昔は大家族が当たり前だっだ

Vaughan, David (ヴォーガン・デビッド)

昔は、大家族が当たり前だった。しかし,食べ物、衣服、住居などの物価が急上昇している現代では、大家族なんて狂気の沙汰ということになりかねない。しかし、グレン・マデアとグウェン・マデア夫婦にとっては、そうでないらしい。少しばかり失礼かなと感じながら、聞かずにはいられない人々から、彼らは質問を受けることがしばしばある。「11人もの子どもを持とうと、最初から計画していたのですか。」

「いいえ。」彼らはいつもこう答える。「本当は、12人欲しかったのですよ。でも神が私達におつかわしになったのが11人だったのです。」

子どもが全員成人した現在でも,今度は別の質問が、子どもを一人か二人しか持たない親達から飛び出す。「どうやって全員の食べ物や服や場所を用意できたのですか。どうやって全員の健康や悩み、教育や社会的地位について気を付けることができたのですか。手のつけられない十代のころに、家族につきものの言い争いや、病気や心配事をどうやってちゃんと処理することができたのですか。」 理学士の学位を持つ小柄で赤い髪のグウェンが答える。「子どもが一人でも11人でも同じことです。子どもには、無条件の愛と、多くの犠牲と、深い信頼を与えることが大事です。要するに、神の教えのとおりにものごとを行うことです。」

結果、マデア家では,幼い頃からこれらの教えを身につける。犠牲は多くとも、幼い頃からキリスト教育を受けさせることの大事さ。価値の重要さ。大家族の方が、ちいさい子どもに現実の受け入れ方を学ばせやすい。家族の結びつきは、将来お金で買えない見返りをもたらす。などである。無論、ものごとがうまく運ばないかのような時期もあった。子どもが多すぎてどこからも家を借りられない時、食べ物にいろいろ混ぜて量を多くしなくてはならない時、学校の教材をたくさん買わなくてはならない時。しかし、そんな時でも、マデア家では、分け与えることの美しさ、家族の絆の強さこそが一番大事なのだと信じてきたのだ。夫がベトナムから重い病にかかって帰って来た時、子ども達が助け合ってグウェンを支えてくれた時は、このことの大事さがグウェンによりはっきりわかった。

子ども達が大きくなるにつれ,食料品の買い出し、食事作り、その他の家事、移動などがすべて楽になってきた。子ども達が家事を分担し、運転を覚え、小さい子ども達の面倒をみるようになったからだ。「ある時期からは、私は単にアドバイスするだけでよくなりました。」とグウェンは言う。グウェンはまた、電話は一人十分までと取り決め、一本の電話線で皆が事足りるようにさせたという。

「これらのことすべてのおかげで,子ども達は利己的にもならず、他人を思いやることを学んだのです。どんな願い事でも叶う子どもは、成長すると不幸せな大人になるのです。」とグウェンはいう。

「私達の幸せは、物質的な豊かさに左右されない、私達が誰であるか、他の人にどうふるまうかによって決まるんだってママは教えてくれました。」グウェンの娘の一人、テスはこう語る。彼女はミズ一リのTV局のパーソナリティーをしている。「ママとは逆にパパは、私達に原則を与えてくれました。」

以前パイロットをしていたグレンは、めったに逆上して怒ったりしない。彼は、明白な「提案」をゆっくりと優しい南部なまりで、子ども達によると少し軍隊調で、伝えるのだ。一番大事な規則はこれである。「個人の望みや計画よりも、家族の幸せが大切だ。」

「パパは冷たいわけではなかったけど、いつも厳しかったわ。自分が育ったルイジアナの教育方針なのかもしれない。とにかく、決して破ってはならない規則というものが、私達にはあったんです。」

親密さということにかけては、今や弁護士、内科医、看護婦、その他の専門的な職業についているマデア家の子ども達は、「共に遊び共に祈る家族はいつも一緒にいる」という格言をそのまま実行しているかのようだ。毎晩、夜のお祈りの時には、ひざまづく子どもで部屋中いっぱいになる。

マデア家にとって、お祈りのほかにも子育てに必要なのは、一緒に過ごすことである。まだ子ども達が小さかった頃は、全員一つの車の中になんとか入り込み、これ以上は予定外と頑張っていた。それから、テントを一つ余分に立てなくてはならなくなった。車とテントの数は、徐々に二倍、三倍と増えていった。ついには、高価なボートも加わり、キャンピングカーまで購入した。キャンピングカ一は、家に駐車している間は静かな勉強部屋になるというので、結局もう一台増えた。

旅は、家族の絆とお互いを愛し合う気持ちと友情を築くのに役立つ。それは困った時、必要な時に、ほかの人を助けることにつながる。

今日になっても、マデア夫婦は、家族の子どもの数について、質問されることがある。ある人は、そんなに大勢子どもがいては、グウェンは自分が誰なのかわからなくなってしまったに違いないと言う。「ママ」と呼ばれつづけて、「ママ」でしかなくなってしまったのではないかと。子ども達によると、そうではないらしい。おむつをかえたり学校の会合に出席したり、時間講師として学校で働きながらも、グウェンはほかの事にも時間を使っている。未婚の母になろうとしている女性や中絶しようか迷っている女性を助けたりもしているのだ。

グウェンと軍を退職したグレンにとってはどんな環境でも、子どもは宝物だ。「神は人類に、お金で買えない贈り物を下さった。それは、創造の過程で共有するということだ。」グウェンは,子どもはみんな愛の結晶だと考える。二人の人間の愛情を生涯形にしたものだと。

「生まれてくる子どもごとに、結婚生活のまた違った愛の一面が表れるような気がします。」とグウェンは言う。「もしかしたら、それが子どもを11人も産んだ理由かもしれませんね。」

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