モリーゼ訪問:「留まらずに、歩もう」教皇、若者たちに励まし

Vatican Radio broadcasts (バチカン放送局)
バチカン放送局 日本語課
司牧訪問
出典原文
2014年7月8 日掲載
許可を得て複製

5日、イタリア・モリーゼ州を訪問された教皇フランシスコは、若者たちとの集いを持たれた。

カステルペトローゾの御悲しみの聖母巡礼聖堂で行われた教皇との出会いには、モリーゼとアブルッツォ両州の青年たちが詰め掛けた。

教皇は若者たちの歓声に、「熱狂(エントゥジアズモ)という言葉がどこから来たか知っていますか。ギリシャ語から来たこの言葉は、『神の何かを内に持っている』または『神の中にある』という意味です。健全な熱狂とは、神的な何かを内に持ち、それを喜びと共に表現することです」と述べ、「皆さんは希望や、満たされたいという願い、未来や人生に意味を与えたい、それぞれにあった道を歩みたいという情熱に開かれているのです」と話しかけられた。

そして、「留まっていてはいけません。若い人は留まっているべきではありません。歩むことです。何かに向かって進むことです。動いてはいても、ぐるぐる人生の周りを回っているだけの人もいます。でも、人生は周りをぶらつくためではなく、歩むためにある。これが皆さんにとっての挑戦です」と説かれた。

現代社会には「仮の」「一時的な」生き方をモデルとする文化があるが、これは愛や責任によって築かれた確かな関係と共に安定した生活を選択することを妨げてしまうと教皇は指摘。

また、行き過ぎた個人主義への憧れは、もはや何でもありうるという考えから、長い熟考と努力と献身によって得た重要な選択を、安易な相対主義をもって放棄させ、責任を避け、何が何でも自由的であろうとする危険に陥りやすいと、注意を促された。

こうした定まりの無い「人生の迷路」に入り込んでしまったならば、立ち止まり、そこから脱出する筋道を探すべきであり、人生を単に彷徨いながら消耗してはいけないと、教皇は若い人たちに助言された。

さらに就職難の問題に触れた教皇は、勉強にも、仕事にも可能性を持ち得ない若者たちを見るのは悲しいことと述べ、皆が連帯のうちに助け合いながら、この問題に立ち向かっていかなければならないと呼びかけられた。


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