成長は、25歳前後で「骨端線」が閉じると同時に終了する。ジョーンズの主張が一貫したものなら、これは、ヒトの価値を変えるイベントということになる。さらに、成体において消滅する器官もある。胸腺がその一例である。このことは、ジョーンズの言う「指標的イベント」にならないだろうか?ジョーンズがこれを「指標的イベント」のひとつと認めないなら、彼の主張は恣意的で身勝手なものということになる。 

産婦人科医を引退したリチャード・トーンM.D.と協力し、我々は、この論評への反論を書き送り、ジャーナルの編集者に我々の記事の掲載を求めたが、却下された。彼が編集者へのレターという形にすれば検討すると言ったので、我々はそのように反論を書き直した。しかしその途中で、文字数を250ワード以内にするよう通知されたのだ!ジョーンズへの反論記事は、「前胚というものは存在しない」と題してABACのウェブサイトに掲載された。 

ニューヨークタイムズ

2002年4月25日のニューヨークタイムズに、ダートマス大学の神経科学教授であるマイケル・ガザニガが書いた「接合子とヒトは全く同じではない」と題した記事が掲載された。ガザニガ教授は、大統領の生命倫理評議会のメンバーである。ちなみに、この記事は、評議会がクローン形成に関するすべての会合を終え、最終報告を行い、2002年7月10日にクローン形成に関する最終投票を行う前に発表された。 

ガザニガ教授は、クローン形成による「生命の始まり」は、「信仰や倫理の問題」であり、「生物学(あるいはヒト発生学)の問題ではないと述べた。上記で紹介した他の人々と同様、彼も、それが受精の結果かクローン形成の結果に関わらず、早期のヒト胚に「ヒトの生命」を認めることを否定する誤った概念を支持している。また、彼は、早期のヒト胚を「細胞の塊」、さらに[アルファベット]の“i”の点ほどの大きさしかないもの」と称した。 

HE:上記にように、「個体化」について誤った概念が議論されている。 

「細胞の塊」とは? 我々は、成人として、かなり大きな細胞の塊を持っていることになる。アルファベットの“i”の点ほどの大きさしかないという彼の例えはあまりにも傲慢である。ヒト胚の「価値」は、その大きさで判断されるまでに貶められてしまったのだ!これでは、小柄なヒトは大柄なヒトより無意味で、人間らしくないと言っているのと同じではないか? 

大統領の生命倫理評議会

2001年にNBACが廃止され、ブッシュ大統領は、NBACの活動と同様に、クローン作成、幹細胞研究など、ヒト胚研究に関する倫理的問題を検討する目的で、生命倫理評議会を結成した。(注意:2002年7月の2日間で行われた会議では、早期ヒト胚の扱いに関する方法および手順について終始議論が行われた。) 

レオン・カス教授が、17名から成る評議会の議長に指名された。会議は2002年1月から3月、5月、8月を除く毎月2日間の日程で9月まで行われ、スケジュールは2003年に延長された。 

最初の5回の月次会合では、幹細胞研究に関係するヒトクローン形成の問題全般が話し合われた。 

HE:クリントンおよびブッシュ大統領が任命したその他すべての委員会や評議会と同様、ブッシュ大統領とカス教授に再三訴えを行ったにも関わらず、この委員会のメンバーにも、ヒト発生学者は任命されなかった。 

議事録の原稿を読んだところ、ヒト発生学において150年前から受け入れられてきた用語の拡大解釈および改正が認められた。その例として、「胚」、「生命」、「ヒト」、「胚盤胞」などの用語が挙げられる。 

ヒト発生学の用語は、分類学上の意味においてのみ重要であることをもう一度確認する必要がある。ヒト発生学者たちは、これらの用語を用いて意見交換を行う。また、産科医や小児科医にとっても有用である。こうした用語が一般語彙としての重要性を欠く理由は、ヒトの生命の連続体を表すものだからである。 

私は、ヒト発生学の用語が改訂されていること、ならびに評議会のメンバーにヒト発生学者が指名されておらず、証人としても招かれていない事実を批判するレターをカス議長に送付した(すでにブッシュ大統領とカス教授にヒト発生学者をメンバーに指名するよう要請するレターを送っていた)。また、幹細胞生物学者のジョン・ギアハートが、自分を「ヒト発生学者」と称した彼の証言についても苦情を申し立てた。彼はヒト発生学者ではない。 

カス議長から返答はなかった。 

C. Ward Kischer Ph.D. (C. ウォード・キッシャー)
Emeritus Professor of Anatomy,
Specialist in Human Embryology,
University of Arizona College of Medicine
(Tucson, Arizona)
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