スティ−ブン・ベ−カ−は見捨てられて死に至ったのでしょうか?

Valko, Nancy (ヴァルコ・ナンシー)
許可を得て複製
英語原文より翻訳: www.lifeissues.net

病人や身体の不自由な人を殺す方法はたくさんあります。食べ物と水を与えないというのも一つの方法です。スティ−ブン・ベ−カ−の脳の圧迫を和らげるため3月に行われた手術は、彼の消化力のある器官の管へチュ−ブを通して供給されている食物と水を取り除くことについて議論が巡りました。彼の生命を終了するという決断がなされる以前に、セントルイスの郊外にある聖ヨハネ慈悲医療センタ−の記録によると、この医学上の補助装置を使った食物と水の供給は、正確に言えば「心地よいケア」と呼ばれていました。現在はメディアのみならずその病院もそれを「生命の補助」と呼んでいます。

しかし、世間に見せないようにしておいて、抗生物質、他の有益な薬物治療、理学療法、そして現在汚染されている彼の脳を脇へよけるための可能な手術というその他の処置は、法律上の処置はいまだ進行状態であるけれどもスティ−ブンに否定されることができるということを聖ヨハネ慈悲医療センターとその倫理委員会は宣言しました。

もう一方の医者によって、その診断は真偽が問われているけれども、スティ−ブンは聖ヨハネ慈悲医療センターによって、起きているけれども意識がないと定義されている、いわゆる「永続的な植物状態」だと考えられています。皮肉にも、鎮痛剤と筋肉の弛緩薬は供給されるかもしれないいくつかの治療の中に現在考えられています。どうして、反応しなくなった人にさえも鎮痛剤が必要なのでしょうか?どうして、彼の現在の投薬法は「極秘」だという情報をスティ−ブンの家族は言われたのでしょうか?

真実は、スティ−ブンは脳の外科手術をしてから、反応し微笑んでいたけれども、現在はもはや椅子に座る余裕もありません。家族の人達と病院の記録でさえもこの反応性を報告しているけれども、「昏睡状態に陥っている」じっとしている虚偽の写真は主張しています。

「死の倫理」

「死の倫理」の思考方法は、病院倫理委員会によって広められました。スティ−ブンの健康状態が頭を悩ませたということさえも驚きません。家族がスティ−ブンをお見舞いにきた時に入浴をする必要があると感じた時、家族の人が彼を入浴させるように提案されました。しかし、浴用のタオルさえも急に入手ができなかったので、家族の人は自分でタオルを持ってきました。聖ヨハネ倫理委員会は、スティ−ブンの病状進行のためや、感染症との戦いを助けるためになる処置を拒絶したという秘密を是認することができ、裁判所命令が出たために9月の公聴会まで公的に彼に栄養供給を続けたと言うことは、とても非道なことです。死んでいる患者でさえも、援助を求める過程の間は、基本的な医療処置が許可されます。これが、「死ぬ権利」が私達にもたらした結果なのでしょうか。

聖ヨハネ倫理委員会は、そのようなケ−スのためにすみやかに記録を定める傾向にあるようです。そして、脳が深刻に負傷したたくさんの人々が、結局は回復すること・・・時には、時間と処置によって完全に回復することがあることを示す研究や新しい報告を無視しています。

スティ−ブンの運命

家族は今回スティ−ブンの生存を要求しました。しかしながら、倫理委員会はスティ−ブンは充分に良く回復をしないだろうということを決断して、彼の妻であるクリスティ−に彼の生命を終わらせる提案を受け入れるように説得しました。家族の他のメンバ−はその提案を受け入れることを勧めるために、同様の「相談」と会合を提供され、このようにして論争を避けます。しかし、彼らは断りました。今、スティ−ブンの運命は裁判によって決まります。

スティ−ブンはこの状況を決して選んではいません。彼は将来、看護士として歩もうとコ−スを選択していました。裁判所が任命した保護者の報告書は次のように述べました。彼は、倫理的なジレンマを十分理解できる程、医療に精通しているので、社会の中で「死ぬ権利」のケ−スのような人々のように生きることは望まないだろうというコメントを主張したでしょうと。これは、彼は深刻な障害を持って生きるよりはむしろ死ぬことの方を選ぶであろうという「明確で説得力のある」証拠の構成要素となりました。

しかしながら、彼が神経外科医と相談した後、脳外科手術が考えられていたことを知り、彼は頑として事前命令に署名することを拒否したということを彼の家族は言います。

彼は法律で必須とされている事前の命令に署名をしていないということは、病院の記録から分かります。彼がその可能性が起こるかもしれないと知っていたにもかかわらず、処置を断ることを選ばなかったということを確認すべきです。この拒絶は彼の最後の健康ケア決断です。

「死ぬ権利」の拒絶

「死ぬ権利」を拒絶するということはどう解釈できますか?この質問は私達全ての人が尋ねられるべきです。

大衆が含まれていた問題点について正直に通知されるまで、そして彼らが医療専門家や病院に最も高い倫理基準を要求するまで、誰でも、彼らの生命が不十分な品質であると倫理委員会が決断する時に、全ての人が潜在的に時期尚早に死ぬという危険性があります。人は生き延びたけれども、身体障害者である時、経費を抑えるための圧力と共に、数百万ドルの医療事故訴訟が連結しています。倫理委員会が必然的ケアを止めようとしたり制限しようとする時、私達は内在している衝突に注意を怠らないようにしなければなりません。

そしてまた、医者と看護婦は死の倫理の思考方法に抵抗するために、権利と責任を持ち、年齢や身体障害や精神欠陥のために自分自身を自分で守ることができない最も傷つきやすい患者を守ります。

スティ−ブン・ベ−カ−はリビングウイルやその他の事前命令に署名することを拒絶したにもかかわらず、基本的なケアを否定されることによる残酷な死に直面した最初の人ではありません。どうか彼を最後の犠牲者として下さい。

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