”封印”された人生の復活
自殺と中絶

Sakakura, Kei (サカクラ・ケイ)
坂倉 圭
坂倉 恵二
出典 ようこそ、ケイ・スチュ ワートの世界へ
17説教/17-13 死と病
2001.11.18付けカトリック新聞6面
許可を得て複製

カトリック教会では、十一月を「死者の月」と定め、特に死者のために祈ることを呼び掛けている。しかし、 自殺や中絶をめぐっては、遺族や当事者、また第三者も、その出来事とどう向き合い、 どう声を発していいのか戸惑っている場合が少なくない。長年、自殺や中絶といった、 人生のつらさを体験した人々と多くの身近なかかわりを持ち、 カトリック教会の教えと死をめぐる問題を見つめてきた東京教区の坂倉恵二神父に、 これらの問題と死者の祈念について聞いた。

〔本文〕

カトリック教会は長い間、自殺や中絶などについて、「いのちの主である神に対する大罪」という理由で、 その遺族や当事者に厳しく接してきた。自殺や中絶を禁じていることは今も変わらないが、先ごろ出版された『 いのちへのまなざし 二十一世紀への司教団メッセージ』(62)で、日本カトリック司教団はこう 語っている。

「自殺者に対して、冷たく、裁き手として振る舞い、差別を助長してきました。今その事実を認め、 わたしたちは深く反省します。…これからは、神のあわれみとそのゆるしを必要としている故人と、 慰めと励ましを必要としているその遺族のために、心を込めて葬儀ミサや祈りを行うよう、教会共同体全体に呼びかけて いきたいと思います」

この司教団メッセージが目指すことを、坂倉神父は長年、どのように体験してきたのだろう。

自殺をめぐる体験

「これまでさまざまな死に直面してきました。自殺や中絶の善し悪しは、神の介在なくして、 人間の視点だけで答えの出るものではありません。ただ、私が残念に思うのは、その人の人生のすべてが、『自殺』 という出来事によって“封印”されてしまいがちなことです。 その人にも語り尽くせないほどの人生の豊かさがあったにもかかわらず、いつも真っ先に『自殺』 という出来事が全面に押し出されて、その人の生涯の歩みが私の中では復活しにくいのです。病死や老衰などの場合、 遺族や友人の心にずっと幅広くその人たちは生き続けられるのに、自殺という出来事は、その人(魂) が死を超えてもなお生き続けることの“連続性を遮断する傾向”があることが一番嫌なのです」

坂倉神父は、二十代で身近な人が自殺するという出来事に遭遇した。そして三十代のころ、自分自身が自殺を考えた。 日本海が一望できる建物から、身を投げようとしたこともある。自殺された気持ち、自殺を考えた気持ちが分かるため、 どちらの立場の相談者であれ、その苦しみを感じ取れるのではないかと言う。「身近な人の自殺について、 今でも語るのはつらいのです。思い出すこともつらいのです。神様に創(つく)られて、この世に生を受けて、 生きていて良いという許可をもらった人々の人生がつまらない人生であったはずはありません。自殺によって“封印” された人生が、神様によって最も豊かに解放されると信じています。神様の介在がなければ、また信仰がなければ、 あまりにつらくてその人の死をとても受け止めることはできません」と坂倉神父は語る。自殺の理由は、病気、心労、 レイプされた苦しみ、愛する人の死などと言われるが、一言では語れない。坂倉神父は、 自殺とそれに伴う苦しみについて整理して考える上で、自分が、自殺した人とどのような位置(場所・間柄など) を取っている時に、その出来事に遭遇したのかということが重要な点だという。

1)一番の中心は神様(いのちを与えた存在として、人間の自殺をどうとらえるか)。

2)神様からいのちを与えられた本人。

3)その人を愛していた家族など(この場合、自分自身の一部が死んだのか、自分以外の人が死んだのか分別できぬほど、 衝撃が大きい。「自殺した」「自殺された」という関係になる)。

4)友人や第三者。

「私がこうして紙面を通して語ることについて、関係者は、自分たちが住む県名を出されることすら拒絶します。『自殺』 という言葉と『県名』を言われただけで、自分たちのことが世間に公表されてしまったと感じてしまうほど、 過剰に反応するのです。遺族らにとっては一生いえぬほどの心の傷となります。命日の度に、 子どもの死をめぐりお互いを責め合う両親、子どもの死因(自殺)を家族に隠し続けている父親など、 自殺はそれくらい重いのです」

死者の祈念

「自殺した人や残された人のために私にできることと言えば、苦しみのある人と同じところに、 私の心があるようにすることです」

坂倉神父が追悼ミサを頼まれたときに、必ず遺族にお願いすることがある。それは、故人の資料をもらうこと。 死亡時の状況をはじめ、思想、主張、趣味、好みなどを明記して、故人が好きだった物や本人が作った曲、 本などがあれば添えてもらう。学歴ではなく、その人の「人となり」が分かる情報になる。

「見知らぬ人を追悼する場合、故人の写真を虫めがねで見ながら、その人の情報を収集します。服や色の好み、 食事風景なら食べ物の好み、表情から読み取る人柄など。また故人が好きだったCDや本を一週間かけて聴いたり、 読んだりして、追悼を依頼してきた人と同じ気持ちになれるぐらいまで準備したいのです。 単に名前だけをもらってミサをささげたとしても、真の追悼にはならないと思うからです」

遺族らが、自分の身近で起きた死について、その悲しみや心の奥底の思いなど、初めて自分が主人公になれて向き合い、 自分の意思でしのべるのが現代の追悼ミサの意味だ。残念ながら、葬儀は、遺族の悲しみに関係なく、“つつがなく” 運ばれていくことに注力されるからだ。坂倉神父は、遺族らにとって重大な意味を持つこの追悼ミサで、 参列者の心の在りかに、自分の心も在りたいと願う。

カトリック教会では、普通、天国(永遠の幸福)、煉(れん)獄(清めの状態)と呼ばれているところの人々、 そして地上の私たち、それらすべての人々を「生命共同体」と呼んでいる。肉体をもたない死者であっても、 存在する霊的いのちがある。

坂倉神父はこう語る。「生きている人であっても、故人であっても、キリストのおかげで知り合えた人たち。 死んだ後であっても、書物などを通して、理解を深めたり、学んだりして、故人と付き合い、 あるいは諸聖人と共に祈ったりできるのです。死は終わりではないのです。人には死者との付き合いがあるのです」

中絶といのちに寄せる思い

ある日、七十歳くらいの女性(故人)に、追悼ミサを頼まれたことがある。しかし、当日の参列者は、 依頼した女性ただ一人だけだった。

何らかの理由で、「間引き」(民俗学的な表現で“神に戻す”“神に返す”)の風習が残っていたのは、 そんなに昔のことではない。今なら犯罪であるが、追悼ミサを依頼した女性も、結婚前に同じ経験をしていた。 自分の死期が近づいていることを知り、夫にもだれにも語ることなく、五十年以上も、 押し入れの奥に大切にしまい続けていた小さな骨壷を、その日の追悼ミサに持ってきた。

「昔の人が、生まれ出た赤ちゃんを『間引き』した感覚は、今の人が母胎の中の赤ちゃんをおろす感覚とほとんど同じです 。中絶も自殺と同じで、子どもの人生が“封印”されて、復活しにくい点が非常に似ています。そして、母親は『 自分が子どもを殺した』ということしか思い出せないほど苦しみ続けます。この女性が五十年以上、 小さな骨壷を大切にしてきた気持ちを考えると、胸が締め付けられる思いがします」

追悼ミサには、両親がおろした子どもに名前をつけて依頼してくるケースや、“手術日” を命日として依頼してくるケースもあるが、「依頼する」という行為にまで踏み込めない場合も多い。

坂倉神父は、身内に自殺者がいるということを高校時代に知らされた。しかし両親は、 人間の生きる姿を最も広い範囲で受け止めていたので、家族にその事実を隠したり、自殺したということで、 当事者の人生を否定したり、“封印”したりすることがなかったことが良かったと振り返る。また、身近な人がレイプされ 、 中絶したという悲惨な出来事に直面したこともある。

「どんな形であれ、いのちを失った人や関係者が、神様によって救われると信じています。中絶を考えている人には、 説得して生んでもらうこともしていますが、自殺や中絶が起こってしまった場合、 私の心が当事者たちのそばにいられるように努力したいのです。今でも押し入れを開ける度に、 あの小さな骨壷をふとんの奥にしまっていた女性を思い出します。ある曲を聴けば、 その曲が好きだった一故人が思い出されます。それぞれにとって大切な人や心ならずもこの世に誕生できなかったいのちは 、皆亡くなった後も生き続けているのです。地上の人であれ、故人であれ、今も一緒に生きているのです。『 今も生きている』というこの思いを、これからも遺族らと共有していきたいですね」

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