幹細胞に関する論争

Valko, Nancy (ヴァルコ、ナンシー)
英語原文より翻訳: www.lifeissues.net


「私のいのちの方が、ペトリ皿の数個の細胞のいのちより大切です。」(脊髄を損傷した女性からの編集者への手紙、ニュ−ヨ−クタイムズ紙2001年11月8日)
「胎児を実験の対象や道具として用いることは、人間の尊厳に対する犯罪である。胎児は、すでに生まれている子どもやその他の人間と同じように尊重される権利がある。」(ドノム・ヴィテ)
[生命のはじまりに関する教書:人間の生命のはじまりに対する尊重と生殖過程の尊厳に関する現代のいくつかの疑問に答えて,1987]


今年の夏、国全体がいのちの始まりとそれが意味することに関する異常なほどの議論に夢中になりました。その話題はヒト胚幹細胞研究で、上記の2つの意見を読めば、大きな見解の相違と、それに関わる利害関係の大きさがわかります。

現在の論争は、1995年にアメリカ国会で可決されたほとんど知られていないディッキ−修正案から始まりましたが、その修正案はヒト胚を破壊することに関わる研究に対する連邦政府の資金援助を禁止するというものでした。

しかし1999年、クリントン政権は体外受精(IVF、いわゆる「試験官ベイビ−」技術)で作られた余分な胚から得られた幹細胞を使う研究に対する資金援助を認めるという国立衛生研究所(NIH)の新しいガイドラインを承認しました。

皮肉なことにIVF(体外受精)は、いのちがいつ始まるかはわからないというロウ&ウエィド訴訟に対する最高裁の決定の主張が間違っていることをずっと前から証明していたのでした。

IVF(体外受精)を行なえば、胚が破壊されるか、冷凍されるか、子宮に戻されるかのいずれかのことが行なわれるまでの数日間にわたる新しい一人の人間の発達ばかりでなく、受精の実際の瞬間も観察することができます。

自然状態では、母親の体内で受精したばかりの胚は、ペトリ皿の中ではなく卵管を下って子宮に達し着床するまでの数日間成長を続けます。

この単純な科学的事実が知られて久しいのですが、アメリカ産科婦人科学会は1995年に、受精を「受精した卵子の着床」だと定義し直しました。このことは、新しいいのちが子宮内に着床することを妨げる人工的な避妊とその当時違法であった中絶とを区別させるための言葉の操作でした。

しかしながら、定義し直すことによって真実が変わることはなく、その結果として、人工的な避妊についての無知が広がることになったばかりでなく、人工的な生殖法によって母親の体外で受精された胚のステイタスについての法的社会的混乱が起きました。

代理母、クロ−ニング、冷凍保存されている胚に関する養育権の争い、幹細胞を得るためにヒト胚を破壊することに関して現在起きている論争は全て、この科学的に不正確な受精の再定義の副産物なのです。

1968年に出された教皇パウロ6世の回勅「フマネ・ヴィテ」は、肉体的な結合と生殖の分離を非難し、恐ろしい結果がもたらされることを予言しましたが、それは先を見通したことでした。

科学対人間

体外受精の結果、科学者が「余った」胚で実験を行なうことになることは避けられないことでした。まさにここ数年で、科学者は脳や心臓や筋肉や他の人体の200種類以上もの細胞に分化する前に、初期胚から細胞を分離することができるようになりました。胚性幹細胞(ES細胞)として知られているこれらの細胞を操作することによって、たくさんの病気や症状を治療するために、これらの細胞を特定の器官や組織に発達させることができると科学者は考えています。倫理的な問題はこれらの細胞を採取することが胚の死をもたらすということです。

評判にもかかわらず、これまでのところ、このような治療方法は(アメリカにおいても他の国においても個人の研究グル−プによって行なわれている)これらの研究によって、まだ生み出されてはいないのです。そして倫理的な問題を、「どのみち捨てられることになる」体外受精で余った胚に関することに「すぎない」と、位置付けようとする大々的なPR努力にもかかわらず、科学者は今、中絶された胎児から採取された幹細胞で実験をしたり、自分たちが使う幹細胞を「採取」する目的で公然と研究室で胚を造ったりしているのです。

一方、成人や胚以外のもので発見された幹細胞は、すでに新しい療法やさらには治療方法まで生み出しています。たとえば、分娩後に得られる臍帯は幹細胞の宝庫であることがわかっていて、ガンによって破壊された子どもの免疫システムの修復に成功しています。これらの幹細胞を使用すれば、いのちを破壊することにならず、したがって倫理的な問題は全く起きません。このような幹細胞は普通、体性幹細胞と呼ばれています。

このような体性幹細胞が、胚性幹細胞と同じように、他の様々な種類の細胞に成長するように操作できるということを科学者が発見しているという事実にもかかわらず、破壊をもたらす胚性幹細胞研究の支持者は、どのような細胞にも成長できる理論上の能力のために、胚性幹細胞の方が優れていると主張しているのです。

しかしその理論上の能力にも、いくつかの問題となる欠点があるように思われます。科学者は、このような細胞の成長の「スイッチを切る」方法をまだ知らない状態にあり、このことは治療どころか腫瘍や他の問題が起きる可能性があることを示しています。

このことは、ごく最近の今年の3月、中絶された胎児から採取された細胞をパ−キンソン病の患者の脳に入れたところ、全く治療にならず、これらの患者の多くにひどい合併症がいつまでも発生したことが報告されたときに証明されました。

ブッシュ大統領の決定

胚性幹細胞の使用に対する連邦政府の資金援助を認める新しい国立衛生研究所のガイドラインは、研究に関する倫理的問題に関心を持っているプロライフグル−プや他のグル−プによって即座に非難されました。そのガイドラインは、破壊的な胚研究に対する連邦政府の資金援助に反対するジョ−ジ・W・ブッシュ氏とそのような資金援助を支持するアル・ゴア氏との選挙の争点になりました。

国会での聴聞会が開かれ、現在治療不可能な病気にかかっているマイケル・J・フォックスやクリストファ−・リ−ブや他の有名人が、自分たちの病気の治療法を見つけるための胚の使用への支持に加わりました。

オ−リン・ハッチ上院議員のような、以前はプロライフの考え方に忠実であった人々でさえ、子宮の外にある胚は子宮内の胚と同じ倫理的なステイタスを有していないと主張して、その研究を支持しました。彼は、ある夫婦がそのような「不要な」胚をもらい、今二人の健康な息子を授かっていると国会で証言したにもかかわらず、この考え方を主張しました。

またそれ以外に多くの主張が行なわれました。犠牲となる胚は、胚を人間以下のものと表現しようとして、多くの科学者や進歩的な解説者によって「初期胚」とか「未分化胚芽細胞」とか「人間になる可能性のあるもの」とか呼ばれました。どのみちすぐに殺されるいのちなのだから、それから利益を得てもよいという、長い間間違いだとされてきた主張が復活しました。ト−クショ−には、糖尿病やアルツハイマ−病の人々の親族からの電話が殺到し、病人の苦しみを知っている人は誰であろうときっとこの研究の支持をするだろうと主張しました。

最後の手段として、国立衛生研究所のガイドラインを、政府の資金ではなく他の資金源を利用してすでに破壊的な胚研究を行なっているアメリカにおける私的な研究グル−プの倫理を「規定する」一つの方法だとして弁護する新聞の社説まで現われました。

その論争は、8月9日にジョ−ジ・W・ブッシュ大統領が、いのちの神聖さを言葉巧みに擁護し、さらなる破壊的な胚研究に対する連邦政府の資金援助を禁止しながらも、すでに存在している培養幹細胞株(無限に再生するように培養されたすでに破壊された胚から採られた幹細胞)の研究目的での使用を認めるという「妥協」解決策を提示した時に最高潮に達しました。

合衆国カトリック司教会議や他の多くのプロライフグル−プは、ブッシュ大統領の決定を「倫理に反する」として非難しましたが、さらなる胚の破壊をもたらす連邦政府の資金援助を禁止するための決定を慎重に支持するプロライフグル−プも他に少しありました。(合衆国カトリック司教会議の声明は次のアドレスで見ることができます:(http://www.nccbuscc.org/

ブッシュ大統領の決定の直後に行なわれた世論調査によると、回答者の60%以上がブッシュ大統領の妥協策を支持し、70%以上もの回答者が胚研究を支持した前回の世論調査と逆転していることがわかりました。

良いニュ−スは、その決定を発表する大統領の演説が人間のいのちの破壊に反対する大多数の民衆の声と共鳴したように思われることです。悪いニュ−スは、倫理に反してすでに行なわれていた研究に対する資金援助をその決定が許可することです。このことは、倫理に反する研究でも後に有用だと考えられるかもしれないものに対しては一種の恩赦を与え、すでに存在している培養幹細胞株に関する抜け穴を見つけたり、妥協を拡げたりするための法的な操作をするという、パンドラの箱を全開することになります。

胚性幹細胞論争は決して終わったわけでなく、結果は手段を肯定しないという賢明な警告は、科学においてはもはや普遍的な原則として認識されていないことがますます明らかになってきているのです。

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