絶望の中での祈り

Rolheiser, Ron (ロルハイザー・ロン)
英語原文より翻訳: www.lifeissues.net

「長い孤独」という自叙伝の中で、ドロシー・デイはかつて人生においてどん底の状態にあった時に、いかに祈りを捧げていたかについて語っている。

ドロシー・デイはご存知の通り、生まれながらのキリスト教徒というわけではない。神の存在を信じないある男性と恋に落ちた後、自らの意志で信仰を持つようになった。彼女は知性に溢れ、マルクス主義や反教会の集会に参加しながら、もし人生を真正面から見据える勇気を人々が持っているのなら、誰も神を信じはしないだろうという確信を抱きつつ、20代に突入した。彼女はその考えに自信を持っていた。その当時の人生の喜びは、彼女と同じ価値観を持っていた男性との恋愛であった。彼と同居を始め、未入籍のまま赤ちゃんを身ごもった。この女の子の誕生は彼女を自分でも想像もしていなかった状態に変えた。小さな女の子を腕に抱き、畏敬の念に打たれ、感謝の念を抱き、自然と祈りを捧げていた。「これ程の喜びを与えられ、私は誰かに感謝する必要がある!」彼女の信仰心はこの感謝の念という最も信仰の根本から生まれた。

彼女はいくつかの教えを受け、洗礼を受けた後キリスト教徒となった。赤ちゃんの父親である男性は彼女が変わったことに狼狽し、もし赤ちゃんに洗礼を受けさせたりしたら別れると警告した。赤ちゃんは洗礼を受け、彼は彼女の元を本当に去っていった。友達の多くも同様の反応を示した。そのため、彼女は新たな信仰心に支えられていたにもかかわらず、昔からの友達や社会的支援制度を失い、シングルマザーとして自分で生計を立て、お金もなく、また今後の人生に向けて、今何をすべきかという明確なビジョンもないまま、孤独感に打ちひしがれていた。

しばらくの間このような感じで、未だかつてないほどの孤独感に、自分自身を見失い、もがき苦しむ日々が続いた。ある日、彼女はもう耐えられなくなり、娘を友人に預けて(西半球最大のカトリック教会である)National Shrine of the Immaculate Conception で祈りを捧げるためワシントンD.C.行きの列車に乗った。この日の彼女の祈りはまったく救いようもないものであった。おおまかに言うと彼女は次のようなことを神に言った。「私はあなたにすべてを捧げたのに、あなたは私に何もして下さらないではありませんか!私は迷っています、一人ぼっちです、どうすればよいかわかりません、そしてもうエネルギーも忍耐も尽き果てました。助けて下さい。今助けが必要なのです、遠い先では意味がありません!助けて下さい!今すぐに!このままではどうしようもありません!」その夜、ニューヨークに戻ってアパートの方に歩いていくと、男性が階段に座って彼女の帰りを待っていた。彼は「あなたの事を聞きました。ある考えのためにあなたの協力が必要です」と語った。そして「カトリック・ワーカー」のコンセプトについて説明し始めた。その男性の名前はピーター・モーリンで、その後の事はご存知の通りである。その日以来彼女は人生のビジョンを持つ事ができた。

誰しもが祈りを捧げてすぐに明確な答えを得るとは言えないが、同様の経験をした人は意外に多い。キング牧師が最悪の状態にあった時、いかに祈りを捧げたかについて次のように語っている。

「1月の終わりのある夜、精力的な一日を過ごした後、ようやくベットに入った。コレッタはすでに寝ており、私もまさに眠りに入ろうかという瞬間に電話のベルが鳴った。怒りに満ちたその声は、『聞け、この黒んぼ、もうおまえから得るものは何もない。モントゴメリーに来た事を今に後悔させてやる。』私は電話を切ったものの、その後眠る事はできなかった。あらゆる恐怖心が一気に私に襲い掛かってきたような感じがした。私自身、もう限界に達していた。

私はベッドから起き上がり歩き始め、遂にキッチンにたどり着きコーヒーを沸かした。もういつでもギブアップする準備ができていた。目の前のコーヒーには口をつけずに、私は臆病者に見られることなく、いかにしてこの事態から抜け出すかを考えていた。ここまで疲れた状態で、勇気も殆どなくなっており、私はこの問題を神に委ねることにした。ダイニングデーブルの上に両手で頭を抱え込み、私は大声で祈り始めた。あの夜神に語った言葉は今でも鮮明に覚えている。

『私は自分で正しいと思ったことの実現のために公然と戦っています。でも今は恐怖心で一杯です。人々は私に指導力を求めています。もし私が強さと勇気を持たずに彼らの前に立てば、彼らもまた活気をなくしてしまうでしょう。もう力尽きました。私には何も残っていません。これ以上一人でこの問題に立ち向かうことはできません。』

その瞬間、私は未だかつてないほどに、神の存在を感じたのです。」

クリスティーナ・クロフォードは、彼女の人生の最悪期について次のように語っている。「途方に暮れた状態もある一つの境遇にすぎません!」その通りである。そしてその途方に暮れた状態の時こそ、祈りを捧げるべきである。あらゆる面で傷つき、耐え難い辛い状態に陥り、ぼろぼろで立ち上がれない状態にある時こそ、祈りを捧げる最高の状況である。どうする事のできない状態にある時の祈りを神は必ず聞いている。

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