減数手術:医療なのか、暴虐なのか?

Valko, Nancy ヴァルコ、ナンシー
英語原文より翻訳: www.lifeissues.net

多胎妊娠が増えてきたこの時代、この処置法は世間に受け入れられてきており、「都合の悪いいのちは処分しても良い」という考え方を推奨する一因となっている。

「減数手術は、胎内に残した赤ちゃんの生存を必然的に確保するというより、むしろその手術自体が、その子らの流産や早産の原因になることもある。」ボビ・マッコーイーが歴史的な七つ子出産をした時に、最初にまず聞かれた質問の一つは「なぜ?」だった。

その時メディアが即座に指摘したとおり、4人以上の多胎妊娠をした女性のほとんどは、「減数手術」と呼ばれる処置を選んでいた。これは、胎内から一人か二人の赤ちゃんを排除することによって、残りの赤ちゃんに生き残るチャンスが増すことを期待する中絶手術である。

多胎妊娠において最も危険である早産は、新生児の死や障害を持つ可能性を大きくする。ボビ・マッコーイーの出産以前では、七つ子を胎内で28週間以上育てるのは不可能だと考えられていた。28週間というのは、それ以降なら早産しても未熟児が生き残る可能性が高くなるというマジック・ナンバーである。

昔は多胎児出産というのは珍しかったが、新しい生殖技術の出現により、3人以上の赤ちゃんを妊娠する数が1980年以来3倍になっている。マッコーイー夫人が使った排卵誘発剤や体外受精(試験管ベイビー)が、このおびただしい増加の主な原因である。アメリカの体外受精のクリニックでは、他の国々と違って、子宮に着床させても良いとする胚子状態の赤ちゃんの数は、法律で規制されていない。子宮に着床させる赤ちゃんの数が多ければ多いほど、少なくとも一人の赤ちゃんが生き残る可能性が大きくなり、更にそのクリニックでの成功率も高くなるというわけである。

自然にしろテクノロジーを使ってでにしろ多胎児がお腹にできると、医師は通常、減数手術を勧める。この減数手術という処置は、中絶論争に新たな争点を提供している。しかし、多胎妊娠に関する記述には必ず出てくる早産に起こりうる合併症の長々とした説明とは対照的に、減数手術による肉体的、精神的リスクはあまり探求されていない。

マッコーイー家に七つ子が生まれるまで、多くの人は減数手術について聞いたこともなかったが、この手術自体は何十年も前から行われていた。ここ数十年の超音波や胎児期検査の開発で、医師は、胎内の多胎児の数、位置、時には胎児の健康状態まで、大抵分かるようになっていた。しかし母親を危険にさらさず、残りの赤ちゃんも傷つけたり失ったりせずに、一人又はそれ以上の赤ちゃんを除去する技術が大きなネックとなっていたのだった。

皮肉にも、最初にメディアの注目を集めたのは、母親の健康でもなく赤ちゃんの数でもなく、双子の胎児のうち障害を持った一人を除去するケースであった。1980年代のある時ある母親が、胎内の双子の内、ダウン症の一人を中絶出来ないなら二人とも中絶する、と脅したのである。その後「望んだ」方の赤ちゃんが無事産まれた時、この減数手術は医学の躍進として、世間に迎え入れられた。

減数手術のやり方はここ数年、全採血(致死量の出血)、空気注射、吸引中絶など何種類か試されてきた。最近好まれているやり方の一つは、超音波を使って最も操作しやすい位置にいる赤ちゃんを選び出し、長い針を母親の腹部を通して赤ちゃんの心臓に差し込む方法である。そこから致死量の塩化カリウムを注入し、赤ちゃんの心臓を止め、死なせるのである。

この中絶手段は普通、妊娠9〜13週目で行われる。死んだ赤ちゃんの身体が溶解し再吸収される為には、この時期を選ぶことが大切なのである。それは赤ちゃんの死んだ組織からの感染のリスクを減らすだけでなく、再吸収されてしまえば、母親(そして医師)が減数手術の残骸を見なくても済む、という利点もあるから。このような処置は、18〜24週目でも、障害を持った胎児を除去するために、少ない数ではあるが、まだ行われている。

時折、医師は異常な状況を記している。処置の後の超音波で、「除去された」はずの赤ちゃんが、まだ生きていることが分かったというものである。例え妊娠9週目の赤ちゃんの心臓でも、中には明らかに回復力の強いものがあり、自力で再び動き始めることもあるという。そういう場合はほとんど、再び赤ちゃんが死ぬまで、医師が致死量の注射をすることになる。(注:私の資料によれば、どのケースでも再注射が行われている。)

よく言われている内容に反して、中絶処置には肉体的な危険が伴う。胎内に残った赤ちゃんへの永続的損傷、感染、そして早産などが、減数手術により起こりうる合併症である。

減数手術は、胎内に残した赤ちゃんの生存を必然的に確保するというより、むしろ手術自体がその子らの流産や早産の原因になることもある。胎内に残したすべての赤ちゃんまで失われてしまう可能性は、7〜22%である。そして、デトロイトのハッツェル病院内科医のマーク・エバンズ医師によると、多胎であればあるほど、減数手術の後であっても流産の可能性は大きくなる。エバンズ医師は減数手術の先駆者で、国内の6つの医療施設で減数手術を行っている医師達からデータを集め、分析している。彼がタイムスユニオン電子新聞に話したところでは、減数手術を受ける母親の40%は三つ子以上妊娠していないと予測され、ほとんどの母親は多胎児を2人に減らすという。

更に産科医らによると、双子の妊娠は危険でないとされているにもかかわらず、特に高齢のカップルの場合に、ライフスタイルや経済的状況の理由から、双子のうち1人を減らしたいという傾向が、少しずつではあるが増えてきている。エバンズ医師は、それに対しても特に問題はないとしている。「この社会では、一人をゼロにしてもいいとしているのに、何故二人を一人にしてはいけないのか?」という。

しかし、どんな新しいいのちでも自由に処分してもいい、というこのような意見は、減数手術を受けた女性みんなが例外なく持っているというわけではない。

赤ちゃんが欲しくて、多くの熱意やエネルギーやお金をそれにつぎ込み、やっとその願いがかなった女性とその夫達は、せっかく授かった赤ちゃんのうち何人かを処分しなければならないという時、とてつもない怒りを覚えるのである。

1997年11月21日発行のウォールストリートジャーナルでは、減数手術を受けた女性達の痛烈な話が、いくつか詳しく載っていた。四つ子の一人を中絶したフロリダに住むある女性は、2年たった今でも、まだその決断について苦しんでいる、と言う。

「そうすることが正しかったと思えた事は一度もありません。夫と私は当時ずっと泣きっぱなしでした」と彼女は言った。別の母親は、三つ子の内の一人を除する減数手術に、レポーターがつきそうことを認めた。けれど手術が終わった後、彼女は涙で一杯の目をふき、レポーターには一言も話せなかった。しかし一方、別の母親は、四つ子の内二人を中絶した後、残りの二人も早産が原因で亡くしてしまったが、それでも彼女は自分の判断が正しかったと言っている。「未熟児で将来の可能性がない子ども達を持つということは納得できない」と言い張った。

そういう意見を持った人は多くいる。マッコーイー家の七つ子誕生により、道徳家、医師や他の評論家による国を挙げての討論が活発化し、「中絶は法律上の権利であるにもかかわらず、マッコーイーのような親は、減数手術を拒むことによって、自分の赤ちゃん達のいのちを不必要に危険にさらし、多大な健康管理費をかけることになる」と指摘する。

「三つ子グループ」の創設者であり、自身が三つ子の母であるジャネット・ブレイルや、減数手術について発言してきたオーストラリアのイアン・マクイザーック医師など他の人々は、多胎妊娠の危険性が多くの場合大げさに伝えられており、脅かされた妊婦が減数手術へ走っている、と感じている。五つ子の出産などは、もうニュースにもならないというのに。

マッコーイー夫妻が神への信心から減数手術の拒否を決心した、というのも、一部の人々の反感を買った。11月25日発行のワシントンポスト紙にコラムニストのリチャード・コーエンがこう書いている。「この国では、自分の頭を使わない万能の言い訳として、宗教を持ち出すことが当たり前になってきている。」

ボストンのヘルスケア倫理研究ヨハネ法王センターの教育長であるフランシスコ会のジェルマン・コパツィンスキー神父は、それに異を唱える。「他の者を生かせるために一部を選んで死なせるというのは、人間が立ち入ってはならない判断の領域である。それは神の真似ごとをしていることだが、残念ながら神にはとても及ばないから。」とコパツィンスキー神父はカトリック通信社に語った。

医師らや他の傍観者は、宿った赤ちゃんの一人をも中絶しなかったボビ・マッコーイーや他の勇気ある女性達に、結局は教わることが多そうである。マッコーイーさんによれば、根底にあるのは「一人ずつであろうが一度に七人であろうが、どんな子どもでも神からの授かり物」ということである。

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