結婚に及ぼす中絶の影響

Reisser, Teri (ライサー・テリ)
Interdisciplinary Research in Values
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疾病管理センターの統計によると、アメリカ人女性で中絶を受ける人の5人に1人は結婚している。過去9年間にわたって、中絶後の男女をカウンセリングしてきたが、中絶する理由にはいろいろなものがあることがわかった。結婚生活を終わらせようとしているため、生む決心を崩したり、子どもがいれば去ることができなくなるような感情にさらされるのを恐れて生むのをやめてしまう夫婦もいる。あるいは、配偶者以外の相手との間に妊娠をした夫婦もいる。(特に夫が精管切除術を受けている場合などは事態がやっかいになる。)あるいは夫婦が高齢で、しかもすでに大きな子どもがいる場合もあるだろう・・幼い子どもを育てようとは考えないかもしれない。

また、既婚の女性が中絶する理由に夫の圧力もあげられている。ある研究によれば夫の44%が中絶するようそそのかしているようだ。もしその家庭の家計が主に妻の収入に頼っている場合、夫は新しい赤ん坊の誕生を家計を危うくするマイナスのものとしか見られなくなるようだ。あるいはまた今まで自分だけに向けられていた愛情が子どもの方へと移ってしまうことを受け入れられなくなることもあるようだ。 

中絶を決心するに当たっての理由がなんであろうとも、既婚の夫婦にとって中絶は確かに不利な影響を及ぼすことになる。以下にその困難さを挙げてみる。

A.関係の終わり。

オハイオ州の医大で行われた中絶後の女性を守る会の研究によると、独身の時に中絶をした66人の女性のうち7人しかその後その子の父親と結婚していないことがわかった。また別の研究では中絶を受けた女性のうち19.3%だけが、中絶後何年か経ってその子の父親と暮らしているという。マウント・サイナイ医学校で百人の女性を対象に行った調査では(うち75人が既婚者)、46%の人が中絶は人生の最大の危機を伴わせるとともに不安定な結婚生活あるいは社会的生活を強いられることになると答えている。自分の相手が中絶クリニックに行くのに何ヶ月あるいは何年か前に付き添ったことのある男性75人に聞いた所、25%の人が中絶により2人の関係が壊れたことを感じていることがわかった。

どちらが決断を下したにせよ、中絶が2人にとって大きな危機をもたらすことは確かである。その点について、心理学者のアーノルド・メドヴィーンは簡潔に表している:「中絶は紛れも無く死の体験であり、損失の体験である。それはだれにとっても計り知ることのできない影響をもたらす。中絶のことを2人が話さなくなったならば、秘密を持つようになり、2人の関係に劇的かつ破壊的なインパクトをもたらすことになるだろう。」

私の個人的な考えでは、中絶後の結婚の崩壊を引き起こす最大の理由は、女性の気持ちを冷まさせてしまう幻滅感ではないかと思う。シンデレラ・コンプレックスを無くそうという過去30年間の女性解放運動の必死の努力にもかかわらず、今でも女性の多くが自分を心から愛してくれて、家庭に尽くしてくれる男性を強く求める。だから相手がこの点で合格しなければ、女性は自分が捨てられたような気持ちになり、ついには何もやる気が起きなくなってしまう。

夫については、妻が自分の反対を押し切って中絶をした場合、自分の子どもを守ってやることができなかったという気持ちから男性のアイデンティティに対する不信を抱くことになる。子どもは確かに存在したはずなのに、今は子どもを認められるのは自分だけで、誰も認めることが出来ないのだから。

ケース1:スーザンが私の所に相談に来たのは、彼女が中絶をしてから4ヶ月経ったころだった。彼女と夫のグレッグが同意していたのは新しいマイ・ホームの家賃を2人の収入で返済して行くということだけだった。その時まだ2人は結婚して1年。賃貸のアパートから初めての一軒家に引っ越すことを考え始めたのだった。グレッグはこの時点で妊娠することは2人の計画にはなかったと主張。スーザンは少々ためらった後、中絶の手続きを取った。

医者に行き始めたころ、スーザンは泣きながら、グレッグが自分ほど真剣に中絶について考えてくれていないことに困惑していた。これが一番論理的な解決策だと自分に言い聞かせながらも、グレッグに対する恨みや不信が日に日に増して行くのを感じるのであった。特に彼が自分の悲しみを理解してくれようとしない態度に腹を立てるスーザンであった。治療が進むにつれ、だんだんと彼女は自分の気持ちが家を欲しいと思うよりも初めての子どもを失ったことに対する悲しみの方がはるかに大きいことに気付くのだった。彼女がグレッグと何時間もかけて語り合ったマイ・ホームの計画は今となっては彼女の頭の中でうつろに響くだけだった。ついにスーザンは、グレッグが自分と子どもに取り返しのつかないことをしたと信じ始め、彼から離れて行く自分の気持ちを押さえることができず、彼と話をするのもつらくなっていった。2人の関係を改善しようと何度か試みたが、ついに中絶後1年でスーザンはグレッグと離婚した。

B.対話における問題。

中絶を最終的に決断するのは結局のところ妊婦の方であるため、間接的にしかかかわることのない男性にとってはある種の不公平感を生じさせ、その結果対話する気力を失わせてしまうことがあるようだ。ある研究結果によると、初めての中絶で33%、何度目かの中絶で45%が女性の意志だけで決められている。また、夫に頼らずに中絶を決める妻は、幸せな結婚生活だと感じていない人が多いこともわかった。

中絶後の対話の損失の重要な点は、中絶そのものが男女間でかなり違った意味で捉えられているということにあるのではないだろうか。男性は一般的に子どもが誕生してから一年たってやっとその子と関係を築くといった感じだが、女性は妊娠テストで陽性だと初めて知らされた時から、自分の中に赤ちゃんがいることを認識する。自分の子どもである。つまり、中絶後の罪の意識は、それまでの自分の中に存在していた善悪に対する信念を犯したことに対する直接の結果となる。

さらに事態をややこしくするのが、女性が中絶後数週間かなりほっとして過ごす傾向にあるためだろう。そのため彼女の相手は、中絶を選んだ時の苦しみが既に過去のものになったという誤ったとらえ方をしてしまう。中絶後の二人の対話を欠かせてしまうもう一つの原因は、社会がいかなる形にせよ出産前の子どもを失ったことに対して(自ら選んだ中絶ならなおさら)お悔やみの気持ちをなかなか抱けないということだ。2人は混乱と悲しみのどん底にありながら、周りの人の支えなしに取り残されている。

夫婦の中には中絶した時には子どもを失った悲しみを感じられなくても、後になって悲痛の反応が現れ始める人達もいる。例としては、性的、対人的関係の不一致、強迫観念から生じる配偶者以外の相手との性行為、劣等感、妊娠できなくなる、といった症状が挙げられる。

ケース2:ペニーとジェイソンは、ペニーの妊娠に気が付いたとき高校3年生だった。2人ともお互いが初めての恋人であり、両方の親を説得でき次第、卒業後に結婚する約束をしていた。ジェイソンはすべてうまく行くと確信していたのだが、ペニーの方は望まない妊娠は親を説得するのに正しい方法ではないと決断した。そこで中絶。その後卒業、そして2年間の短大を修了した後、親の祝福を受けてめでたく結婚にこぎつけたのであった。あの日2人で病院を出て以降、中絶について一度も語り合わなかった。

結婚して1年経ったころ、ジェイソンは家族計画について話すようになった。ペニ一はなんとも説明の仕様がないパニックに襲われ、その話題には触れまいとしていた。次第に彼女は憂うつになり性的関係をも拒否しだした。すると今度はジェイソンが、彼女がいつまでも以前妊娠した時のことにこだわっているとイライラし始めた。それが過去の中絶の苦しみを更に思い起こさせ、敵意へと変わっていったのであった。

ついに結婚生活の改善を探ろうとした時には、2人は既にお互いからかなり遠ざかってしまっていた。ジェイソンは中絶した自分の子どもの死を嘆き悲しみ、ぺニーは反対にこれから対処すべくことに対するはっきりしない感情に恐れていた。しかも彼女はジェイソンに非難されているような気がしてならないのであった。

2人はその後全くお互いの気持ちを話し合うことができなくなった。ぺニーは自分の中絶経験の苦痛をどうしたらいいのかわからず、、現在の問題をそのままにして、関係を続けて行きたいと思った。しかしジェイソンは過去の問題をきちんと解決しなければ、これ以上一緒に暮らすことはできないと考えていた。

C.家族の忠誠を脅かすもの。

個人の権利が何にもまして尊重される時代にあって、家族の忠誠は時代遅れだと考えられるようになった。それは権力や服従、犠牲や責任といった古い考えをもたらす恐れを伴っているからである。

しかし、個人の自由を獲得するためには、人間はどこかに属するという大事な感覚を避けて通ることはできないのが事実である。昔から家族という集団は、自分を受け入れてもらえ,属することができるという安心感を見いだすことができる体系として機能してきた。世の中がどんなに悪意に満ちても、人が安心して逃げ込むことのできる唯一の場所が家庭なのである。

家族とは系統立った組織からなる。この組織のどの部分であろうと、何かが起これば組織のほかの部分も影響を受けることになる。組織にとっての経験は、すべてを左右することになる。女性が妊娠について独自に決断を下せるという法的権利が与えられれば、その女性はマイナスのインパクトを受けることになる。夫が中絶を強制すれば、家族の団結は深刻な挑戦を受けることになる。家族は問題解決の際の強力で効果的な集団でありながら、今では個人が自分の意志で行動し、その結果、全組織の安定を脅かすことになっている。父親、母親、夫、妻、そして両親それぞれの役割は、1人が生か死かの決断を下す間、即座に中止される。

D.女性の場合:募る孤独感と健康な自覚の喪失。

自分の子どものいのちを終わらせる権利は女性であることの意味、つまり子どもを産む能力の本質に鋭く突き刺さる。30年前は女性が予期せぬ妊娠をした場合、簡単にその状況を消し去ることのできる選択肢などなしに危機を乗り越えなければならなかった。どんな問題が後に続こうとも、女性は自分が子どものいのちを終わらせたなどということを知らずに罪の意識をもたぬまま対処して行かなければならなかった。

今日非常に問題となるのは、法的にも社会的にも中絶する権利が認められていることである。ほとんどの場合、予期せぬ妊娠をした女性は葛藤に苦しむ。意識的にせよ無意識にせよ、女性は自分のおなかの中にいるのが紛れも無く自分の子どもであることを知っている。それが妊娠のどんなに早い段階であろうともだ。彼女のすべての本能が、傷つきやすい幼い子どもを何が何でも守ろうとする。しかし、一方では彼女を取り巻く状況は抗しがたくなっていく。家族や友人に助けを求めて産まれてくる子どもを受け入れようと努力するよりも、こっそりと費用もそれほどかからない中絶の方が、現実の苦痛から逃れるのには打ってつけとなる。

中絶後の女性の多くは、心に新しいテープが組み込まれ、常に[あなたは良くない人間だ。自分の子どもを殺す女がどこにいる。」と繰り返し聞かされる。数年はそのような心のないメッセージを無視あるいはマヒさせるように努力して過ごすことになり、同時に自分の本当の姿に他人が気がつかないようにと切に願う。そして自分を思い切りさらけ出すことのできない状態が、密接な対人関係を形成し維持して行くのを妨げる。

わたしの患者がこれについて語っているテープがあるので紹介しよう。「二年前に中絶をしてから、自分の中の何かがスイッチの切れたような気がしてならないのです。何にも感じなくなってしまったのです。いいことであれ悪いことであれ。以前興奮していたようなことにも全く感動を覚えなくなりました。今では新聞で悲しい記事を読んでも、まあ、人生なんてこんなものよ。どうってことないわ。すぐに立ち直って生きていくんだもの、としか考えられなくなりました。昔のように戻れたらいいと思っています。自分の回りに起きることに全く興味を示せない人生なんてー体何になるというのでしょうか。」

E.男性の場合:「父親・保護者」という男性のアイデンティティの喪失。

この世代の男性は、女性の権利を求める運動の陰で育ってきた。つまり「子どものいのちを終わらせるかどうかを自ら決められるのは女性のみ。女性が産むと決めれば男性は経済的責任を負う。男性の出産決定時における役割は、女性の選択する権利を支持し、その決断に協力して行くことである。」という明確な指令を受けている。

多くの男性は、中絶が人間のいのちを破壊することだという強い確信をもっている。つまり自分たちの子どもである。だから決断を下すまでの間の自分の無力さや軟弱さにいらだつことになる。アーサー・ショスタークの調査では、妻や恋人に付き添って中絶をうけに入った千人の男性のうち、26%が中絶は殺人だと答えている。自分たちの気持ちが考慮されなかったと苦痛や怒りを表す人も多かった。取材中泣き崩れる人も少なくなかったのである。

ケース3:ジョーとステイシーは2年前に出会い、1年前に結婚した。お互い最初の結婚でできた十代の子どもがいる。ステイシーはなんともうれしい知らせを聞くことになる。2人の間の子どもができたのだ。喜び勇んでジョーに伝えると、彼の反応は素早くそして断固としたものだった。つまり、子どもをもう1人増やすことで経済的重荷を背負いたくないというのである。ステイシ一は彼の反応に打ちのめされたが、彼の心からの協力なしには子どもを育てて行くことはできないので、中絶を決心し、彼も病院に付き添った。

病院に通い初めて数週間、数カ月が経つと、ジョーもステイシーもお互いにすぐかっとするようになった。初めのころは2人そろって訪れていたが、そのころから2人は結婚に対する幻滅を訴えていた。ステイシーは、ジョーがすでにいる子どもにとっては非常によい父親なのに2人の初めての子どもを受け入れようとしなかった彼に対する気持ちを語っていた。

ジョーは、自分が夫であり父親でありながら、その役目を果たせなかったことに対する罪悪感と、子どもを失ったことに対する感情的反応など、自分の下した決断についてかなり困惑していた。彼はあくまでも功利主義の立場から決断を下したのであって、子どもを失ってから今までのような苦しみを予想もしていなかった。

F.性的機能障害。

女性の性的反応は、中絶後劇的に後退するものだ。それにはいくつかの理由があるが、例えば肉体的問題、再び妊娠することに対する恐れ、そして健全な関係の欠如である。75%が既婚者である100人の中絶後の女性を対象とした調査では、33%の人が中絶は以前に比べて2人の性的関係にマイナスに働いていると答えている。344人の中絶経験者の女性に記入してもらったアンケートによれば、中絶後14%の人が性的不感症に陥っていることがわかった。

男性はたいていの場合、中絶後は相手に慰めてもらいたいために性的関係をもちたがる。相手の女性が今でも変わらず自分を愛してくれていることを確かめたいからである。もし、中絶を決めるまでの間に彼の男性らしさがが脅かされていたとしたら、性的関係を再開させることはすべてうまくいくという確信をもたらすことになる。しかし多くの場合、男性は性行為に出ることを拒まれるわけで、これは彼にとって無力さと失敗を認めざるを得ない結末を招く。

ケース4:ティムは10年来妻であるバーバラのために中絶の手配をした。2人には既に3人の子どもがあり、家も満員状態だった。今これ以上家族を増やすわけにはいかなかったのである。バーバラは彼の断固とした態度に嫌気が指したが、だからといって彼の指図に刃向かうほどの勇気はなかった。

彼女は書類を記入しているときも、中絶しているときも、そして手術が終わってから何日経ってもずっと泣き続けた。ティムは、2週間も経っているのにこれほどバーバラが落ち着かないのはおかしいと感じた。そこできっとロマンチックな一晩が彼女の気持ちを晴らすだろうと考えた。だがその夜、ベッドの上で彼女に拒否されたティムは自尊心を傷つけられ、力ずくで迫った。彼女はそれをレイプも同然だと思い、ずっと泣いていた。その後いくら彼が抱き締めても効果はなかった。すっかり困惑してしまったティムは、彼女をカウンセリングに連れていった。

バーバラは強制的に中絶をさせられてから、精神的にも肉体的にもティムに答えて挙げられない自分の状態を説明した。再び妊娠するのではないかという恐怖が彼女を弱気にさせているのであった。

G.すでに存在するあるいはこれから産まれてくる子どもとの関係を妨害するもの。

中絶は「ほしい」とされた子どものみを産める(よって幼児虐待を防げる)という主張から中絶支持者のとる立場とは反対に、研究者フィリップ・ネイは中絶と幼児虐待の相互関係におけるいくつかの研究結果を発表している。いくつかの有り得る説明が挙げられたが、その中の一つに中絶後の落胆と罪悪感から次に産まれてくる子どもとうまく接して行けないことなどを挙げている。

もし、何百もの調査が示しているように暴力が本当に暴力を産むのなら、中絶が人間のいのちを終わらせる暴力である。出産を奇跡の贈り物とする母親の気持ちをねじ曲げてしまい、今いる子どもと産まれてくる子どもを不吉な目で見させるといってもおかしくはないだろう。ある女性が目をうつろにして悲しげに告白したことを私は忘れられない。「いままでずっと子ども達は私たちにとって最高のものだと思っていました。でも今ではあの子たちが遊んでいる姿をみながら「あなたたちはラッキーだったのよ。生きさせてもらえたのだから。」と奇妙なことを言っている自分に気がつくのです。」

H.まとめと結論。

中絶後に関する研究はまだ初期の段階ではあるが、中絶が夫婦の関係にマイナスに働くことは確実に明らかになっている。現在明らかになっているのは、(1)関係が崩壊する危険の高さ、(2)女性が独断で決めたことから生じる対話の欠如の問題、(3)家族への忠誠の崩壊、(4)女性側の孤独感と自己損失、(5)男性側の「父親・保護者」としてのアイデンティティの欠如、(6)性的機能障害、そして(7)今いる子どもと産まれてくる子どもとの接し方の欠如、である。

この臨床観察と逸話による証言は、研究としては初期段階のものであるが、特に今後も関係を維持して行きたいと考える夫婦のどちらにとっても中絶前のカウンセリングがいかに大切かを述べている。中絶の現実は破滅の脅威と完全なる関係の崩壊であり、妊娠に当たって決して無視することのできない問題である。

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