新出生前診断〜中絶〜

Shimazaki, Hiroki (シマザキ・ヒロキ)
嶋崎 浩樹
出典 趣味の部屋(ブログ編)
2013年11月26日
許可を得て複製

先週の金曜日(11月22日付)の毎日新聞のトップページに、「新出生前診断『陽性』53人が中絶」 という記事が載っていました。

新出生前診断というのは、「妊婦の血液から胎児の染色体異常の有無を判定する」もので、 今はまだ臨床研究の途上だとのことです。この検査方法は、妊婦の採血だけで行えるので、胎児に対する影響はなく、また 、妊娠10週前後から検査ができます。そして、採血によって、胎児の染色体異常の有無を高い精度で判別できる検査です 。

ここまでの話ならば、妊婦、胎児ともに問題はなく、また、事前に生まれてくる子どもの病気がわかるので、 対処しやすいという利点があります。しかし、この新聞記事によると、約3500人を解析した結果、約1.9% にあたる67人に陽性反応が出ました。そのうち羊水検査などの確定診断を受けた62人のうち、 流産などをしなかった人が54人。そのうち53人が中絶を選び、一人も中絶しようかどうかと悩んだということです。 これは、命を粗末にする行為に他なりません。

中絶をした人を批難する前に、彼女らが中絶を選んだ理由が、翌23日の同じく毎日新聞に載っていました。 記事によると、「赤ちゃんの状態の見通しがよくない」、「染色体異常の子どもを産み育てる自信がない」、「 将来設計に不安がある」、「子どもを残して死ぬ不安、きょうだいへの負担が増大する」、「経済的な不安がある」 というのが、理由です。大まかにまとめると、将来への不安(特に子育て、経済的な)が大きな理由となっています。

果たしてこの理由で一人の幼い命をなくして良いのでしょうか?子どもは「つくるもの」ではなく、 昔からいわれているように、「授かるもの」です。神からわたしたちに授かった命を、 こちらの方の都合で奪っても良いのでしょうか?

カトリック教会では、1987年2月に、教皇庁教理省から、「生命のはじまりに関する教書」というの発表されており 、その中で、「胎内診断は、受精卵や胎児を傷つけることなくその生命を尊重し、 個人としてのその保護や治療のために行われるのであれば認められる」とし、一定の条件での、出生前診断を認めています 。しかし、「結果によっては中絶する意図をもって行うのであれば、胎内診断は道徳律に対する重大な背反となるであろう 。異常や遺伝病の存在を示す診断は、死刑の宣告となってはならない」と指摘している。カトリック教会は、 中絶に対しては、伝統的に否定の態度を貫き通しています。とはいっても、この指摘は大事にしなければならないでしょう 。

わたしも何家族ものダウン症や自閉症などの知的障がいをもったご家族の方を知っていますが、 たしかに生活は大変という声を聞きます。それは、経済的なこともあるでしょうか、 ずっと子どものそばに何らかの形で寄り添っていないといけない、ことばは良くないのですが、 子どもに拘束されてしまうということは現実問題としてあり、負担ともなっているのは現実です。

しかし、そのどのご家族も、障がいをもっている子どもを邪険に扱うのではなく、健常の子どもと同じように子育てを行い 、子どもに愛情を注いでいます。すくなくとも、子どもを産んだことに対しての後悔は感じとることができません。

いろいろと経済的、体力的、また子どもが一人遺されたあとの不安などがあるでしょうが、まずは、 子どもを授かったことを感謝し、子どもを慈しんで育て、また、 健常の子どもからは得ることのできないいろいろなかけがえのないもの得ることができます。マイナス面だけではなく、 プラス面も考えて、一人の幼い尊い命を守り育てて欲しいと思います。

そのためには、社会の仕組みが障がい者に対して、もっと差別や偏見の目をもたず、また、 障がい者や家族を支援する仕組みを充実していくことが求められるでしょう。

このブログを見て、「お前は甘い」、「なにもわかっていない」というご意見もあろうかとは思いますが、あえて、 一人の尊い命を守りたいという一念からこのブログを書きました。

(参考文献)

生命のはじまりに関する教書〜 人間の生命のはじまりに対する尊重と生殖過程の尊厳に関係する現代のいくつかの疑問に答えて〜 カトリック中央協議会  刊  1996年発行 第三版

この記事の上へ