貞潔と相互尊重:エイズから身を守る最善策

R・A・ワトソン医学博士
L・S・ワトソン医学博士

「エイズは百%致命的なものです…自分の娘を少しでも危険にさらしたくない。」大きな不安をこう語りながら、十代の娘を持つ親は、娘を近くの店に連れていき、コンドーム売場でいくつか買うことを勧めた。

 残念なことに、コンドームにはティーンエイジャーたちの妊娠を防ぐのに少なくとも15〜18%もの確立で役には立たないという事実がある。つまりこれはコンドームに頼る少女たちのうち約五人に一人が妊娠してしまうことである。他の調査結果にはもっと失敗の確立が高いものもある。当然のことながら、コンドームが役に立たない場合はティーンエイジャー本人やその家族にとっては百%の災難となる。

「ポストグラデュエイト・メディスン」の編集長グレン・グリフィン博士は、「月にほんの数日の危険日しかない少女たちに18%もの避妊失敗の確立があるのなら、月の毎日が危険日である少年少女にはエイズや他の性病が感染する確立は一体どのくらいあるというのだろうか。」と問うている。

プロバスケットボールチームL.A.レイカーズのA.C.グリーン選手は勇敢な禁欲主義者であるが、彼も「コンドームを着用すれば絶対に安全だというのはうそである。コンドームは女性を妊娠することから守ろうとするので精一杯で、精子の四百五十倍も小さいエイズウィルスを遮ることなど不可能なのである。それは網を通る水のようなものだ。」と語っている。

コンドームのずれや破損の確立は15%と報告されている。実際「人間の性における医学的見解」の記事は、コンドームのような通常使用される避妊具は、性交渉によって蔓延するクラミディアと呼ばれる有機体から私たちの体を十分に保護ができないと結論づけている。

ウィリアム・R・アーチャー博士も同意見を述べている。「コンドームは、性的関係を続けている間中、クラミディアから私たちの体を保護することはないのである。コンドームはティーンエイジャーにとってエイズや妊娠に対する万能薬だと教えられているようであるが、それは間違いである。頻繁に性交渉を持つティーンエイジャーの三人に一人は高校を卒業するまでに何らかの性病をうつされている。そして、ほとんどの場合、コンドームは感染阻止の役には立っていないのである。」

セクシャル・ヘルス医学協会のJ・S・マクラハニー医学博士は、「ティーンエイジャーに「気をつけよう」とか「コンドームで安全に」といった考えが、実は彼らを守っていないのである。そのような考えは、彼らを性病、生殖ガン、前ガン症状、ヘルペス、不妊、そしてエイズへ駆り立てているだけである。」と語っている。

テレサ・クレンショー博士は、性教育カウンセラー・セラピスト・アメリカ協会の全国大会で八百人の聴衆を相手に、「健康な身体と死を招く病気の間にただの風船を入れて安全なはずがありません。」と注意を促した。

コンドームによる保護は、ティーンエイジャーたちがそれをきちんと正しく着用するというかすかな望みにかけられている。親たちは、ドアを閉めることさえもすぐに忘れてしまう我が子が、コンドームを使うことをきちんと覚えていられるのだろうかと不安になるのである。

幼い少年少女やティーンエイジャーが性行為を行うことによって、機能障害や自滅行為が見られるようになることがわかっている。「小児科」に掲載された研究発表を例に挙げると、彼らは通常の同年代の子どもよりアルコールを飲む傾向が6倍多く、薬をやっている仲間が運転する車に乗ることが10倍にも達するという。そしてさらには自殺を試みる者も比較的に多いという。

「ポストグラデュエイト・メディスン」の編集長グレン・グリフィン博士は、「子どもたちは、自分たちが子どものうちはセックスをするべきではないということを知る必要がある。今時、時代遅れだと思われるだろうが、本当に安全なセックスというのは、お互いに性的病気にかかっていない結婚した夫婦間で行うことである、ということを知って欲しいと思う。」と述べている。

有名な言い回しに「必要なら麻薬を打て。でも必ず清潔な針を使うこと。いつ、だれとでもセックスを楽しめばいい。ただしコンドームを使うこと。」というのがある。ABCのテッド・コッペル氏はデューク大学の講演で、「ノー!答えはノーだ!刑務所に入れられるからとか、エイズ病棟に入れられるからとか、そんな理由じゃない。それが間違っているからノーなんだ!」と反論した。

大切なのは「安全なセックス」ではなく「結婚まで待つセックス」なのである。子どもたちには安全に好き放題のことをやるのではなく、自分を尊重することや自分をコントロールすることを学んで欲しい。コンドームの問題は、子どもたちが若い男女の乱交の問題の根元を読み違えてしまうことにある。コンドームに問題を解決することはできない。

性的に交わること自体にはなんら特別なものはない。要するにセックスという肉体行為そのものである。動物は定期的にこの行為を行う。しかし、動物は行為の前に何度も考えたり、終わってからその後のことを考えたりといった莫大なエネルギーを消耗することはない。私たち人間が動物と違うのは、私たちには洞察力と慎重さが伴うということである。つまり、物事の本質の根底を理解することによって、今自分が行っていることが何なのかを問い、その長期的結末と価値を予見することができるのである。それによって私たちの性は深く特別なミステリーとなり、命を授かる行為、且つ独特なコミュニケーションとなるのである。気まぐれから満足を得たいという生物学上の衝動や自由に求めたいなどというものではなく、人間の性は畏敬の念の現れる責任や驚くべく義務の才能であり、たった一人の特別の相手のためにとっておく命を築く愛の絆なのである。

ティーンへのコンドーム宣伝活動は究極の失望と絶望の戦略である。それは未来を担う若者たちを自制能力がないか、あるいは動物的本能をかろうじて上回っているだけのように扱っているに過ぎない。もし16歳の少年に対して、複数の14歳の少女を相手に性交渉を持つことが「責任のあるセックス」(コンドームの使用を忘れない限りだが)だと教えているとしたら、義務や自己訓練、貞潔や無視無欲といった概念を将来どう教え込もうというのだろうか。

もっといい方法がある。ずっとすぐれた方法である。しかしそれは金を出して買えるものではない。日頃から家庭や学校で常に教えて行かなければならないものである。そしてそれを単に言葉だけで教え込もうとするのではなく、我々大人の振る舞いによって達成されなければならないものである。スローガン以上に、家族の共有する価値観は、確固たる価値、成熟、自己訓練に基づいた前向きの生きた責任でなければならないのである。 「ノーと言えばいいんだ!」だけでは十分ではないのである。自制、貞潔そして相互尊重に対して、「イエス」と言えばいいのである。


(Billings Ovulation Method Bulletin 9/97
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