七夕に願うこと
七月七日は七夕、私達の診療所や介護老人保健施設でも、それぞれ願い事を書いた短冊をつけて竹飾りを立てる。お盆の準備に関連した棚機(たなばた)と古代中国の星祭り乞巧奠(きこうでん)が合わさって七夕の行事となったようだ。天の川を挟んで織姫と彦星が年に一回だけ会えるという話だ。科学的にはこの二つの星は十五光年も離れているのだが、空想で楽しむのは自由だ。私達の竹飾りには「病気が治りますように」と書かれた短冊が最も多い。不治の病であっても治ることを夢見ることはできる。
遠隔転移を伴った進行癌などで現代医学で治癒不可能な場合、他に治癒可能な治療法は無い。『一期大要秘密集』にいう「身命を惜しまざる用心」が必要となる。しかし藁をもすがる思いから、効果のない民間療法に高いお金を払ってしまう人もいる。そのなかに癌の免疫療法に関係したものがある。今回は免疫に関する話題の五回目として「癌の免疫療法」を紹介する。
現代医学と民間療法の違い
同じ「癌の免疫療法」という言葉を使っても、証拠に基づいた現代医学と無批判の民間療法とでは全く違う。現代医学では治らなかった症例を大事にし、民間療法では治った例を宣伝に使っている。治った事例を集めても、その治療が有効である証拠にはならない。その治療を行った場合と行わない場合で、治った数と治らなかった数を比較する。それで初めて有効無効が判る。そのような科学的批判を通れば、その治療法は現代医学と呼ばれる。科学的批判を通らないか、あるいは通す努力を怠っている治療法が民間療法と呼ばれる。従って民間療法は信頼できない。
科学である現代医学では、実験という厳しいテストが行われる。最終的には人間を対象とした実験に依らざるをえない。そのような人体実験が次のような「ヘルシンキ宣言」に従って行われる。「説明と同意」を原則とする。被験者の福利に対する配慮が科学的及び社会的利益よりも優先されなければならない。すべて人体実験の内容は、実験計画書の中に明示されていなければならない。この計画書は、考察、論評、助言及び承認を得るために、倫理審査委員会に提出されなければならない。この委員会は、研究者、スポンサー及びそれ以外の不適当な影響を及ぼすすべてのものから独立していることを要する、等々。ヘルシンキ宣言を遵守していない研究論文は受付されない。受付られた論文はレフリーによって批判的に審査され、合格したものだけが学術雑誌に掲載されて現代医学の一部となる。これが済んでいない治療法が民間療法であり、独立した委員会による倫理審査を受けずに人体実験をしているようなものだ。
信頼できる治療法の見分け方
通常は、医療保険の適応になっているか否かによって、その治療法が信頼できるか否かを見分けることができる。現在の保険診療では、保険で認めていない検査、手術、薬剤などにかかる費用を患者に請求することはできない。保険診療と自由診療の混合診療の禁止だ。だから原則として、保険が利かない薬の分を自費で支払うというようなことは無い。自由診療であれば全額自己負担となる。ここで「保険が利かない薬」が問題となる。保険適応になっていないということは、一般的には、効果が認められていないことを意味する。しかし中には、まだ適応になっていないけれども、有効である証拠が既にあって今後適応追加になる可能性が高いという場合もある。これを見分けるためには学術論文を読む必要があるので、一般的には信頼できる医師に判断してもらう事になる。別の医師にセカンドオピニョンを求めても良い。
癌の免疫療法
非自己を排除する働きである免疫を利用して癌の治療を行う。これは理論的には期待されたので、以前からいくつかの癌ワクチンやリンパ球療法が試みられた。しかしその多くは客観的有効性が証明されず、民間療法の域に止まっていた。実用的な癌免疫療法が出現するためには、免疫学の進歩を待つ必要があったのだ。
ハーセプチンという抗体を用いた癌免疫療法がある。ヒト癌遺伝子ハーツー(HER2)の遺伝子産物であるハーツー蛋白は、癌細胞を増殖させる因子の受容体だ。ハーツー蛋白が過剰発現した癌は増殖が早い。ハーセプチンはハーツー蛋白に対する抗体だ。乳癌では約二十五%でハーツー蛋白の過剰発現がみられる。このうちハーセプチンは約二十%で腫瘍縮小効果を認め、効果の持続は平均九ヵ月であった。
期待される癌免疫療法に樹状細胞療法がある。前(三月号)に書いたように、Tリンパ球が活性化してキラーT細胞になるためには、抗原を提示する細胞によって刺激される必要がある。強力な抗原提示細胞に樹状細胞があり、一個の樹状細胞で数百から数千のリンパ球が刺激される。患者本人から採取した樹状細胞を体外で癌細胞の抗原とともに培養して体内にもどす、等の免疫療法の臨床試験が現在進行中だ。
Tanaka Masahiro (タナカ マサヒロ)
田中 雅博(1946年ー2017年3月21日)
坂東20番西明寺住職・普門院診療所内科医師
出典 藪坊主法話集
Copyright ©2004年7月掲載
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