成人T細胞白血病(昭和51年)

Suzuki, Atsushi (スズキ・アツシ)
鈴木厚(内科医師)
2010年3月21日掲載
「平成医新」DoctorsBlog
許可を得て複製

昭和47年頃から、熊本大学の高月清教授は成人に特有な新しい型の白血病を何例か経験していた。 白血病は白血球がガン化する病気である。高月清が経験した白血病は、白血球増加に加え、 リンパ球細胞の核に花びらのような切れ込みがみられる点が他の白血病と違っていた。さらにこの奇妙な白血病患者は九州 、特に鹿児島出身者に多いという特徴があった。昭和52年、高月清はこの白血病を医学雑誌Bloodに記載、 成人T細胞白血病(ATL:AdultT-cellLeukemia)という新しい疾患概念を提唱した。

白血球は好中球とリンパ球に大別され、医学の進歩によってリンパ球は液性免疫に関与するB細胞、 細胞性免疫に関与するT細胞に分けることができた。そして白血病の多くはB細胞由来であったが、 高月清が見いだした白血病は例外なくT細胞由来であった。 この白血病は成熟したリンパ球の形をしていたので慢性リンパ性白血病の類縁疾患と考えられたが、 患者の多くは予後不良の急性期型の経過をとった。この奇妙な白血病は高月清教授だけでなく、 九州地方の医師たちも気づいていた。熊本大学・ 小宮悦造教授は異常細胞の形態が花の形に似ていることからflowercellと名づけ、著書・ 臨床血液学のなかでその形態をスケッチで示していた。

成人T細胞白血病は成人に発症し、平均年齢は57歳である。症状は頸部、わきの下、足のつけ根などのリンパ節がはれ、 また肝臓や脾臓も腫大することがある。骨髄に転移すると正常な赤血球や血小板が造られず、動悸、 息切れなどの貧血の症状、鼻血、歯肉出血などの出血症状がみられた。さらに血液のカルシウム値が高くなると、 食欲の低下、吐き気、意識低下などの症状がみられた。また細菌やウイルスに対する抵抗力が低下した。 その他の臓器にも病変をつくることがあり、症状は多彩であった。

昭和55年6月、東京の国立がんセンターでATLの研究会が開かれた。 この会議に京都大学ウイルス研究所の日沼頼夫教授が出席していた。当時、 ニワトリやネズミにガン引き起こすウイルスは知られていたが、 人間のガンウイルスとしてはEBウイルスの例外があるだけだった。

EBウイルスはバーキットリンパ腫を引き起こすことが知られていたが、EBウイルスはごく普通のウイルスで、 日本人の多くが感染していた。EBウイルスによるバーキットリンパ腫の発症はアフリカに限局しており、 他の国で患者をみることは少なかった。そのためEBウイルスをガンウイルスと認識する考えは少なかった。 日沼教授はEBウイルスと人間の癌の関係を研究していたことから研究会に呼ばれたが、 日沼教授はATLのウイルス説に疑問を持っていた。

ATLの研究がすすみ、高知医科大学の三好教授が試験管で培養できるATLの細胞株をつくりあげた。 ATL細胞と臍帯血リンパ球を一緒に培養することによってATL細胞株を得ることが出来たのである。 このATL細胞株は試験管の中で増殖することからATLの解明に大きな貢献をもたらした。

日沼教授はATLの原因がウイルスならば、ATLの白血病細胞にウイルスが存在すると推測していた。 そしてこの仮説が正しければ、患者は異物であるウイルスに対して抗体を作っているはずである。 日沼教授はATL細胞をバラバラにして患者血清の抗体と反応させた。ATL細胞にウイルスが存在すれば、 ウイルスと抗体は結合するはずだった。抗体は人グロブリンなので、次に人グロブリンに対する抗体を加えた。 そしてその抗体には蛍光色素を結合させていた。ウイルス・ウイルスに対する抗体・ヒトグロブリン抗体・ 蛍光色素の複合体をつくらせ原因ウイルスをチェーン式に見いだそうとしたのである。 蛍光色素は特殊な光線をあてると蛍光を発するため、この蛍光を肉眼的に確認できれば、 それはウイルスの存在を意味していた。

昭和55年11月、白血病細胞の抽出液に患者血清を加え、次に蛍光色素をつけたヒトグロブリン抗体を反応させた。 そして暗室の中で蛍光を当て顕微鏡で覗くと、明るい部分が浮かび上がってきた。ATL患者の血清の代わりに、 正常人の血清、別の白血病患者の血清を用いた実験では蛍光は発しなかった。つまりこれはATLに特有の反応だった。

このことはATL患者の血液にATL細胞に特異的な抗体が存在し、 この抗体と反応する抗原がATLを引き起こす原因ウイルスと考えられた。 日沼教授の仮説が正しいことが証明されたのである。

日沼教授はATL細胞を大阪医科大学の中井益代教授に送った。 中井教授は電子顕微鏡によるネズミのレトロウイルス研究の第一人者だった。そして昭和56年2月、 中井教授は電子顕微鏡でC型レトロウイルスの粒子を見いだし、 ついにATL細胞からウイルスを肉眼的に検出したのだった。

さらに東京・癌研究所の吉田光昭博士が研究に加わり、ATL細胞から検出されたウイルスが、 ATL細胞の遺伝子の中に一定の法則で組み込まれていることが証明された。 つまりこのウイルスは遺伝子を介して正常Tリンパ球を白血病細胞に変える腫瘍ウイルスであることが証明された。

この腫瘍ウイルスはATLの患者の白血病細胞に例外なく認められ、このウイルスはC型レトロウイルス( 逆転写酵素をもつRNAウイルス)に属することがわかった。

しかしこのATLウイルスの発見者はアメリカ国立癌研究所のロバート・ギャロ(RobertGallo) 博士となっている。昭和55年、ギャロ博士はATLのウイルスをすでに発見していた。 ギャロがこの新種のウイルスを発見したのは、菌状息肉腫という皮膚の腫瘍細胞からだった。菌状息肉腫の織片より、 新しいC型レトロウイルスを分離し、ギャロは菌状息肉腫の原因ウイルスを発見したと報告した。 ところが他の菌状息肉腫の患者から、このウイルスは見つからず菌状息肉腫の原因ウイルスでないことがわかった。 ギャロが菌状息肉腫と思ったのはATLの皮膚病変だったのである。ATLの患者は西インド諸島からの移民だった。 カリブ海周辺はATLの散在する地域だった。

日沼教授がATLウイルスとATLの因果関係を証明した時に、 ギャロは自分の捕まえたウイルスが何者なのか分っていなかった。ギャロ博士は細胞からウイルスを分離しHTLV- Iと命名したにすぎないが、このHTLV-Iが日本の研究者が発見したウイルスと同一であったことが後にわかり、 HTLV-Iのウイルスはギャロによって発見されたことになった。ギャロのウイルスの発見は偶然だった。 吉田光昭博士が日米で別々に発見されたウイルスが同じ構造を持つことを証明したのである。

ちょうど同じ頃、エイズが世界中の注目を集めており、エイズもATLと同じレトロウイルスに属することがわかった。 当初、ATL抗体の検出には蛍光抗体法が用いられていたが、 簡便な方法が開発され病院の検査室や血液センターでも検査が可能になった。 研究が進むとATL患者がATL抗体陽性なのは当然であるが、患者の家族にも抗体陽性者が多いことが分かった。 健康な人たちもATL抗体を持っていることは、感染しても発症しない人が大部分であることを意味していた。

昭和58年、 日沼教授らが国内のATL抗体陽性率を調べるため各地の血液センターに保存してある献血者の血液を調べた結果、 ATL抗体陽性者は北海道1.2%、東北1.0%、関東0.7%、北陸・中部0.3%、近畿1.2%、中国0.5%、 四国0.5%、九州・沖縄は8.0%であった。

つまり九州・沖縄にATL抗体陽性者が多いという地域性があった。また九州では鹿児島県、那覇市、 佐世保市の陽性率は10%を越え、福岡県、大分県は3から4%だった。 沖縄の陽性率は高値であったが宮古島は低値だった。沖縄本島には縄文前期以降の遺跡があるが、 宮古島には13世紀以前の遺物はない。宮古島に住む人々の祖先は沖縄地域とは異なり、 比較的最近どこからか移り住んだと考えられた。

また岩手県の陽性率は低いものの三陸地方では陽性率10%を超える地区があった。秋田の象潟、飛島、能登半島、 紀伊半島、中国地方の日本海側、隠岐、四国の宇和島近郊などに陽性者が多かった。 また東大に保存してある北海道のアイヌの血清を調べると44%という高い陽性率を示した。

日沼教授はATLの地域性を説明するため次のような仮説を立てた。1万年以上前、 日本に昔から住んでいた人々はATLウイルスを持っていた。そこにウイルスを持たない人々が数千年前に移住し、 先住民を追い出したため日本列島の中央部の陽性者が減少した。つまりウイルス保持者の縄文人が、 大陸からやってきたウイルス非保持者の弥生人に追いやられたとする仮説である。

韓国と中国ではATL抗体陽性者はほとんどいない。東アジアでは日本だけに特有なものであった。 日本以外でATL陽性の国はパプアニューギニア、オーストラリアの先住民族、カリブ海沿岸、南米アンデス地方、 アフリカにわずかに見られる程度であった。

遺伝子解析からATLにはサブタイプがあることが分かった。 そして日本のATLはアイヌとアイヌ以外では違うタイプのウイルスであることがわかった。 つまり古代日本人は北と南の両方のルートから別々にやってきたものと推測された。 日本人のATLはアフリカやオセアニアのものより、南米アンデス地方のものに近かった。 このことはアンデスの先住民と日本人が、同じ祖先から分かれたことを意味していた。

ATLウイルス感染者は日本全国で約120万人(人口の約1%)と推定されている。 しかし感染者が発症するのは年間700人で、大部分は発症しないことがわかっている。感染してATLを発症する者、 発症しないキャリアの違いについてはまだ解明されていない。

鳥取大教授・日野茂男はATLウイルスが母乳を介して母親から子へ垂直感染することを明らかにした。長崎大学・ 片峰茂教授は長崎県で13万人以上の妊婦から5千人以上のキャリア妊婦を見つけ12年にわたり母乳授乳をさけ1000 人以上の母子感染を予防した。

ATLウイルスは性行為でも感染はする。精液により男性から女性への感染であるが、 夫婦間で感染してもATLを発症することは極めてまれである。 そのため夫婦間感染に対する特別な対策は立てられていない。また輸血によっても感染するが、 昭和61年から献血時に抗体の検査が行われ輸血による感染の心配はない。生きたリンパ球がATLウイルスを運ぶので、 日常生活で感染することはない。

鹿児島大学教授・納光弘はHTLV-Iに関連した神経症状であるHAM(HTLV- 1associatedmyelopathy)について研究している。HAMはHTLV-1が脊髄後角に感染し、 炎症性の脱髄反応により麻痺などの様々な神経症状を引き起こす病気である。 ATLウイルスはこのように神経症状も引き起こすのだった。

成人T細胞白血病リンパ腫は、多彩な症状、臨床経過をとる。次の5つのタイプに分けることができる。1)急性型: 血液中にflowercellのリンパ球が多数出現し、リンパ節の腫脹、皮疹、肝臓・脾臓の腫大を伴う。 予後は不良で抗がん剤の治療でも数ヶ月で死亡する例が多い。2)リンパ腫型: 悪性化したリンパ球が主にリンパ節で増えて、血液中に異常細胞が認められない型。抗がん剤による治療を必要とする。3 )慢性型;血液中の白血球数が増加し、異常リンパ球が多数出現するが、増殖は遅く症状は見られない。 無治療で経過を観察する。4)くすぶり型:白血球数は正常だが、血液中に異常リンパ球が存在する。 多くの場合無治療で長期間変化しないことが多いため経過観察が行われる。5)急性転化型:慢性型やくすぶり型から、 急性型やリンパ腫型へ病状が進む場合である。

このように急性型、リンパ腫型、急性転化型が治療の対象になる。抗がん剤の併用療法によって30〜70%が寛解( 悪性細胞が減少して、検査値異常が改善した状態)するが、最終的に治癒するのはごく一部である。 また抗がん剤の副作用で死亡することもある。このように成人T細胞白血病は難治性であるが、 造血幹細胞移植が現在最も期待されている治療法である。

ATL抗体陽性であっても、症状や検査値異常を認めらない人をHTLV-Iキャリアというが、HTLV- Iキャリアは定期的な通院の必要はない。

成人T細胞白血病の発見は日本の科学者による輝かしい勝利だった。 人間においてガンウイルスを明確にしたのは成人T細胞白血病が世界で初めてである。

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