「生活習慣病と食時五観」死の四重奏

Tanaka Masahiro (タナカ マサヒロ)
田中 雅博(1946年ー2017年3月21日)
元 坂東20番西明寺住職・普門院診療所内科医師
出典 藪坊主法話集
2003年8月掲載
許可を得て複製

死の四重奏

毎日世界中で約四万人が餓死している。日本では逆に食べ過ぎた結果と考えられる死亡が増えている。 いわゆる生活習慣病であり、過食による肥満で増悪する 動脈硬化だ。自覚症状が無い間に徐々に血管が脆くなっていく。 そして日本人の約半数が動脈硬化による脳卒中や心臓病などの病気で死亡している。特に過食が 関係する上半身肥満、高血糖、高脂血症、高血圧の四つの合併は非常に危険であり死の四重奏、デッドリィ・ カルテットと呼ばれている。

 私がカルテットという言葉を最初に知ったのは十代頃、モダン・ジャズ・カルテット、 略してMJQという名前からであった。名曲ジャンゴのもの哀しい調べに惹かれた。このMJQの代表作は名ギタリスト、 ジャンゴ・ラインハルトのための葬送ミサ曲、レクイエムとして作曲されたという。 仏教の葬儀でも真言宗等では声明という音楽が唱えられるが、新しく作曲されることは少ないと思う。 レクイエムは通常鎮魂歌と訳されるが、カトリックの葬儀式文で「彼らに安息 (レクイエム)を与えたまえ」と神に祈ることに由来するので、死者の鎮魂とは少し趣が違うようだ。 レクイエムはミサ曲であり、ミサはキリストの救済行為を 最後の晩餐でのイエスの言葉に基づいてパンとブドウ酒を使って再現する儀式だそうだ。 キリストの身体と血と思ってパンを食べワインを飲む。これをわきまえずに飲み食いする者は裁きを受けるという。 仏教においても食事には意味があり、食欲にまかせた過食は戒められている。

食事療法

 

死の四重奏の根底には内臓脂肪の過剰蓄積がある。内臓脂肪蓄積は過剰な食物摂取や運動不足が大きく関わっており、 減食療法と運動療法が重要だ。内臓脂肪は皮下脂肪に比べて貯まりやすいが減りやすい。減量に成功しても、 少しでも食べ過ぎると内臓脂肪は蓄積するので、長期にわたる生活習慣の改善と維持が必要だ。アルコールや砂糖・ 果糖の過剰摂取も控える必要がある。また効率よく脂肪を燃焼させるために、 一回三〇分以上の持続的な運動をすることが望ましい。毎日体重を量り、目標体重まで減量したら一生その維持に努める。  

現在のところ内臓脂肪を減らす良い薬はない。将来は、薬による食欲のコントロールも可能になると期待される。 というのはコレシストキニン、レプチン、ペプチドYY3ー36などの満腹感を生じさせるホルモン、 グレリンという逆に食欲を高めるホルモン、その他の研究で肥満を来す機序が解明されつつあるからだ。しかし現状では、 合併する糖尿病、高血圧症、高脂血症などが薬を使うべき基準を満たす場合にだけ薬を使って、 極度の肥満の場合を除いて内臓脂肪を減らす目的では薬は使わない方がよい。

なまぐさ

 

古い経典に「なまぐさ」とは肉食をすることではないと説かれている。 生き物を殺すこと盗むこと嘘をつくこと等がなまぐさであり、肉食をすることではない。 欲望を制することなく美味を貪る等がなまぐさであり、肉食をすることではない。 物惜しみし他人に与えない人々等がなまぐさであり、肉食をすることではない。怒り驕り偽り嫉妬する等がなまぐさであり 、肉食をすることではない。等々。なまぐさとは肉食をすることではないと計七回繰り返して説かれている。  

修行僧の食事は、生命を支えるに足りるだけの乞食により、正午前の一日一食だった。 すでに調理された肉を乞食で受けた時には肉食もした。なまぐさの意味とも共通するが、戒を保つことこそ重要なのだ。 僧侶が食の時に観ずべき五つの観念は、現代まで伝わって宗派等で少しづつ違っているが、五観の根本精神に変わりはない 。「初めには功の多少を計り彼の来処を量るべし」不可思議なる自然から種を得て、栽培され、 品種改良など代々多数の人々の努力が続き、等々、ついにこの食べ物となった。 そのように考えると途轍もない価値がある眼前の食物と、自分の少ない功徳とを比較計量する。「 二には己が徳行の全か欠か多か減かを量れ」そして自分の功徳を積む行いが完全か欠けているか多いか少ないかを量る。「 三には心を防ぎ過ちを顕すは三毒に過ぎず」 自分の欲望が満たされないことが怒りの心を生ずる原因だということを知らない無智、 この貪瞋癡の三毒が過ちを起こすのであるから、欲望の制御さえできればよい。「 四には正しく良薬を事とし形苦を済わんことを取れ」食物は飢渇等の身体の苦を救う薬物とみなして食べる。「 五には道業を成ぜんが為なり、世報は意に非ず」仏道修行完成のため に食事をするのであり、欲望を満たす為ではない。  

死の四重奏の患者さんに食事療法を学んでもらっても、実際には食事制限を実行できない人も多い。 カロリーの計算等ができても、空腹の自制ができないのだ。そのような患者さんに、 私は食時五観を現代語に訳した文章をコピーして差し上げるようにしている。

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