守られるべき人間の胚

Pfeifer, Michael (ファイファー・マイケル)
英語原文より翻訳: www.lifeissues.net


再び、人間の胚が大きな危険にさらされている。再び、意図的な胚の破壊を認める法的認可が要求されている。

最近の危険は、人間の胚の創造または破壊の研究のために連邦の資金を利用することを禁じる現在の議会の法律を廃止または緩和させようという動きにある。この法律は、細胞や組織の元となる有用性を試すために人間の胚を使うという当時増加していた圧力に対して、1996年1月に制定されたものであった。

欲しい幹細胞を取り出す過程は同時に胚の破壊であるということから、生きた人間の胚を研究や治療目的のために破壊することに法的制裁が求められている。しかし、この提案は明らかに人間の胚及び胎児の破壊に頼るすべての研究を禁止する議会の法律を記した書面に違反するものである。

人間の幹細胞を使った実験は、それ自体は人間の生命の尊厳を倫理的に侵害するものではない。このような実験に関する倫理的現状は、これらの細胞の源とその創造及び入手方法によるものである。

不妊治療に必要なため過剰な数に作り出され低温保存される『余剰』の胚を使うようにという勧めは、どんな理由があろうとも倫理的に正当化されてはならない。

胚は生きた人間であり、遺伝的アイデンティティーがすでに確立され、胎生学・人間的発達がすでに始まっているたった一人の個人なのである。人類の一員として、胚としての人間にも、身を守るための特別な倫理的地位と倫理的主張がある。

幹細胞の利用が胚の細胞である必要はない。他の研究によれば、成人の幹細胞もその多能性を回復し他の組織に発達することができるそうだ。我が政府は、合法的な代案から人間の病の緩和に至るまでの幹細胞の使用に関する研究を寛大に支援するべきである。

尚、科学と倫理が敵対者である必要がないのは明らかである。倫理的な考慮が科学やその研究に優先するべきである。道理にかなった倫理的ガイドラインの範囲における科学には、人間の役に立つ包容力があるし、合法的でも倫理的抑制のない科学は、人類の知恵を犠牲にしてしまうだけである。

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