日本 プロライフ ムーブメント

幸福と豊かさを考える責任

平成18年9月、英国の社会心理学者エードリアン・ホワイトが、世界各国の国民の幸福度の順位を示す「世界幸福地図」を作成しまた。178ヶ国を調査対象として、各国の基礎データや国際機関の報告書を調べ、8万人から聞き取り調査を行い、幸福度を調べたのです。その結果、1位はデンマーク、2位はスイス、3位はオーストリア、米国は23位、英国は41位、中国は82位、日本は90位、韓国は102位、インド125位、ロシア167位でした。アジアではブータンが8位、マレーシアが17位、台湾は68位、香港は63位、シンガポールは53位で幸福度は日本より高かったのです。つまり日本は幸福度後進国と言えるのです。 

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愛への挑戦

回勅:“フマネ・ヴィテ”は愛への挑戦 愛への挑戦 回勅:“フマネ・ヴィテ”に向けられた敵意が余りにも大きいので、人工避妊が初代教会のころから論争点でなったと初めて聞いた人はあっけにとられるほどです。一九三0年八月十四日、英国国教会は重大な理由があれば夫婦が避妊することは許されると決定したのですが、キリスト教諸派はそれまで避妊に関して一致して反対していたのです。教皇ピオ十一世は同年十二月三十一日、回勅『カスティ・コンヌビイ』で、避妊は本質的に悪であるというカトリック教会の伝統的教えを確認なさいました。

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慈善事業の勇気ある新世界:与える側が、人の生死を決定することになるのだろうか?

20世紀初頭の30年あまりの間、アメリカや多くの西欧諸国では優生学運動が盛んであった。『生まれながらに優れた』という意味を持つこの優生学の推進論者は、選択的生殖技術を用いれば、肉体的、精神的、文化的、そして社会的健全性を改善し、その結果、精神薄弱や癲癇、犯罪行為、精神病、アルコール中毒症、貧困状態を社会から一切なくす事ができると信じていた。

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コミュニケーションの大切さ(3)

そのままのあなたで 今まで二回にわたり、コミュニケーションツールと「聴く」と言うことについてお話ししてきました。最後に、コミュニケーションにおいてもっとも大切なことだと思うことをお話ししたいと思います。それは、表題にもある「そのままのあなたでいい」と言うことです。これは、そのままの「わたし」というのは、何ものにもかけがえのないものだと言うことです。「わたし」はわたしであって、あなたでも、彼でも彼女でもないのです。その「わたし」ということをコミュニケーションにおいては尊重し、生かし続けることが大切となります。 

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コミュニケーションの大切さ(1)

現代社会のコミュニケーション  現代社会は、IT(情報技術)社会と呼ばれています。 数年前までにはほとんどなかったインターネットの発達と携帯電話の普及が急速に進んでいます。特に携帯電話は、 小学生の四分の一が持っていると言われているほど、老若男女が持ち歩いている機械です。また、 ただ通話するだけではなく、インターネットのホームページが検索できたり、eメール(電子メール)が利用できたりと、 携帯端末として発展を続けています。これらのものは、現代社会においては、 もはや欠かすことのできないものとなりつつあります。でも確かに便利ですが、そこに潜む落とし穴もあります。 

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≪生命倫理について≫(3)

今回は、体外授精を取り上げたいと思います。体外授精には、配偶者間と非配偶者間の二パターンがあります。教会では、どちらも正常な生殖行為によって行われるものではないので、否定されています。(ただし、配偶者間においては、不妊で悩んでいる夫婦に対して同情を示しています。)この二つに共通する問題は、まずは、現在の医療技術では、授精させるためには複数の卵子と精子が必要となり、運良く着床し、胎児が成長してくると、使用されなかった卵子と精子が残り、それらは処分されることになります。教会では、この行為は中絶するのと同じ行為であると指摘しています。また精子を採取する方法も問題だとも指摘しています。ただ倫理的には、配偶者間においては、上記で言ったように同情の余地があります。 

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生命倫理について (2)

タレントの向井亜紀さんのことで、代理母がマスコミに取り上げられました。代理母は、カップルの精子と卵子を受精させ、その受精卵を自分たちとは関係のない別の女性の子宮を借りて、着床させ、子どもを産ませるというものです。いくつかの問題があると思いますので、整理しながら考えてみたいと思います。 

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水子供養

日本各地の寺院を巡ってみると、あちらこちらの寺院に「水子供養」の文字が見受けられます。そして、多くの場合、水子地蔵と呼ばれるお地蔵さんを中心とした祠が作られ供養されていることが多いようです。水子というのは、ご存じのように流産や堕胎など不幸にしてお母さんの胎内にいるときに亡くなった胎児のことです。この水子供養をしている場所に行ってみると、無数のおもちゃやお菓子、また子どもの衣料品などが祭られているのが目につきます。また、水子供養のために訪れるのは、男性よりも女性の方が多いのではないかと思います。この状況は、一つのことを表しているのではないかと思います。それは、多くの人が自分の行った行為に対して、ものすごく後悔の念を持っているということです。 

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緩和ケア「楽に死なせて」

緩和ケアとは死が間近に迫った人に提供される介護である。「苦痛緩和」には死に行く人の苦しみを軽減するという意味がある。そのやり方について、現在活発な議論が行われている「死に行く人」という言葉は、正しく解釈するならば、最大48時間以内に死亡すると合理的に予想できる人に当てはまる。ただし、「差し迫った」という単語の意味についても活発な議論が行われている。こうした議論に拍車をかけているのが、『生命の質』、ある種の生活に「生きる価値があるかどうか」、並びに「生きる価値がない」と思われる生命を維持することの「費用対効果」に対するさまざまな判断である。 

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教会の教示とヒトの生殖

避妊: カトリック教会は、「生殖過程が既に始まっている、何より、直接的な意思に基づく中絶や説得されての中絶は、たとえ治療目的であったとしても、誕生を調節する合法的理由として絶対的に許されない。同様に許されないのは、永久的か一時的かに関わらず、男性か女性かに関わらず、直接的な避妊である。」(1) この教示では、コンドーム、避妊リング、精管切除術、卵管結紮術および経口避妊薬、緊急避妊薬、注射または皮膚パッチによる避妊薬の投与などの化学的避妊薬による避妊を禁じている。これらを禁じる理由は、神の意思によって行なわれ、人間の自発性によって断ち切ることができない夫婦の行為の結合的意味と生殖的意味との切り離せない関係が、避妊によって破壊されるからである。 

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エイズと『フマネ・ヴィテ』に照らした責任ある産児

始めに エイズウイルスの伝染が特に著しい状況がいくつかあります。たとえば、エイズウイルスに感染している母親から生まれる子どものような罪のない者が、「母から子へ垂直感染」する場合がそうです。エイズウイルスは感染している母親から子どもへ次の3種類の経路で感染する可能性があります。

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「命を選びなさい」―現代の性教育を考えるために

アメリカで、ある先生が授業で語った話です。  「先生の親しい友達が、ある夜、突然たずねてきて、何も言わず泣き崩れた。彼はハンサムでスポーツマン、 いつも自信に満ちていた。なぜ泣いているのか、しばらく落ち着くのを待つしかありませんでした。彼は、 苦しそうに打ち明けはじめました。 

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クリスマスと間引き

二十年程前の事、数人の婦人たちが「あの人赤ちゃんを産んで、御不浄(ごふじょう)に捨てちゃったんだって」 と話しながらお茶菓子を食べていたのを、私は今でも覚えている。特にここ数年、 折あるごとにその時の状況と産み落としたおばさんの顔が鮮明に浮かび上がってくるのだ。もちろん当時、 間引きが頻繁にあったのではない。しかしそれでもあの婦人たちは、 それが新聞に殺人事件として報道されるような事柄だとは、だれも意識していなかったのではないか、と思う。 私は彼女たちが間引きに何の罪も感じない時代に生きていたと言うのではない。 近世はもちろん近代にもあった間引きという現実を、あれは殺人行為だと捕えないような意識、 あるいは親の方に何か特別な事情があったと受けとる観念の名残を、今になって私は、 そんな記憶の内に見るような気がするのである。 

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曲がっている

幼稚園付きの教会で働いていた時、園児の父母を対象に、宗教講座を受け持っていた。 平日の日中なのでお母さんばかりだったが、運動会や発表会などにはお父さん も来ていて、その子のお兄ちゃんやお姉ちゃん、小さな赤ちゃんも来ているので、家 族の暖かな姿が羨ましかった事を覚えている。その中の一人の女性は、ミッ ションスクール卒業で、それで子供をカトリックの幼稚園に入れていた。その彼女は ミッションスクール在学中も「公教要理」を受けていたし、教会でも勉強は続け ていたが、何故か洗礼を受けようとはしなかった。前の年の復活祭の時も受けません かと薦めたが、断って来た。それでもイエスの魅力には惹かれていて離れる事 ができず、ずっとここまで来てしまったとの事だった。 

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寄稿「原発とトイレ」

トイレがダメになって取り替えた。立ち上がると水が流れる。至れり尽くせりである。そんなにしなくてもと思うものの、便利であり、快適である。そんなにしなくてもという思いの中に、とにかく水が流れて、そして詰まらなければよい、つまり、水が流れず詰まったらどうしようもない、生活が成り立たないという思いがドンとある。 

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無知ゆえに幻想を抱く私達

文学作品に描かれている悲劇の中で最も悲惨なもののひとつに、聖書に出てくるサウルの話がある。サウルは、例えていうなら、ディズニ-アニメ版「ハムレット」といったところか。本家「ハムレット」には、少なくとも主人公を陥れる正当な理由と言える悲劇が起こるのに対し、サウルは、もって生まれた資質からすれば、もっともっと明るい人生を送るに値したと思われる。 

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自殺についての私達の誤解

私は自殺に関する記事を毎年書きます。なぜなら、あまりにもたくさんの人々がこの方法により愛する人を失った痛みをかかえて生きなければならないからです。私達の親しい誰かが自殺の犠牲者になった時、たくさんの混乱(なぜ?)や罪(私達は何かをしたかもしれない?どうしてもっと早く気が付かなかったのだろう?)や誤解(これは絶望の究極の形)と共に私達は生きることになり、そして、もし、私達が信仰を持つ人なら、宗教的心配も同じように出てきます。(神はそのような人をどうやって扱うのでしょうか?彼あるいは彼女の永遠の運命はどうなるのでしょうか?)

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道徳上の孤独

「神秘主義的な祈りの指針」という彼女の本の中で、ラス・ブロ-ズはテレ-ズ・リジックスについて興味深いコメントをしています。彼女の写真を見て、ブロ-ズは、集団の中にいてさえも、テレ-ズの顔には分離の素質、1人でいる素質があることを表わしていると指摘しているのです。彼女はとても社交的な人だけれども何かがいつも彼女を分離させています。何ものも全く消すことができないようなそれほどの孤独が彼女の中にあります。

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待降節:純潔空間の創造

初期の本で、アニ-・ディラ-ドはどのようにして待つことの重要性を経験したか紹介しています。彼女は蝶がゆっくりと繭から出てくるのを見ていた時でした。その非常にゆっくりとした変態の過程はとてもおもしろいものでした。しかし、その時彼女はせっかちになりました。彼女はろうそくを取り出して、繭を熱しました。わずかに少しですが速度が増しました。効果がありました。その蝶は少し早く姿を現しました。しかし、その過程が不自然に急がせられたために、生まれた蝶の羽は正確に形成されず、飛ぶこともできませんでした。

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